笹澤翼(ささざわつばさ)

 俺は、避けられてきた。


 先生からも、友達からも。


 すべての始まりは、俺が7歳の時だった。



「え……何あの子……」

「気持ち悪い……」

「俺同じクラス嫌なんだけど……」


 差別は、無くなってなどいなかった。この町の人々は勘違いをしていた。


 普通のモノノケなら、特に何も言われなかったかもしれない。ただ、俺は、とても稀な、青髪の鬼族だ。入学したての頃は、つらい思いをした。


 ただ、それよりつらい思いをしたのは、2年後。人間関係も築くことができ、徐々に学校生活が楽しくなってきていた時。それでも根強く、いじめを受けることもあった。


 教室に忘れ物を取りに行っていたときだった。


「あいつといるってことは、お前も同等だってことでいいな?」


 その声は、突然聞こえた。


 そして、目の前には、座り込んでいる友達と、そいつを見つめている奴がいた。


「なんか言えよ?」


 俺は許せなかった。


 俺自身ならまだしも、友達にまで手を出すなんて……。

「やめろ……」


 後先のことなんて考えてすらいなかった。ただ、そいつにイラついて、ただただ、そいつをぶん殴りたくて……。考えるより先に、体が動いてしまっていた。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 鈍い音がした。



 それから俺は、また避けられるようになった。「仕方がない」ではなく、「クラスメイトを殴ったやつ」として認識されるようになった。先生やほかのクラスメイトは、俺と、俺の友達の話には耳も貸さず、ずっと悪いやつ扱いされてきた。


 だから俺は、ずっと頑張ってきた。テストでいい点数も取ったし、係の仕事もちゃんとした。学級委員だってやった。


 それでも、俺の信頼は戻らないまま……。


 たまに思うことがある。


 俺って、なんで生きてるんだろう。


 だけど、俺はそんなことを考えている自分が嫌いだ。


 ――負けてたまるか。



 夏休みが始まって、数日たった。


 俺の家は、山の上にある。梨浜には海が見える家は山ほどあるが、街を見わたせる家は、少ないと思う。


 建ってから、まだ50年ぐらいしか経っていないらしい。高台だから、戦争の被害を受けることは少なかったそうだ。


 風鈴の音が鳴り響く。そしてたまに、楽しそうに話す女子たちの声も聞こえる。中学生だろうか。


 普通、宿題をするとなると、気分が落ち込むが、こんな夏のさわやかな環境でする宿題は、リラックスしながら取り組める。


「翼~スイカ食べる~?」

「食べる~!!」


 おばあちゃんだ。スイカは俺の昔からの大好物だ。


 ――改めて振り返ってみると、複雑だ。


 もちろん、あの出来事があったから、1年たった今も、俺は避けられている。


 だけど、一生付き合ってられる友達の大切さにも気づけたし、何より、番強ができるようになった。もしかすると、より充実した人生を送れているのかもしれない。


 俺は今、幸せなのかもしれない。


 そう考えると、自然と笑みがこぼれてくる。



「ごちそうさま」


 スイカを食べ終えると、算数の勉強に戻った。


 こんなに序盤に宿題をやるのは久しぶりかもしれない。今までは、自分の部屋で勉強していたからだと思う。勉強するのにこんなにいい環境があるなんて、今まで気が付かなかった自分がバカみたいだ。


 ――ここから外を見ていると、梨浜は本当にいい街だと感じる。気候、施設、人々。すべてにおいて。特に人々の心は、毎年のように変化して、1年前と比べると、もうほとんど差別はなくなった。


 ――ふと、風が吹いた。風鈴の音が大きくなる。


 少し障子を閉めようと外に出た時だった。


 山のほうを見ると、一本の白い光が、空を突き刺していた。

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