第14話 泣き虫整備士

 ソーマの三日目の午後の訓練は前二日よりも早めに終わった。

 朝食の段階でゾクシエートから、訓練を早めに終わらせて付き合って欲しいことがあるのだそうだ。

 そういう事情によりソーマが拠点に戻ると、会議室には既にゾクシエートが何かの資料を読みながら待っていた。


「悪い。待たせたか?」


「来たわね。大丈夫よ、訓練も大事だもの」


「そうか。んで、付き合って欲しい事ってなんだ?」


「ええ、ちょっと会って欲しい子がいるのよ」


「会って…って、もしかして朝飯を用意してる奴か?」


「その通りよ」


 ソーマが声を掛けると、資料から目を離して微笑んだゾクシエート。

 その様子を見て、時間としては特に問題なさそうと判断したソーマは早速呼ばれた理由を聞くと、ゾクシエートが少し困り顔になって答えた。


「そのうち会えるって聞いてたけど、なんでいきなり会わせる気になったんだ?」


「アタシも自然に会うのが良いと思ったんだけど…なかなか出てこないのよ…」


「んな引き籠りの子供みたいに…」


「まさに引き籠りなのよ。子供ではないけれど」


 引き籠りと聞いて、ソーマは一瞬だけ仲間意識を覚えた。

 ソーマは部屋に引き籠っていたわけではないが、停学中はずっと家にいたわけだから世間から見れば引き籠りに見えていただろうと思う。

 だが子供ではないと聞き、軍人としても大人としてもどうなのだろうかと思い直した。


「それっていいのか?」


「仕事はしているから問題ないわ。ただ説得しているのに出てこないし、もういっそ無理やり合わせようと思ったのよ」


「どんだけ頑固なんだよ…」


「頑固と言うか、人見知りと言うか…」


「なんの仕事してるんだ?」


「主に設備の整備と武器の管理よ」


「ほう。整備士ねぇ…」


「とりあえず、向かいましょ」


 頑固な整備士の大人と聞いて、ソーマは漠然と、筋骨隆々な頑固親父みたいな人間を思い浮かべ、少しだけ気が重くなった。

 そんなソーマの気持ちを知ってか知らずか、ゾクシエートは今までソーマが入ったことのない扉の方向へ歩き出す。


「こっちは何なんだ?」


「武器庫や通信室、後は一応、お偉いさんが来た時の応接室があるわ。滅多に使わないけど。それとアタシ用の執務室もあるわ」


「なるほど。そりゃ俺が初日に案内されないわけだ」


 初日にソーマが案内された生活感溢れる方面とは一転、部隊としての役割の集まった方向と説明される。

 そうして歩いて行き、ゾクシエートが一つの扉の前で立ち止まり、ソーマもそれに習ってゾクシエートの横に並んで止まった。


「それじゃあ、準備は良いかしら?」


「え、心の準備がいるほど頑固な奴なのか…?」


「ある意味は。迎え撃つ準備ね」


「待て、どういう…」


「ノエル、入るわよっ!」


「ちょっ!?説明っ!」


 扉のノブに手を掛け、意味深な発言をするゾクシエート。

 ソーマがその意味を充分に理解する前に、ゾクシエートは声を掛けながらいきなり扉を開け放った。


「うわあぁぁぁぁぁっ!!!入るなバカっ!来るなバカっ!寄るな見るな出ていけぇぇぇっ!!!!」


「ちょっ!?まっ!?うごっ…!」


 扉が開くと同時に、金槌やスパナや桶など、様々なものが部屋の中から悲鳴と共に飛んできた。

 いくつかは避けることが出来たが、そのうちの一つがソーマの額に直撃し、痛みで一度蹲る。


「いっ…つぅぅ…」


「だから準備は良いか聞いたじゃない」


「説明不足を主張する…」


 そんなソーマを、ゾクシエートは投げられたであろう物を抱えながら心配そうに見つめた。

 ソーマは蹲った姿勢のまま、不満げに一度ゾクシエートを睨んだ後、改めて部屋の方に目を向けた。

 薄暗い部屋の側面には大量に大きな木箱が置かれていたり、機関銃や短機関銃、拳銃が陳列された棚、そして部屋の中央に作業台らしきものが置かれた八畳ほどの部屋。

 そんな部屋の隅に膝を抱えて丸まっている小柄な人を、ソーマは発見する。


「うっ…うっ…うっ…無断で部屋に入られた…もうお嫁に行けない…」


「なんアレ?」


「ノエル・シドバーニ。うちの整備士よ」


「え、マジ?本気か?」


「本気も本気、大マジよ」


 小さく丸まって肩を震わせて泣いている様子を見て、ソーマは自分の中で出来ていたイメージが音を立てて崩れていくのを感じた。

 明らかに子供に見える華奢な体躯に、丸くなって泣いている状態、更にはお嫁という言葉から女性であること、すべてがソーマの想像からかけ離れていた。


「見るからに小さい子供なんだが…?」


「小さいって言うなアホぉぉぉぉっ!!!」


「いってっ!?」


 ソーマがゾクシエートを見て率直な感想を口にすると、追加で木箱が飛んできてソーマの側頭部に直撃する。

 ソーマが痛みに耐えながらもう一度見ると、ノエルと呼ばれた女性は立ち上がって威嚇するように息を荒げながら涙目で睨んでいた。

 薄暗い部屋でも分かる明るい金髪のショートボブに、エメラルドグリーンの瞳、そこまでは良いものの、童顔でルルメルと同じくらいの身長と言うのに加え、子犬が威嚇するような様から、本当に子供ではないのかとソーマは疑った。


「バカにしてバカにしてバカにしてぇ…!こともあろうに子供とまで言ったなぁ…!!?」


「いや実際そうとしか見えねぇし…」


「むっきぃぃぃっ!!いいかぁ!?ノエは二十歳なんだぞ!?大人なんだぞ!?食べ物の好き嫌いだってないんだぞ!!?」


「その主張がもう子供だろ…」


「うあぁぁぁっ!!また子供って言ったぁぁぁっ!!!」


 自称二十歳が地団太を踏む様は、年齢依然に精神的に子供だとソーマは思った。

 そんなソーマとノエルのやり取りを見て、ゾクシエートはやれやれと言った様子でノエルに近付いて行く。


「んもぉ…よしよし、ノエル。驚かせてごめんなさいね」


「ゾクトぉ…」


「親子か…」


「ゾクト、ノエあいつ嫌いぃぃぃぃっ!!」


 ゾクシエートがノエルを優しく抱き留める様子を見て、ソーマは呆れたように感想を呟いた。

 ノエルがゾクシエートをママと呼ばないことに驚きはしたものの、これでは他の皆よりもゾクシエートが親みたいになっているようにソーマは思う。


「ソーマ、あまりノエルを虐めないであげて?」


「虐めてるつもりはないんだが…まぁ、悪かったよ」


「ほぉら、ソーマもこう言ってるわ。ノエルも、なかなか出て来ないから悪いのよ?」


「だってだってだってぇ…」


「ノエル、大人の女は年下の男の子が謝ったら、寛大な心で許してあげるものよ?ほら、自己紹介してきなさい」


「ううぅ…大人の…女…」


 ゾクシエートはノエルの頭を撫でながら、少し困った顔をしながらソーマに注意を促す。

 そしてソーマが素直に謝ったのを受け取り、ゾクシエートはノエルを上手く操りながら、背中を軽く押した。

 ソーマは大人の女の影も形もないと思いながら、余計なことは言うまいと言葉を飲み込む。


「あうあうあうあうぅ……」


「ノエル、頑張って」


「うっ…の…ノエル…シドバーニ…よ…よよっ…よろっ…!しく…」


「お、おう…ソーマ、ジュージョーだ。よろ…」


「うぅぅぅいぃぃ…!もう無理ぃっ!」


 依然として入り口にいたソーマに、二メートル程離れて立ち止まったノエルは、視線をあちこちに彷徨わせながらゾクシエートの声援を聞いて、たどたどしく名前を言った。

 ソーマは今にも泣き出しそうなノエルに戸惑いながら、ノエルとは対照的に真っ直ぐノエルを見て、こちらの世界で呼びやすいようにして名前を言う。

 そしてソーマの名前を聞き終えたノエルは、人見知りが限界に達して顔を赤くしながら勢いよくゾクシエートの影に隠れて泣き出した。


「うん、よく頑張ったわね。偉いわよ」


「頑張りのハードルひっくっ…」


「視姦されたぁ…もうお嫁に行けない…」


「してねぇよ!?」


「その時はソーマにもらってもらいなさい」


「勝手に決めないでくれ!?」


「嫌ぁぁ…」


「俺も嫌だけど、それはそれで傷付くわっ!」


 体育座りで泣き出したノエルに、ゾクシエートはノエルの頭を撫でながら褒める。

 ソーマは次々にツッコミを入れなければならない状況に呆れつつ、用件が終わっただろうということと、これ以上いるとノエルが落ち着かないだろうと思い、立ち上がって部屋に背を向けた。


「ゾクシエート、俺は戻るぞ…?」


「あ、待ってソーマ。実はまだ用事があるの」


「まだあんのか…?」


「ええ、ノエルと仲良くなってもらう為のね」


「………無理くね?」


 ソーマがため息を吐きながら一声掛けると、ゾクシエートから焦ったような制止が入った。

 ソーマは、今までの様子でノエルが慣れるのは時間が掛かると思ったために、用件を告げたゾクシエートを胡乱な目で見返した。


「うふふ…ノエル、実はソーマね、聞いたこともない国からやってきたのよ」


「それがどうしたのって言うのぉ…?」


「ソーマの持ってきた武器、見たくない?」


「っ…!?」


 不敵に笑うゾクシエートが、ソーマの疑問には答えずにノエルに声を掛けた。

 そしてゾクシエートがノエルに質問すると、ノエルはバネ仕掛けのおもちゃのように立ち上がり、ソーマの所に素早く詰め寄った。


「ちょっ!?」


「見せてっ!」


「はっ!?えっ!?」


「いいから!ソーマの武器を見せてっ!!」


「待て!わかった!わかったから離れろっ!」


「早くっ!どこっ!?どこに隠してるのっ!?隠さないで見せてよぉっ!!」


「隠してねぇから!渡すから早く離せ!」


「見して貸して触らしてよぉぉぉ!」


 ノエルの先程までの態度が一転、泣き跡は残っており、依然として涙目のままではあるが、人見知りなど無いかのようにソーマのシャツにしがみつく。

 目は明らかに興味に輝き、駄々を捏ねてねだる様はまるで子供である。

 その事にソーマはツッコミを入れる余裕もなく、言うことを聞かずになかなか離れないノエルを引き剥がすのに、時間が掛かったのは言うまでもないのだった。

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