第12話 教える側と教わる側と

 昼食後、午前のように昨日と同じく、ソーマとエフィリスが射撃訓練の為に拠点から出て、森の中に入って行く。

 昨日はエフィリスがどんどんと歩みを進め、いきなり開始の合図と共にエフィリスの蹂躙が始まった。

 だが今日は並んで歩くエフィリスにソーマは少しだけ戸惑いつつも、またいきなり始まるのではないかと警戒していた。


「止まって下さい」


「っ!?」


「…何故身構えたのですか?」


「いや、昨日の自分を思い出せよ…」


 エフィリスの制止の声と共に、午前中にフレックスから教えてもらった構えをとっさに行ったソーマ。

 そんなソーマにエフィリスが訝し気な目で見るが、昨日の訓練の事など忘れたようなエフィリスの態度にソーマは呆れずにはいられなかった。


「今日の訓練ですが…」


「え、スルー…?」


「私も…その…フレスを見習って、初歩からソーマに訓練を施したいと思います」


「……おう…?」


 呆れるソーマを放っておき、エフィリスは訓練の大雑把な方針を、少しだけ言い難そうにしてから話した。

 ソーマは抗議の言葉を無視されたことにやや不満を覚えつつも、昨日全く考えを改めなかったエフィリスが、突如しおらしい態度になったことに目を丸くする。

 フレックスを見習ってと言っているからには昼食前に話していたことと関係があるのだろうのが、自分が言っても梃子でも動きそうになかったエフィリスの変化に、ソーマは嬉しさよりも疑問と悔しさが勝っていた。


「それで……何をしたらいいでしょうか?」


「わからんのかい!?」


「はい」


「いや、そんな素直に言われても俺も困るんだけど!?」


「そうですか。ではお互いに困るのでしたら、やはり昨日と同じく…」


「待った!困らない!困らないから一度落ち着こうぜ!?」


 ソーマの内心は置いてけぼりで話を進めようとするエフィリスだが、さらにソーマを混乱させる発言をしたエフィリス。

 他人の意見を取り入れるのは簡単でも考え方を変えるのは一朝一夕にはいかず、無駄な時間が取られるならとエフィリスは早くも最初の意見を捨てようとした。

 しかしソーマとしては昨日のように何も出来ないのは困る為に全力で阻止を図り、話し合いに持って行こうと懇願する。


「まず、なんでフレスを見習おうと思ったんだ?」


「フレスの訓練を受けてる時のソーマは、私の訓練を受けている時と違い不満がなさそうだったからです」


「で、なんで今諦めた?」


「お互いに困るなら不毛だと思い、ならば昨日と同じでいいかと」


「早い早い!話飛ばし過ぎだろ!」


「…?そうですか?」


 訓練よりもまずは話し合い。

 ソーマは一つ一つ解決していく為に質問を重ねようとするものの、エフィリスが即決する性格なのか、止まって考えるよりも進む道を選ぼうとする。

 それが悪いことだとはソーマも思わないが、時と場合による。

 自分も諦めが早い性格だとは思っているものの、流石に何も得られそうにない訓練よりも、良くなるかもしれない話し合いなら、時間が掛かっても話し合いを選ぶとソーマは思った。


「困るっつっても、俺に全部投げられても困るってだけだ」


「でしたらやはり…」


「だからその考えに至るのが早いんだって。やり方がわかんないんだろ?」


「はい」


「だけど変えてみようかとは思った」


「はい」


「だったら考えよう。もしかしたら何も思いつかないかもしんないけど、思いついたら俺の為にも、エフィリスの為にもなるだろ」


 ソーマは諭すように、一つ一つ紐解くように、エフィリスの説得を試みる。

 幸いにも、エフィリスもやはり変えてみたいという気持ちはあるのか、おとなしくソーマの説得を聞き入れていた。


「ですが、何も思いつかなかったらやはり不毛ではありませんか?」


「そういう後ろ向きなのは、思いつかなかった後に考えればいいんだ」


「方法を模索するとしても、失敗への対策はあらかじめ考慮すべきでは?」


「あー…じゃあその分は俺が頑張るってことで」


「……対策でも何でもありませんね」


「わかってるけども!最終的にはそれしかないだろ!?」


「…そうですね。ではその分、私も厳しくするという事で」


「ぃ…!?」


 聞いたはいいが、エフィリスにとっては疑問が尽きなかった。

 エフィリスにとって自分からソーマの訓練を引き受けた以上、責任を果たさなければならないという気持ちから、無策というのは許容出来なかった。

 そんな完璧主義にも思えるエフィリスにソーマは半ば投げやりな回答を返し、最終的な目標はソーマが入隊基準を満たすことであるならと、人に任せるのではなく自分で取り返すという考えに至った。

 ソーマはそのエフィリスの決意に戦慄するが。


「それでは、どのようにすれば初歩的な訓練と言えるでしょうか?」


「あ、あぁ…そうだな。例えば、銃の撃ち方とか」


「撃てていたじゃないですか」


「そうじゃねぇよ…ほら…構えとか、当てるコツとか」


「構え…当てるコツ…?」


「何言ってんだコイツみたいな目で見んのやめて?」


「いえ、そんな目はして…いません」


「ちょっと思ったな!?」


 自分の中で方針が決まったエフィリスの行動は早く、ソーマとの話し合いの体勢を早速取り、質問を投げかけた。

 エフィリスからすれば純粋に分からないことを教えてくれと言っているつもりだが、普通に見れば丸投げである。

 しかしせっかく環境が改善しそうな流れになり、そのチャンスを逃したくないソーマがそれっぽいことをひねり出すと、エフィリスは僅かに不思議そうな表情をした。


「はぁ…言っておくが、俺は確かに銃を使えるけど、エフィリス達に比べれば遊びみたいなもんなの。戦うことは想定してない」


「銃を使う遊びとは、ずいぶんと物騒ですね」


「そういうツッコミは今はいいから…とにかく、訓練を受けて使えるようになったわけじゃなくて、なんつうか…自己流みたいなもんなんだ」


「私も自己流と言えば自己流ですが」


「くっ…話が全く通じない…」


 ソーマは若干呆れながらも、なんで基本的なことが必要かを説明していくが、もとより基本を教わるという過程を飛ばして戦うことの出来ていたエフィリスには理解が出来なかった。

 フレックスの意見を取り入れると言うのはソーマの為であると理解しているが、やはり意義までは理解しきれてはいなかったらしい。


「よし、分かった」


「何がですか?」


「俺よりエフィリスは強い」


「分かりきってることですね」


「そうだ。だから強い人の技術を見たい。教えて欲しい。と言えば納得出来るか?」


「ふむ…なるほど…」


 ソーマが悔しがる中、一つのひらめきが頭の中に降りてきた。

 かなり勢いよく宣言するが、勢いでかき消せないほど情けなさが滲み出る発言ではある。

 しかし分かっていることから、少し乱暴ではあるが基本的なことを教わる大切さよりももっと根本的な、教わることと教えることの大切さまで説明の壁を下げた。

 それが功を奏したのか、エフィリスが納得したような態度を見せた。


「では…実戦ですね」


「悪化した!?」


「最善ではありませんか?私も訓練を行え、ソーマはそれを見て学び、即座に実行に移せるではありませんか」


「いやだから昨日を思い出してくれ。昨日は俺にそんな暇すらなかったんだ」


「すみません。ですがようやく昨日ソーマが手加減を頼んだ理由が分かった気がします」


「お…おぉ!そうか!ようやく分かってくれたか!」


 そして納得したエフィリスが出した最終的な結論はやはり模擬戦であった。

 どんなに説明してもそうなるのかとソーマは一度呆れるものの、その考えに至った理由を聞くうちに喜びを感じた。

 昨日は最後の方はマシにはなっていたものの、結局エフィリスに一発も当てることが出来ず、まともに姿も見れなかったのが改善されるかもしれないと思えたのである。


「だけどその前に、間近でしっかりとエフィリスが撃つところを見せてくれないか?」


「何故ですか?」


「ん?あー…そうだな…戦ってる最中だと、どうしても姿勢が崩れる事があるだろ?」


「はい」


「だから落ち着いて撃てる、一番基本になってる体勢を見せてほしいんだ」


「分かりました」


 この分ならエフィリスのだいぶ手加減をしてくれるだろうと思いつつも、ソーマは保険としてエフィリスの射撃の姿勢を最初に見ることにした。

 相変わらず疑問を持つことは多いものの、エフィリスなりに何がソーマに取っていいのかを理解しようとしているように見える。

 だからこそ素直に疑問に思い、素直に受け入れているのだろうと、ソーマは思った。


「ついでに、どういうとこを意識してその姿勢をするかも言ってくれると助かる」


「分かりました。では」


「……なんで俺に銃を向ける?」


「他に向ける先が思いつかなかったので」


「その辺の木でいいだろ!?」


「…なるほど」


 いよいよ訓練に着手する段階で、ソーマは早速不安を覚えた。

 エフィリスに銃を向けられ反射的に両手を挙げるものの、そもそも向けられる意味が分からない。

 ソーマは実は嫌われているんじゃないかと思いつつ、冗談でなく大真面目に銃を向けてきていたエフィリスに内心で溜息を吐き、改めて姿勢を観察した。


「どういうところを気を付けているんだ?」


「改めて言われると少々戸惑いますが、敢えて言うのであれば重心です」


「ほうほう…どうして?」


「小型の銃であっても反動はあります。戦闘中は魔道具で強化されていると言っても無視は出来ません。いかに反動を軽減出来るか、隙を最小限に止められるかが重要だと思います。それは如何なる体勢であれ通じる注意点だと思います」


 ソーマがコツを聞くと、戸惑うと言いつつも表情を変えないエフィリスが説明を行った後、三発程発砲した。

 塗料弾は十メートル程先の木に全弾同じ位置に命中し、まるで一発しか当たっていないような跡を残す。


「重心は軽く前に。他に反動を殺す手段としては、腕を伸ばしきらずに僅かに曲げておくのが良いかもしれません。最低限その二つさえ意識しておけば、どのような体勢でも影響を大きく受けることはないでしょう」


「なるほどな…にしても正確な射撃だな…」


「よく狙いましたから」


「いや…それでも俺より早い射撃なんだが…」


 射撃を実演したエフィリスは銃を下ろしながら総括と補足を口にした。

 改めて観察しても実力は雲泥の差、いかに自分が素人であるのかをソーマは目の当たりにした。


「わかったのでしたらそろそろ実戦に移りましょうか」


「…頼むから、俺にも撃つ機会くらいはくれよ?」


「……では」


「だからその『では』は信用出来ねぇんだって!」


 そうして、ソーマの射撃の訓練が始まる。

 昨日の訓練の最後よりも、更にマシにはなったが、それでもソーマが何発か撃てただけというだけで、一方的にやられたのは言うまでもなかったのだった。

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