第二章 梨浜への結集

第一話 8月1日木曜日 13:21

 目の前に異様な光景が見えたとき、多くは、うろたえたり、声をあげたりするだろう。


 だが、その時は、誰一人として声を発さなかった。それほど、神秘的な光景だったからなのか、あるいは、何らかの力が働いていたのかはわからない。


 一つだけ言えることは、その景色が、言葉では言い表せないほど、美しいものであるということだけ。


 その光は、消えることはなかった。



「継大祭!?そんなものが、本当に……」

「この異常なほどの魔力と、モノノケの気配を、継大祭と呼ばずして何と呼ぶ」

「ですが……」

「まあ待て。今からあちら側と繋ぐ」


 神主はそう言って、儀式を始める。


 日本語ではない言語で、呪文のようなものを唱え始めた。


 ――どれだけの時間が経っただろう。


 周囲とは隔離された神社に、神主の声が響く。他に聞こえるのは、虫たちの鳴き声だけ。


 ふと、神主が目を覚ます。


 そこに、スーツを着た男が駆け寄っていく。


「どうですか?」

「――いや、間違いない。継大祭だ」

「そうですか……。これは、どのタイミングで公表……」

「今すぐだ」


 鋭い目つきで、神主は男を見つめる。


「早く役所へ行くぞ。私も同行しよう」

「分かりました」



「もしもし、茜。そっちの様子はどうだ」

『特に変化はないけど、みんな神社のほう見つめてる』


 前代未聞の事態であることから、言葉は発さないものの、全員が動揺していた。


 何よりも心配なのが、梨浜への影響だ。悪い影響が出なければいいのだが。


「継大祭……?」


 ふと、少女が口を開いた。


「なにか、あったのか?」

「いや、この本に書いてあったことが少し気になって」

「継大祭……ねぇ」

「先輩?」


 今日、図書館を案内してくれた先輩も、言葉を発した。


「そんなもの、私は信じていないんだけど、どうも、今回のはその可能性もあるというわけね」


 継大祭……。


 初めて耳にする単語だった。僕は、生まれた時からこの町に住んでいたが、聞いたことがない。


『お兄ちゃん、どうしたの?』

「いや、何でもない。何かあったら連絡くれ、じゃあな」

『またね』


 そうして、電話を切った。


「詳しいことは、きっとその本に書いてあるわよ」

「少し、見せてくれる?」

「はい」


 そう言った少女は、ゆっくりとページを開く。


「そういえば、君、名前は?」

「黒江千景と申します」

「僕は、風見久継だ。よろしくな」

「よろしくお願いします」



 継大祭。それは、ある一定の周期で、ここ、梨浜で行われる祭り。こちら側とあちら側を隔てる扉が開き、少しの期間、自由に行き来が可能になる。前回の継大祭は、1625年、江戸時代に入ったばかりのころだった。そこでやってきたモノノケの子孫が、今も梨浜で暮らしている。しかし、時がたつとともに、この考えは否定されてきた。梨浜に存在するモノノケは、すべて1600年前にやってきた者たちの子孫なのだと。そのため、400年以上が経った今の世代は、継大祭説の存在をあまり知らない人が多い。



「資料できた?」

「そっち終わったらこっち手伝って!」

「椅子は上手側!」

「テーブルは布かけてね!」


 梨浜町役場では、急ピッチで準備が進められていた。


「それは、本当に信じていいんですね、神主さん」

「もちろんです。あの気配は、モノノケがすぐそこまで迫っていることを示していました。そして、時期的に見ても、間違いなく継大祭だと言い切れるでしょう」

「了解です。では、会見には神主さんも同席願えますか?」

「短めにお願いします。神社の管理にもいかなければいけないため……」



「ただいまから、梨浜町長、並びに熊津神社神主による、合同記者会見を行います。ではまず、梨浜町長より、申し上げます」


 阪上は、胸の鼓動を抑え、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がった。


 そして、すべての始まりとなる、言葉を発した。


「梨浜町長の名のもと、ここに、継大祭の開催を宣言いたします」

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