白濱翔太(しらはましょうた)

「そろそろ決めないといけない時期だと思うぞ、白濱」

「すみません……」

「まあ、よく考えとけ。お前の人生だ」

「はい、ありがとうございました」


 乱暴にドアが閉まる。初めて見る人には怒っているとしか思えないが、大沼先生はいつもこの閉め方だ。


 俺も席を立ち、遅れて進路相談室を後にする。


 夏休みに入ってから何日か経った。まだ自分の将来はつかめないままだ。


 小中学生のころは、何も考えずに、一つの夢に向けて突っ走っていた。


 だからこそ、俺の青春はそこで終わった。


 継大祭でモノノケの世界に行き、モノノケを知り、研究する。それが、母を亡くしてからもった、俺の夢だった。


 モノノケのことを知れば、梨浜はもっと良くなる。そんな甘い考えでいた。


 しかし、高校生になって、現実を突きつけられた。


 学校でもあまり良い成績をとれないし、モノノケの世界についての資料は、ほぼ残っていない。前回の継大祭は、400年前のことなのだから。


 そしてそれ以前に、俺が生きているうちに継大祭があるのか。それすらも分からなかった。


 だから俺は夢を失った。進路のことなんて、考えられるわけがない。


 バスケの道に進むということも考えたが、正直、それは俺のやりたいことではない気がする。


 そうやって、高2になった今でも、まだ自分は見つかっていない。


 いや、今までの自分が消えてしまった、といったほうが正確かもしれない。


「おーい、翔ちゃん?」

「あ、悪い。考え事してた」


 こいつ、アオイこと四本葵は、バスケの人生を歩むことにしたらしい。納得できるだけの実力も兼ね備えている。


「翔ちゃんは大学行くの?」

「まだ決めてない。大沼先生に言われて、ちょっと焦ってる」

「そうなんだ。そんな急いで決めることじゃないと思うけどな」


 そう言ってアオイは、ボールを放つ。美しい弧を描き、吸い込まれるようにゴールに入っていった。


 プルルルル……。


「悪い、電話だ」

「おう」


 祖母からだった。こんな時間に何の用だ?


「もしもし」

『もしもし、翔太』

「どうしたの?」

『梨浜が大変なことになっとる』

「梨浜が!?」

『そう。でも、翔太にとっては少しうれしいかもしれないよ』

「何言ってるんだ、梨浜が大変なことになって、うれしいはずがないだろ!」


 思わず声を張り上げてしまった。


『いや、そういうことじゃないんだよ……』

「じゃあ、どういうことだよ!」


 次の一言を聞いて、俺は走り出した。

 突然だった。俺は一心不乱に体育館に戻り荷物を持った。


「どうした、ショウちゃん。急に焦って」

「すごく大事な用事ができた。――しばらく森谷には戻ってこれないかもしれない」

「マジか!連絡よこせよ!」

「分かった!じゃ、行ってくる!」

「気を付けてな!」


 次は職員室だ。


「失礼します。3年2組、白濱翔太です。大沼先生はいらっしゃいますか?」

「どうした、白濱」

「しばらく、部活休みます。急用ができてしまって……家庭の事情で」


 思いのほか、大沼先生は落ち着いた表情だった。


「そうか。いつまでだ?」

「決まったら連絡します」

「分かった。連絡頼むぞ」

「はい!失礼しました!」


 梨浜に急がなければ。その一心で、俺は学校を飛び出した。明日には到着できるだろう。


 正直、祖母の言葉はいまだに信じきれない。


『継大祭が、始まるかもしれない』

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