第13話 衝撃の事実
二日目の訓練の夜、ソーマは昨日と同じくだいぶ疲労の溜まった調子ではあったが、なんとか身体を動かしみんなと一緒に食事を取ろうと食堂に入った。
食堂には既にこの拠点内でソーマが確認している、エフィリス、ゾクシエート、フレックス、ルルメルがおり、そのうちエフィリスがキッチンで調理をしていた。
「うげぇ…なんでアンタがくるのー…?」
「そりゃ、一応訓練兵だからな」
「そうよルル。ソーマはいてもいいの。それに大勢で食べた方がご飯も美味しいじゃない?」
「えー?むしろムカつく奴と食べたら不味くなるんだけどぉ…」
「ひでぇ…」
「ルル」
「むぅ…ウチ、後で食べる」
このメンバーの内、今のところ唯一ソーマに好意的でないルルメルが、やはりソーマの登場に難色を示した。
ソーマは一応正当性を訴え、ゾクシエートもソーマをフォローしたというよりもルルメルを諫めた感じではあるが、同意を示した。
だがルルメルはソーマにもだが、自分に味方しないゾクシエートを面白く思わず、口を尖らせながら席を立って食堂を出て行った。
「もぅ…ごめんなさいね?ルル、ちょっと機嫌悪いみたいで」
「変に気を遣わなくていいぞ。嫌われてんの知ってるし」
「そうなのだけれど、あの子がここまで反抗的になるとは思わなくてねぇ」
「俺はなんとなく妥当だと思うが…そんなに意外か?」
「ええ、アタシも予想外なのよ。反抗期なのだとしたら、嬉しいやら寂しいやら…」
「人を殺しに掛かる反抗期とは…?」
出て行くルルメルに掛ける声が見つからず、ゾクシエートは溜息を吐きながら謝罪と擁護をソーマに行う。
ソーマは自分が嫌われていることを分かっているために、ルルメルの行動はある程度納得しているが、ソーマ以上にルルメルを知っているはずのゾクシエートは腑に落ちない様子だ。
「反抗期は人それぞれだもの。それより、エフィリスが入った時はもっと早く落ち着いたのだけれど…」
「それはエフィリスが強いからじゃないのか?」
「そうかもしれないけれど、ルルはエフィリスよりも強いわよ」
「………は?」
「フレスもアタシが訓練したのだけど、ルルはアタシが訓練を施した中で群を抜いて強いわ」
それぞれの幅が広すぎるという考えはさておき、ソーマは自分とエフィリスでは状況が違うのではないかと思った。
だがそれはゾクシエートの中では大差ないと言うように、ソーマに一つの事実を告げた。
「いやいや待て待て。ルルメルは一体いくつなんだ?」
「十三歳よ。エフィリスが入ったのは推定八歳で、ルルは当時五歳ね。保護したのは四歳よ」
「四歳に訓練したのかというツッコミはこの際どうでもいいが…マジか、化け物かよ…」
単純な思考ではあるが、ソーマの中で小柄なルルメルがエフィリスに勝てるイメージが浮かばなかった。
よって実際は年齢が高いのかとこれまた単純に思い質問するが、本当に見た目通りの年齢らしい。
だからソーマは畏怖と尊敬のような意味合いで軽く言葉を口にしたが、ゾクシエートは目にもとまらぬ速さでテーブルに置いてあったナイフを手に取り、瞬時にソーマの喉元に突き付ける。
「それ、ルルに言ったら怒るわよ?」
「いっ…!?」
依然として女性的な口調ではあるが、声の調子にいつもの軽い感じはなく、ゾクシエートが初めて向けた怒りと殺意に、ソーマは頬を引き攣らせた。
「言わない…絶対言わないから…!」
「うぅん!素直でいいわね!」
「あんな…真剣に言われたら、素直になるしかねぇよ…」
「うふふ。強引な手段を取ってごめんなさいね。でもルルに限らず、女の子にあんまり酷い言葉を言っちゃだめよ?」
「あぁ…肝に命じておくよ」
ソーマは口の中が急速に乾いていくのを感じながら、それでも声を絞り出して、禁句とも言えることを口にしないと約束した。
するとゾクシエートはパッと離れ、全て元通りの雰囲気に戻る。
手荒な真似をしたことを謝りつつ茶化すようにソーマに注意をするが、先程のような凄みはなく冗談めいていて、それがより一層さっきの言葉を口にしてはならないことを際立たせた。
「ところで、フレスはどれくらい強いんだ?」
「ボクは一番美しい」
「んなことは聞いてない」
空気を変えるために、ソーマは少し前の話題で気になったことを口にした。
月並みな思考ではあるが、ゾクシエートが一番強いのだろうと先程の動きからも予測して、同年代では誰が強いのかと考えた。
「一概には計れないわね。そもそもフレスの主な仕事は前線に立つことじゃないから」
「そうなのか?」
「主な仕事は諜報、偵察、暗殺ね」
「こんな目立ちたがりそうなヤツなのに?」
「フレスは基本的に潜入と隠密活動が得意なのよ」
「こんな目立ちたがりそうなヤツなのに!?」
だがしかし実力というものを比べるのは簡単なことではなく、役目の違いから単純に比較するのは難しいとゾクシエートは言う。
ソーマはフレックスの役目を知り、自己主張の塊だと思っていた考えが崩れ去っていくのを感じた。
「人知れず任務をこなしていく。ふっ…美しいだろう?」
「そう言われると地味に納得出来るのが腹立つわ…」
「そういう訳で、直接的な戦闘ならルルやエフィリスに軍配が上がるでしょうけど、奇襲や不意打ちありきで考えるとフレスの方が上ね」
自分を美しいと常に主張しつつも、バレずに任務を行う事が美学だというような、若干矛盾したことを誇らしげにするフレックス。
些細なことさえ無視すれば分からなくもない理由に、どのみち理解はしきれないのだとソーマは呆れながら考えることを止めた。
「てことは、ルル、エフィリスの順番で強くて、フレスが条件付き、んで今のとこ越えられない壁の後ろに俺がいるのか」
「あら、アタシは仲間に入れてくれないのかしら?」
「だってゾクシエートが一番強いんだろ?」
「んふふ…さて、どうかしら?」
今まで聞いた話から、ソーマは話を整理しながら順位付けする。
当たり前のように除外されたゾクシエートが、少し不満そうにしてから意味深な笑みを浮かべてソーマに流し目を送った。
「もったいぶって誰が得するんだよ…」
「だって寂しいじゃない」
「わーちょーきになるーおしえてくれゾクシエートー」
「アナタって時々辛辣よね。それがまた燃えるわ!」
「止めてくれ」
ゾクシエートの態度に、ソーマは付き合わないと終わらないことを悟って、呆れながら投げやりに応える。
だがしかし、そんな棒読みの言葉はむしろゾクシエートをより喜ばせる結果となり、ソーマはナイフを突き付けられた時とは別の寒気を感じた。
「つれないわねぇ…ま、それよりアタシだけど、アタシも条件付きと言えば条件付きよ」
「え?そんな存在感の塊で隠密が得意とか言うのか?」
「ママは美しいからな」
「んっふふ!確かにアタシは人目を惹き付けちゃう魅力に溢れてるけど、潜入も出来るわよ?」
「フレスの言葉は意味わからんが…まぁでもフレスを訓練したなら出来て当然か」
ゾクシエートは一通り満足した後、話を戻して自分の実力を条件付きと評価した。
ソーマはフレスと同じようなものだと言うゾクシエートに疑問を禁じ得なかったが、考えてみれば当然だと思い直し納得した。
「まぁでも、フレスと同じと言うわけじゃないわ」
「そうなのか?」
「アタシ、身体強化の魔道具が使えないのよ」
「え?」
「正確には、ごく短時間しか使えない。だけどね?だから条件と言うのは、魔道具を使わなかった場合よ」
だがソーマが納得していたそばから、他でもないゾクシエートが訂正を入れる。
その理由はソーマからすれば軍人としては致命的とも思える理由であり、驚きを隠すことが出来なかった。
「そんなことがあるのか?」
「ええ。身体強化の魔道具は、簡単に言えば体内で魔力を高速循環させて肉体の強度を上げるものよ。だけど、アタシは魔力の循環が生まれつき悪いの」
「だけど、どうしてそれで軍人になれたんだ?必須じゃないのか?」
「若い時はまだマシだったわ。年齢を重ねる毎に悪くなっていってね。それに、潜入や偵察であれば必ずしも必須と言うわけじゃないわよ。あればいいに越したことはないけどね」
「あぁ、まぁなるほど。戦うわけじゃないなら、上手くやればいいだけの話か」
「そういうことよ」
ソーマは身体強化なしに隊長まで上り詰めているゾクシエートを不思議に思い質問をした。
何も戦うだけが軍人ではない。
むしろ、ゾクシエートのように普通では戦えないからこそ上に就いているのであるのかもしれないと、ソーマは納得し直す。
「ところで若い時はって、ゾクシエートはいくつなんだ?」
「あらぁ?アタシに興味あるの?」
「その聞き方をされると誤解を生みそうだからやっぱいい」
「残念ね。興味あるなら乙女の秘密を話してあげるのに」
「より興味がなくなった。秘密は秘めたままにしてくれ」
「だいぶ辛辣になってきたわねぇ」
ソーマとしては二十代に見えるが、言い方としては歳がいってるのだろうかと思い、興味本位で聞いてみたものの、すぐにげんなりした様子で質問を撤回した。
そして明らかに男性であるのに乙女と言うところをツッコまないのは、ソーマなりの優しさである。
「夕食が完成しました」
「おう。ありがとな、エフィリス」
「当番ですから」
そうして会話が一段落した時、タイミング良くエフィリスが夕食を運んできた。
ソーマはこの二日間で、食事の質は悪くないということは知っており、むしろ美味しいとすら思ってはいた。
昨日と今日の朝は食堂にパンらしきものとスープ用意されており、今週は昼はゾクシエート、昨日の夜はソーマは食べなかったが、夜はエフィリスが担当らしい。
ちなみにソーマは、朝は誰が担当か聞いても誰も答えてはくれず、そのうち会えるとだけ言われていた。
「んじゃ、いただきます…んっ!?」
そしてエフィリスが作ったものを見て普通だと安心していたからか、ポトフのように見えるスープを飲んでソーマは戦慄した。
(甘いっ…!?)
何故か甘い。確実に甘い。野菜や肉の甘さではなく甘い。
ソーマはその衝撃を受けて、そっとゾクシエートの方を見ると、慈愛に満ちたような笑みでソーマを見ていた。
(なんなんだその笑顔はっ!?)
(何も言わずに食べてあげて)
(これをっ!?)
(そうよ)
(無理だろっ!?)
(大丈夫。アナタなら出来るわ)
全てアイコンタクトと顔を振る動作ではあったが、ソーマとゾクシエートの間でそのようなやり取りが交わされたように思える。
仕方なくソーマは別のサラダらしき料理に口を付けるが、同じく甘かった。
「ソーマ、どうかしましたか?」
「なぁ…エフィリス」
「はい?」
料理が進んでいないことを不思議に思ったエフィリスが、ソーマに対して気遣うように声を掛けた。
エフィリスのそんな呼び掛けに、ソーマは落ち着いて名前を呼び返す。
一瞬にして、食堂に一種の緊張が走る。
「……いや、疲れが取れそうな味だな」
「それは良かったです」
だがソーマに事実を告げる勇気はなかった。
それにより食堂の空気は一気に弛緩し、後は食器が鳴る音だけがひたすらに響くのであった。
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