第15話 小人と野望と理不尽な差

 ノエルを引き剥がしたソーマが部屋の中央にある作業台に銃を置き、ソーマ、ゾクシエート、そしてノエルの三人で何の変哲もない銃を見つめること数分。

 その数分間、誰も何も喋らずに、ただただ微妙な雰囲気が流れていた。


「………普通なんだけど」


「普通ね」


「普通だぞ」


 最初に長い沈黙を破ったのは、不満そうに喋ったノエル。

 それに同意するようにゾクシエートが言葉を発し、さらにソーマが真顔で肯定する。

 ソーマからすれば玩具から本物になっていた時点で普通ではないが、その事実さえ抜けば普通に殺傷能力のある拳銃に違いはない。


「はぁぁぁ!?これのどこが異国の武器なの!?見たことない型式ではあるけど、ふっつー…っの!銃!しかも面白味も何もない拳銃!バカにすんなっ!!」


「馬鹿にはしてねぇし、俺にはどうしようもねぇところだな」


「むっきぃぃぃ!!騙されたっ!詐欺だぁっ!誇大広告だあぁっ!!」


「騙してもねぇよ?」


「えぐえぐ…甘い言葉を囁かれて連れ込まれて、期待させといて弄ばれたぁ…もうお嫁に行けない…」


「期待させたのは悪いけど他は事実と違ぇな!?」


 ノエルは作業台に置いてあった銃をおもむろに鷲掴み、ソーマに突き付けながら激しく怒りを露わにする。

 そしてしばらく地団太を踏んだ後にしゃがみ込んでめそめそと泣き始めたノエルだが、少しもしないうちに動きと泣くを止めた。


「これ…小人種しょうじんしゅが作ったのじゃ…ない…?」


小人種しょうじんしゅってのは知らんし、誰が作ったか聞かれても分からんが…多分そう」


「もしかして…分解出来る…?」


「記憶が正しければ」


 動きを止めたノエルは、静かに疑問を口にした。

 聞きなれない単語があったものの、ソーマにとっては日本の会社が作った日本製の玩具だったものである。

 本物になったという謎の事象が起きたものの、小人種しょうじんしゅという謎の種族らしきものが作ったわけでもない。

 玩具が本物になったという違いはあれども、分解できることには違いはないだろうとも、ソーマは思った。


「き……」


「き?」


「きっっったぁぁぁぁぁ!!!」


「るっさ…!?」


 しかしノエルはいきなり両手を挙げて立ち上がり、奇声と共に全身で喜びを露わにする。

 ソーマはその言動によって、逆に耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。


「ソーマこれ分解していいか!?いいよね!?いいって言え!!」


「待て待て!説明しろ!」


「必要ない!」


「あるわっ!!」


「いいから承諾しろ!頷くだけでいい!さもなくばお前を分解してやるぅ…!」


「こえぇよっ!!?」


 体勢が逆になったことでソーマの両肩を、片手は銃を握ったままだが掴み、がくがくと揺らして詰め寄った。

 ソーマにとっての唯一の武器を、何も説明されないまま分解されても困る為に必死に抵抗するが、ノエルは聞く耳を貸さずに最後には低い声で脅し始める。


「ノエル、少しは落ち着きなさい」


「落ち着いてられないよっ!だって分解出来るんだよ!?中身が分かるんだよっ!?」


「だから落ち着きなさいって言ってるのよ。じゃないと壊しちゃうわよ?」


「いやぁぁぁ!離せぇぇぇ!!」


 流石に見かねたのか、ゾクシエートがノエルに呆れた様子で近付いてソーマから剥がし始めた。

 だが先程は簡単に大人しくなったノエルが全く興奮が収まらないようで、ゾクシエートが抱え込んでもじたばたと暴れまわる。


「すまん。助かった…」


「いいわよぉ。それでノエル、どういうことなのか説明してくれるかしら?アタシも知りたいわ」


「むむぅ…ゾクトがそう言うなら…わかった」


 ゾクシエートが引き剥がしたことによって自由になれたソーマは、首を軽く押さえながら立ち上がった。

 そしてゾクシエートが本当に説明を求めているのかは分からないが、教えて欲しいと言うお願いにノエルは引き下がった。

 ようやくノエルが落ち着いたことにより、三人はソーマの銃が置かれた作業台を囲むような位置に着く。


「まず大前提として、ノエ達…と言うか、人類が使っている銃火器は、本来であれば小人種しょうじんしゅでしか製造が出来ないものだ。これはいいな?」


「はい。その大前提が全くわからん。そもそも小人種しょうじんしゅってのも知らね」


「はぁ?ゾクト、こいつバカなのか?」


「ソーマは記憶が一部しかないのよ。自分と故郷の事しか分からなくて、大部分の知識が抜けてるみたいなの」


「ん…?んー……つまりバカなのか」


「ゾクシエート、俺はコイツの方が馬鹿だと思うんだが?」


「んなっ!?バカって言う方がバカなんだぞっ!?」


「その理屈でいくとお前の方が先に言ってるからな!?」


「まぁまぁ二人とも、落ち着きなさい」


 知識がないという事であれば、ソーマは現状馬鹿と言われる部類に入るのだろうと自分でも思う。

 だがそれ以上に考えないという点で言えば、ノエルはより馬鹿になるのではないかとソーマは考えた。

 そして同レベルの争いを繰り広げる二人は、ゾクシエートにとって同じように可愛い存在に思い、等しく窘めた。


「…小人種しょうじんしゅっていうのは、鍛冶や武器開発に長けた背の低い人種。緻密で地道な作業も得意で、今人類全体が使っている銃火器の全ては、小人種しょうじんしゅが作ったと言っても過言じゃない」


「ほうほう…だから銃火器はそいつらしか作れねぇってことか?」


「うっ…い…や…そうだけど、少し違う……」


「何が?」


「その……こっち見ないで…」


「えぇぇ……」


 一息に小人種しょうじんしゅについて説明を行ったノエルに、ソーマは感心しながら質問を重ねた。

 真っ直ぐに見てきたソーマに、ノエルはたじろぎながら何とか返すがそこで限界を迎え、作業台の下に隠れてしまった。


「あー…もうそのままでいいから続けてくれ。何が違うんだ?」


「……小人種しょうじんしゅの作る物は、どれも丈夫すぎるんだ」


「…ん?いいことじゃないか?」


「あぁ、使う人間にとってはな。けどノエ達、技術者にとっては最悪だ。何が最悪って、あいつ等は自分達の技術が漏れないようにする為か、分解出来ないようにしてるんだっ!!」


「お…おぅ…」


 最早円滑に事が進むなら何でもいいと、ソーマは諦めて説明の続きを求めた。

 少しの間の後、ノエルが語りだしたことは利点であり、ソーマは何ら欠点の無いように思うが、ノエルはそれを否定して、作業台に身を乗り出して詰め寄った。

 実際には分解出来ないと言うのは使用者にも欠点の塊なのだが、技術者にとってより効果は高い。

 興味深いものを前に調べることが出来ずに、ただ眺めることしか出来ないのは屈辱的と言っても過言ではないのである。


「こともあろうに!どんな技術を使ってるか知らないけど、あいつ等は銃火器が使用不可能なほどの欠損を負うと弾倉を残して消える仕組みまで組み込んでるんだっ!どんだけ自分達だけものにしたいんだよっ!!」


「そ…そうなのか…」


「そこでソーマの持ってきた銃だっ!分解して銃の仕組みを知って、ノエでも作れるように…いや、より強力な武器を作れるようになれば…うへへへっ…!!」


「こわ…」


「見える…!ノエをバカにしてきた連中も、高慢ちきな小人どもも、ノエにひれ伏す姿が…!でもそれだけでは許さない…まずは作ったもので本部の頭でっかちを血祭にあげてやるぅ…!!」


「こわっ!?」


 興奮が最高潮に達したノエルは、作業台を両手で叩きながら憤慨を露わにして、小人種しょうじんしゅに対して不満をぶちまけた。

 そしてソーマの銃の有用性を示してから、ノエルは最高潮すらも超えて自分の世界に旅立っていく。

 そんなノエルをともかくとして、ソーマは一応自分の銃が必要な理由を知ることができ、渡さない理由も特にはなく、むしろ信頼を得られるのであれば利点しかないという打算ありきで手放すことを決意する。


「まぁ…そういうことならいいけどよ…代わりの銃はくれんのか?」


「ぐへへへぇ…じゅるり…」


「聞けおい」


「もちろんいいわよ。ないと困るものね」


「すまん、ゾクシエート。ものすごく助かる」


「こっちこそごめんなさいね。この子、研究のことになるとすぐこうなるから。でも根は真面目なのよ」


 ただソーマは武器が無くなっては困るのも事実である為、確認のためにノエルに質問するが、依然として涎を垂らして自分の世界に没頭している様子。

 代わりにゾクシエートが答えを引き継ぎながら、呆れた様子でノエルを作業台の上から降ろし、フォローを入れた。


「いやまぁ驚きはしたけど…危険がなさそうだから大丈夫だ」


「うっふふ。そう言ってもらえると安心だわぁ」


「ちなみに聞くが…ノエルもゾクシエートが保護したのか?」


「違うわよ。この子、こんな性格だからちょっと本部の連中と揉めちゃって、知らない仲でもなかったから、うちに来ないかって誘ったの」


「あー…なんとなく想像出来た…なんつうか…お人好しだな」


「ありがと。でもさっきも言ったけど、知り合いだったのと仕事は真面目だからよ」


「…どうだか」


「んふふ」


 事実上、ノエルもゾクシエートに拾われた一人なのだろうとソーマは思った。

 理由もつけて否定はするものの、それが建前であることは最後に優しく微笑んだことを含めて明白だとソーマは予想する。


「にしても、ゾクシエートに懐くのは納得出来るが、他の連中とはどうなんだ?」


「エフィリスは事務的にしか接しないからむしろ平気そうよ。ルルも武器を管理してる立場って言うのは理解してるから淡々としてる。ノエルは怯えてるけれど」


「マジか…フレスは?」


「フレスは…」


「ボクに何か用かな?」


 ともあれゾクシエートを頼りにしているのは分かったが、ソーマは他の隊の人間はどう接しているのかが気になった。

 しかしソーマの予想に反して女性陣は思いの外上手く付き合っているらしい。

 残るは同じ男性という立場にあるフレックスであるが、ソーマが質問をするとゾクシエートが少し言い難そうにする同時に、部屋の外から話題の人物が顔を出した。


「あぁっ!フレスきゅうぅぅん!!」


「はぁっ!?」


「ノエル技師。相変わらずのようで」


「フレスきゅんもぉ…!相変わらず美しいねぇ…!」


「当然です」


 そしてフレックスが現れると、自分の世界に入っていたはずのノエルが急に反応し、妙に高い声を出しながらフレックスにすり寄って行った。

 フレックスはいつも通りの様子ではあるが、その光景を見てソーマは驚かずにはいられなかった。


「なんアレ?」


「見ての通りよ」


「……正直に聞こう。だから正直に答えてくれ」


「いいわ。予想は出来るけれど、何かしら?」


「………顔か?」


「……ええ」


 認めたくない現実がソーマを襲い、成す術の無さに奥歯を噛んだ。

 最初のやり取りのせいもあるだろうが、要するにノエルは面食いだったのである。

 だからこそゾクシエートは言い難そうになっていたのだとソーマは理解し、おそらく一方的ではあるが、ノエルはフレックスに惚れているのだろうという予想が付くのに、そう時間はかからなかったのだった。

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