第11話 ナルシストの方針
訓練二日目。
昨日と同じく、ソーマとフレックスが一緒に歩いて拠点の目の前に出てきた。
しかしソーマは昨日の訓練の疲れが抜けきっておらず、打撲なども治り切っていないために、明らかに疲労が滲んでいた表情でいた。
「今日は昨日と少し趣向を変えようと思う」
「休みにするってんなら大歓迎だけど?」
「それは出来ない。いち早くソーマを成長させねばならない」
「おう。知ってた…」
お互いが向き合ってから早速話を切りだしたフレックスに、ソーマは少しも嬉しそうじゃない表情で休みを提案した。
しかしその提案は真面目な顔でフレックスに拒否され、ソーマは最早悟りきった表情になる。
多少鍛えてるとは言え、昨日の訓練によって自分が鍛えていたというレベルではないと思い知らされていた。
「んで?今日はどうするつもりなんだ?」
「ソーマは筋力については少々ボクらには及ばないものの、申し分ない。問題は動きに無駄が多く、格闘術も我流というところだ」
「それは昨日の最初から分かっていただろ?」
「それで充分戦えるならと半日様子を見たが、そうでもなかったのでな」
「期待に応えられなくて悪いな」
「卑屈になるのは美しくないな。それに無理もない。ソーマの故郷は平和だったのだろう?戦う術を知らなくて当然だ」
休息は諦めてさっさと話を戻したソーマは、今日の方針をフレックスに聞いた。
昨日から確認出来たものではあるが、自身を尊重するフレックスは他者の元々の資質も尊重している。
だがそれでは足りないと判断した為に一日置いての指導という事にした。
「殴る、蹴る、受ける等、動作を言い表すのは簡単だが、実際には技術の塊だ」
「まぁ…それは分かる。昨日、嫌と言うほど転がされたわけだしな」
「だからまずは単純に、一つ一つの動作を矯正していこうと思う」
フレックスはソーマに指針を説明しつつ、自然な動きで綺麗な構えを取った。
普段から美しさを意識しているフレックスは、ただ構えた姿勢であっても無駄な部分がなく、流麗という言葉が良く似合っている。
「例えば殴る動作…ふっ!」
「おー…」
「言ってしまえば拳を前に突き出すだけでいい。が、ソーマはこうだ…はっ!」
「なるほど…」
脇を締めて前に掲げた右の拳をまっすぐに打ち出して、すぐに元の位置に戻したフレックス。
その後に違いを見せるためソーマの動きを再現し、右腕を肩から後ろに引き、横から大きく振りかぶる動きをした。
ソーマは目の前で違いを見せられたことで、自分との違いを改めて客観視し、納得することが出来た。
「ぐはっ…!」
「どうした!なんで蹲った!?」
「すまない…美しくないことをして身体が拒否反応を起こしたようだ…」
「くっそ!ナルシストがっ!」
しかしフレックスは突如息を吐き出し、両手を地面に付けて蹲ってしまった。
ソーマは何かの病気かと焦ったが、ある意味間違いはなかったフレックスの言葉に、呆れながらも勢いよくツッコミを入れた。
「なるしすと…とはなんだ?」
「あ?あー…簡単に言えば自分が一番好き…一番かっこいとか、綺麗とか思ってるみたいな奴のことかな」
「ふむ。ならばボクは、なるしすと、とやらではない」
「いやいや…それはないだろ」
「ボクが一番美しいと思っているのはママだ」
「ゾクシエートを除けば?」
「ボクが一番だ」
「充分だろ…」
ソーマが勢いで言い放ったツッコミの言葉に、フレックスはゆっくりと立ち上がりながら反応した。
誉め言葉として使ったわけではない為に、ソーマは軽く言い淀みながら説明すると、フレックスはきっぱりと否定した。
その理由は最早誤差のようなものだと、ソーマは呆れて肩を落とす。
「自分が好きであることは否定しない。ソーマは違うのか?」
「俺は嫌いとは言わねぇけど、好きとも言わねぇな」
「ならば好きになった方がいい。世界が変わる」
「そ…そうか…」
堂々としているフレックスは、まるでソーマも自らのことを好きだと思っていたかのように問い掛ける。
ソーマは自己評価が低いが自己嫌悪に陥るほどではない。
だからと言って自己愛で自分を守っているわけでもなく、ただ客観的に自分を見ているだけであって、自分に対しては別段好きとも嫌いとも思ってはいなかった。
そんなソーマはフレックスの言葉を聞いても、ナルシストの世界に入るだけだとしか思わなかった。
「さておき、ボクは自分が一番とは思ってはいないが、ママは本来比べるのも烏滸がましい存在だ」
「ん…?」
「つまりは自分が一番だと言っても過言ではない。違うか?」
「お…おう…」
「であればナルシストの称号はボクにこそふさわしい」
「気に入ったのかよ…」
遠回しに確認を挟んでから、まるでナルシストと呼ばれるのが誇らしいようにフレックスは胸を張った。
どうやらまたフレックスの琴線に触れたらしい。
「一番美しい者に与えられる呼び名。それにふさわしい美しい響きだ」
「いや…美しくおも…まぁいいか…」
「良いことを教えてくれてサンクス」
「使いこなしてんなぁ…」
あまりいい意味で使われることのない言葉ではあるが、持ち前の感性で嬉しそうにするフレックス。
どのみちこの世界で知る人はいないだろうという事で、ソーマはそのまま放置することに決めた。
「さて、それでは訓練を再開しよう」
「おう。頼んだ」
「ナルシストのボクが、ソーマを少しでも美しく仕上げよう」
「お…おう…頼んだ…」
一通り満足したらしいフレックスは、再び訓練を始めることを決めてソーマに向き直った。
ソーマは自分からナルシストと言う人間に違和感を覚えつつ、美しくなるのは別に興味ないと思ったが言葉には出さなかった。
「先程も見せたが、もう一度見せるからボクと同じようにやってみてくれ」
「分かった」
「ふっ!」
「こうかっ!?」
再び綺麗な姿勢で構えたフレックスに続き、ソーマも見様見真似で同じように構えを取る。
そしてフレックスが拳を放つのに数テンポ遅れてソーマも拳を突き出した。
「ぶれている。突き出すのはあくまで腕のみだ。基本は腰まで動かす必要ない」
「おう」
「構えは拳を握ったまま掌の方を外側に向けた方がいい。僅かだが早くなる」
「こうかっ!?」
「良くはなったがまだ軌道がぶれている。それに上半身が浮いた。腰は落としたままだ」
再開された訓練は、最初に矯正すると言ったのを実行するかのように細かく指導が入りつつ始まった。
ほとんど自由に組手をしていただけの昨日とは違い、まさに訓練と言った様相を見せる。
一つ一つの基本的な動作を、まずは無駄のない形に最適化していく。
ただ個々の動作を矯正しているだけの為に格闘術とも呼べないものではあるが、ソーマの動きからは着実に無駄が消えていった。
「ふむ。一通りは理解したようだな」
「はぁ…お陰様で。教え方が上手かったからな」
「サンクス。だがこれで終わりじゃない」
「……え」
「次は先ほどの動きを身体に染み込ませる。それぞれの動作を…とりあえず軽く百回ずつ、左右は別回数でやってくれ」
「………うっす」
ひとまず各動きをフレックスから及第点をもらい一息吐いたソーマだが、しかしそれは終わりではなく始まりに過ぎない。
動きを完全に自分のモノにするためには相応の反復動作が必要になる。
フレックスはすぐさま実行に移して指導に掛かった。
「姿勢が崩れている」
「おう」
「今度は動きが大きくなってきた」
「悪い…」
「美しくない」
「どういう意味だ!?」
「全体的な意味だ」
「ただの悪口じゃね!?」
単純な動きを永遠と繰り返し、少しでも動きが乱れれば指摘が入る。
その動きは回数にカウントされずに、百回と言われた回数は実際に動いた回数ではなく、フレックスが認めた動きの回数であった。
ソーマは余計な回数を増やさない為に神経を使い、しっかりとフレックスに認めてもらえる動きを意識しながら、ひたすら身体を動かした。
「昼食の用意が…?」
「すまない。まだ終わっていない」
「何をしているのですか?」
「見ての通り、訓練だ」
そうして訓練をしているうちに昼になり、エフィリスが昼食の為に拠点の入り口付近で呼び出しに来ても、ソーマは言われた回数まで到達はしていなかった。
そんなソーマの訓練を目撃したエフィリスが僅かに眉を顰めていると、フレックスがソーマから離れて謝罪と共にエフィリスに近付いた。
フレックスが来たために、エフィリスが表情はそのまま少しの戸惑いと共に質問すると、フレックスは当然と言わんばかりに簡潔に答えを返した。
「そのような単調な動きを繰り返すだけでですか?」
「基礎が出来ていなければ戦う術がないのと変わらない」
「その基礎がこれだと言うのですか?」
「そうだ」
「わかりません。基礎とは元々の持っている術だと思うのですが」
「基礎は培うものだ。元々持っているものは才能。似て非なるもの」
「そう…ですか…」
エフィリスにはフレックスがソーマにやらせていることの意味が理解出来ず、表情は乏しいが少し棘のある声音でフレックスに質問した。
しかしフレックスは物怖じせずに、変わらぬ態度で淡々と意義を説く。
その態度が功を奏したのか、それとも単純に説明に納得したのかは定かではないが、エフィリスは顰めていた眉を若干下げて引き下がった。
「フレス。終わったぞ」
「ああ。最後の方はマシになっていたと思う」
「じゃねぇと終わらねぇからな…っと、エフィリスもいたのか」
フレックスとエフィリスの話が終わると、丁度良くソーマが既定の回数を終わらせて近付いてきた。
ソーマは疲れからか俯いて歩いて近寄ったところで、エフィリスの存在に気付いて声を掛けた。
「昼食の用意が出来ましたので」
「もうそんな時間か。手間かけさせて悪いな」
「いえ。訓練に励むのは良いことだと思います」
「早く役立たずから昇格したいからな」
ソーマに声を掛けられた時には、普段通りの涼し気な表情に戻っていたエフィリス。
訓練をしていたことによる遅れは許容範囲だと言うように、淡々とした調子でソーマの謝罪を受け入れていた。
「昼食に行こう。ボクは先に行かせてもらう」
「おう」
「あ…すいません、ソーマ」
「おん?」
そんなソーマとエフィリスに一言声を掛けてから、フレックスはさっさと拠点の中に入って行った。
ソーマもフレックスを追って拠点の中に入ろうとしたところで、エフィリスに呼び止められて振り返る。
エフィリスは呼び止められた理由が分からないと言った表情をしたソーマを真っ直ぐ見つめていた。
「ソーマは…私とフレス、どちらが好きですか?」
「………は?」
「私とフレス…」
「いや、聞こえてたから。意味が分かんねぇだけだ」
エフィリスは真っ直ぐにソーマを見ながら、それでも若干の躊躇いからか、一呼吸置いて質問を口にした。
だがソーマはその内容の意味が全く理解できずに思考が止まる。
それを聞こえていなかったのだと解釈したエフィリスが同じ質問を口にしようとするが、言い切る前にソーマはその質問を遮った。
「……いえ、やはりいいです。時間を取らせてすいません」
「えぇ…めっちゃ気になるんだが…」
「昼食にしましょう」
「無視かよ…」
少しの沈黙が流れた後、エフィリスはソーマの疑問に答えず、ソーマの横を通り過ぎて拠点の中に入って行く。
一人取り残されたソーマは呆れたように大きな溜息を一つ吐いて、自分も昼食を食べるために拠点の中に入って行くのだった。
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