第7話 処遇

 案内を無事に終えたソーマは、自室として与えられたベッド以外何もない部屋で、明かりも点けずに大の字になっていた。

 明かりも魔道具であり、先程魔道具の使い方を教わっているから点けようと思えば点けられるが、ソーマはなんとなく点けずにいる。

 フレックスはというと案内を終えた後にさっさと鏡を見るのを再開した為、話をすることが出来なくなり、ソーマも捕虜という立場を理解しているため、自主的に引きこもることにしたのだ。


「なんで来たんかな…?」


 ソーマは暗い天井を見上げながら、独り言を呟いた。

 その言葉に返事をするものはおらず、ソーマ自身、答えを求めて吐いた言葉というわけでもない。

 ただようやく落ち着いて考え事する時間が出来た為に、思わず出た言葉であった。


「玩具が本物になって、魔法があって、化け物がいて、それと…」


 今もまだ夜も明けておらず、ほんの数時間前の出来事が、ソーマの脳裏を駆け巡る。

 振り返ればほんの一時の出来事だが、ソーマにとってその一時は、生きてきた中で最も濃密な時間であると感じていた。


「美少女に押し倒され…美少女に脅され…美少女に疑われ…どんなプレイだ。俺にそんな趣味はねぇっ…!って、そうじゃないだろ…」


 目まぐるしかった出来事を思い浮かべると、自然とエフィリスのことがセットになって思い浮かぶ。

 しかしソーマに甘い記憶などほぼなく、冷や汗ものの記憶ばかりで、エフィリスの涼し気な表情とは裏腹な苛烈な印象が強かった。


「まぁ…成り行きって感じだけど、結局は助けてくれたんだよなぁ…」


 出会い方はどうあれ結果としてはソーマの恩人には変わりない。

 しかも出会った相手が他の人であったなら迷わず殺されていた可能性が高く、それを考慮すればむしろ幸運とすらソーマは思った。


「もうちょい笑えばもっと可愛いだろうに」


「っ!?」


「ん?」


 ソーマがエフィリスに対する感想を言うと、入口の方で物音がした。

 ソーマはその音に気付いて首だけ持ち上げて見ると、同時にノックの音が聞こえてきた。


「ソーマ、いますか?」


「おっ…おう、いるぞ。なんだ?」


「ソーマの扱いが決定したので呼びに来ました。会議室で待ってます」


「わっ…!かった…」


 扉越しに聞こえてきたエフィリスの声。

 それによってソーマは先程の言葉が聞かれたかと一瞬焦ったが、特にエフィリスの声の調子に変なところは感じなかった為に、杞憂だと判断した。

 しかし続いて言われた言葉に、またソーマは焦ることとなる。

 そんなソーマを知ってか知らずか、エフィリスが部屋の前から遠ざかって行く足音が響く。


「いよっと!…はぁ。腹括るか」


 足音が聞こえなくなった後、ソーマは上半身を大げさな動きで起こしてから一拍置いて溜息を吐いた。

 ソーマは気が重い上にかなり不安ではあったのだが、処分と言われずに扱いと言われたことで少しだけ前向きになれた。

 そうして自らを鼓舞した後に、ゆっくり立ち上がり扉を開け、冷たく感じる廊下を一人歩き始めた。


「思ったより決まんの早かったけど…ちっとは考え事するが欲しかったな…」


 結局ソーマが思い返せたのは恐怖の記憶とエフィリスの涼し気な顔だけだった。

 そんなことを思い出すよりも状況を整理すればよかったのだが、今更思っても後の祭りである。

 ついさっきまでの時間以外もいっぱいいっぱいで、今もどういう扱いになるのか予想してしまうばかりである。

 ソーマは心休まる時間がなく、落ち着いて考える余裕もない。


「んふっ!来たようね」


「おーそーいー!自分の立場わかってんのー?」


「遅くなったのは悪いと思ってっけど、わかってるから重い足取りになったんだ」


「そうよ、ルル。むしろ来ただけで偉いわ。普通は逃げ出してもおかしくないもの」


「ママはコイツにあまーい」


 ソーマが会議室に着くと、自己紹介を終えてからすぐにどこかに行っていたゾクシエートが戻ってきていた。

 ルルメルは相変わらずソーマに対して辛辣であるが、ソーマもソーマで自分の立場は弁えているつもりだ。

 そのことをゾクシエートも理解しているのかソーマを擁護するが、そのこともまたルルメルは不満の種になった。


「ソーマ、ママに呼ばれたなら脇目もふらずに来ると良い。美しくなる第一歩となる」


「フレスのブレなさが段々美しく感じてきたわ…」


「サンクス」


「今のは皮肉だ」


「む…?そうか。それはすまなかった」


 フレックスもフレックスで相変わらずゾクシエートへの信仰は厚い。

 しかしソーマに対しては否定ではなく、助言のような言葉を向けているだけ、態度が軟化しているのが分かる。

 どうやら言葉を教えたのがフレックスに効いているようで、積極的に使う姿勢を見せた。

 残念ながらソーマの心境としては微妙なタイミングではあったが。


「あらぁ?フレスとはもう仲良くなってるのね」


「ソーマは面白く美しい言葉を知っている」


「あらぁ!それは良かったわねぇ」


 ソーマとフレックスのやりとりを、微笑ましそうに見つめるゾクシエート。

 フレックスがソーマに気を許しているのを知ると、それを自分のことのように喜んだ。


「なら、このまま任せてもいいわね」


「ゾクシエート、それは…」


「ソーマはアタシが預かることになったわ。入隊前の訓練兵としてね」


「……まぁ、しゃあないか」


 ゾクシエートの言葉に、ソーマは一瞬躊躇うもすぐに納得した。

 一般人から兵士になるのだから当然だが、捕虜として使えない無駄飯食らいのままにするより、兵力として少しでも使える方が有意義なのも理解出来たからだ。


「あら。ホントに素直ね」


「拒否れるなら拒否るし、帰れるなら帰りたいけど、どっちも無理だろうからな」


「断ってもいいのよ?」


「その場合は?」


「死んでもらうわねぇ」


「無理じゃねぇかっ!」


「うふふ。冗談よ。ここから立ち去ってはもらうけどね」


「俺にとっちゃ意味変わんねぇから…」


 ゾクシエートはソーマの反応に意外そうに言葉を返した。

 一応拒否は出来るらしいが、立ち去ってもらうのが最大の譲歩であり、甘い対応ですらあることはソーマも理解している。

 しかしこの世界に帰る場所がないソーマにとっては、何も持たず、かつ化け物が彷徨いているところで生き抜く術がない。

 だからこその仕方のない選択なのである。


「そういうことならしょうがないわね。フレス、ソーマの訓練は任せたわ」


「わかった、ママ」


「よろしく頼む」


「こちらこそよろしく」


 そうしてフレックスがソーマの訓練担当ということが決まった。

 フレックスは嬉しそうに笑ってそれを承諾。

 ソーマが握手を求めて手を出すと、今度は少しだけ真面目な顔になってソーマの手を握り返した。


「ママ、一つ提案があるのですがよろしいですか?」


「なぁに?エフィリス、言ってちょうだい?」


「私もソーマに訓練と、それと教育を行いたいのですが」


「あら…あらあら…!?いいけど…どうしたのかしらぁ?」


 ソーマとフレックスがお互いを認め合っていると、エフィリスが最初の話し合いの時のように挙手をして提案の許可を得ていた。

 その提案とはエフィリスもソーマに訓練を施したいというものに加え、教育も行いたいというもの。

 エフィリスの突然の提案に、ゾクシエートはかなり身体をくねらせ、嬉しそうな様子を見せた。


「元は私が連れてきたので、その義務があるかと」


「うぅ…ん…あらそぉ…他に理由はないのかしら?」


「ありません」


「そぉおぉ?」


「はい」


 しかしエフィリスが申し出た理由を述べると、ゾクシエートは見るからにテンションを下げた。

 それでもなおゾクシエートはエフィリスに追求するが、エフィリスはきっぱりと断言する。

 どうやらエフィリスの理由に、ゾクシエートとしては納得いかなったらしい。

 ゾクシエートは誰が見ても不満そうな態度をとった。


「まぁ…それでもいいわ。エフィリスもソーマのことをお願いね?」


「はい」


「えっと…なら、エフィリスもよろしくな」


「責任を持って指導します」


 ゾクシエートは納得してなさそうな表情をしているものの、渋々といった風でエフィリスの提案を許した。

 それを受けてソーマはエフィリスにも手を差し出して、エフィリスもその手を握り返す。


「むぅ…なんかつまんなーい」


「ルル、そんなこと言わないの」


「だって役に立ちそうにないじゃーん」


「ルル」


「はぁい…ちぇぇ…」


 だがそんな和やかな雰囲気に不満な人が一人。

 ルルメルが気怠そうに椅子に座りながら口を尖らせ文句を口にするが、ゾクシエートがすぐに咎めた。

 それでもソーマに対しての不服の声を止めず、ゾクシエートが強めにルルメルの名前を呼ぶことでようやく引き下がった。


「ごめんなさいね。でも、ルルもホントはとっても良い子なのよ?」


「あー…いや。ルルメルの言ってることも間違ってねぇから、しょうがねぇと思う」


「んふ…その調子で仲良くなってくれると嬉しいわねん」


「それは自信ねぇな…」


 ルルメルの態度をフォローするように、ゾクシエートは擁護した。

 ソーマも自分が怪しい立場であることを理解しているために、ルルメルの態度に理解を示す。

 ソーマとしてはむしろ、ありがたいこととは思うが、他の三人が簡単に受け入れていることの方が少し不思議に思っているくらいは思っている。

 そしてゾクシエートはルルメルにもそうなって欲しいのか、ソーマに距離を詰めるように調子よく頼んだ。


「ウチはやだー」


「だそうだ」


「んもう。男の子は積極的な方がいいわよ?」


「積極的にいった挙句、嫌われるか殺される未来しか見えねぇなぁ…」


「めちゃくちゃ嫌だけど、どーかーん。近付いたら殺しちゃうー」


「選択肢が一つしかなくなったな…」


「ふぅ…まっ、それはとりあえずいいわ。ひとまずソーマは頑張ってちょうだい」


 しかしルルメルは嫌悪感を隠さずにソーマと親睦を深めることを拒否。

 ルルメルの態度にソーマは諦めモードだが、ゾクシエートはソーマに発破をかける。

 だが極力安全に暮らしたいソーマは敵意をむき出しにしているルルメルに引き気味である。

 そして当のルルメルもそんなソーマに不本意そうに同意を示した。


「何か質問はあるかしら?」


「あーそうだな…入隊前ってことは、正式な入隊はまだってことか?」


「そうね。アタシが訓練の経過報告を送って、アタシが入隊基準を満たした報告を送れば、本部から試験員を送ってくる手筈になったわ」


「なるほど…」


「だからと言って怠けちゃダメよ?ちゃぁんと、二人に様子見てもらうからん」


「し…しねぇよ…」


 質問を尋ねるゾクシエートに、ソーマは少し考えてから、引っ掛かった言葉について聞いた。

 ソーマはゾクシエートの答えに、ずっと手を抜いていれば正式には入隊にならないと頭を過ったが、そんな考えも見透かされてしまう。


「うっふふ。他には?」


「うーん…今は特はねぇな」


「そう。なら頑張ってちょうだいね」


「おう」


 そうして入隊は避けられないのだと悟ったソーマは、気持ちを切り替えて恩を返せるくらいには努力しようと考え直したのだった。

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