第6話 意外な相性

 話し合いはひとまず終了の形をとり、各々解散となった。

 その解散の対象にはもちろんソーマも含まれており、しかし彼は形式上は捕虜扱いであり、仮に自由を許されていたとしても勝手が分からない為に動けない。

 なので身の回りの世話を任されたフレックスが動かなければ、ソーマもどうすればいいか分からないのだが。


「ふふ……」


「………」


 解散後、脇目もふらずに鏡の前に向かい、そのまま自分の姿を見始めてしまったフレックス。

 時折笑い声が漏れているものの、フレックスはソーマに見向きもせずに鏡とばかり向かい合っていた。

 そんな様子のフレックスをソーマはじっと見ていて案内されるを待っていたが、30分程経過したところで流石にソーマも飽きた。


「だぁ!いつまでそうしてんだよ!?」


「ソーマうるさーい」


「理不尽だな!ごめんなさい!」


 焦れたソーマがフレックスに文句を言ったところで、小機関銃を磨いていたルルメルから文句を言われた。

 ソーマはルルメルの機嫌を損ねたくない為にツッコミを入れつつも謝るという器用なことをする。

 だが、ソーマの文句の矛先であるフレックスは、一向に気付かなかった。


「フレスについては諦めて下さい。ママからの命令でないと、気が済むまであのままです」


「具体的にはどれくらいの時間か言ってくれると助かる」


「そうですね…一回につき2時間程でしょうか」


「カラオケかよ…」


「から…?」


「あぁ、気にしなくていい。故郷の遊びの話だよ。まぁ色々分かった。ありがとな、エフィリス」


「構いません」


 フレックスの様子に落ち込むソーマに、ルルメルと同じく銃を手入れしていたエフィリスが説明を付け加えた。

 ソーマは詳しく時間を聞いたことで、おそらくこちらの世界の時間も1日が24時間であると予想を立てる。

 フレックスの鏡を見る時間は予想外だったが、時間感覚の情報はソーマにとって一応の収穫である。


(にしても暇だしなぁ…ゾクシエートの命令なしじゃなぁ…あ)


「あー…フレス?ゾクシエート…ママに言われただろ?俺の身の回りの世話。とりあえずこの中案内して欲しいんだけど。俺でも見て問題ないとことか、俺が自由にしていいようなとこ」


「む…?そうだった。では案内しよう」


(お…成功した…)


 ソーマはゾクシエートを引き合いに出してフレックスを動かそうと画策した。

 それは見事に成功して、鏡の前から微動だにしなかったフレックスが綺麗に身を翻してソーマに近付いてきた。


「やはり小癪な策を立てますね…」


「いいだろがっ…」


 その光景を見ていたエフィリスは、少しだけ眉を顰めて小声でソーマを再評価した。

 エフィリスの言葉はソーマにしっかりと聞こえていて抗議をいれる。

 ともあれ、フレックスが動く気になったのならばとソーマは立ち上がり、フレックスについて行く姿勢を見せた。


「フレスー、ソレにムカついたらいつでも言ってねー。ウチが殺したげるから」


「ママの許可が下りればそうする」


「いや、ムカついたら先に俺に言ってくれ!?出来るだけ直すから!」


「それは殊勝な心掛けだ。美しい」


「そりゃどーも!」


「ちぇぇ…」


 案内の為に歩き出したフレックスに、後ろからルルメルが声を掛けた。

 下らないことで命を落としたくはないソーマは出来るだけ控えめの姿勢を見せたが、それが功を奏したらしい。

 フレックスの評価が上がったのをソーマは感じたが、なんとも微妙な評価のされ方だった為に投げやりに礼を返した。


「そんで?どこを案内してくれんの?」


「キミに見せて良さそうなのは、先程の会議兼待機室の他は個室と食堂、後は湯浴み場くらいだろう」


「少なっ…まぁ、しゃあないか。生活スペースだけってことな」


「弁えている様で美しい。時に、すぺーす…とは?」


「んあ?わり。故郷の言葉で、空間とか場所って意味。生活が出来る場所…みたいな感じ」


「ふむ…すぺーす…スペース…悪くない」


 歩き始めたはいいが先に使っていい場所を知っておきたかったソーマは、フレックスに目的地を聞いた。

 使える場所の無さに驚くものの、答えが独房だけでなく、少なくとも人並みには過ごせそうなことに安堵する。

 一人納得していたソーマを余所に、フレックスが意外にも質問を返した来た。

 思ったよりも人に興味を持っていたのかとソーマは驚きながら答え返すと、今度はフレックスが一人で謎の納得をする。


「なぁ、フレス。質問してもいいか?」


「答えられることなら。なにかな?」


「自分で聞くのもおかしいが…俺が個室貰ってもいいのか?拘束したり、牢屋に入れたりさ」


「この拠点に牢屋はない。それに、拘束も処分もママの本意ではないと思うが」


「ゾクシエートの…?」


 安堵したはいいが確信が欲しかったソーマは、恐る恐るフレスに質問してみた。

 生かしてもらっておいて疑うのも良くないと思いつつ、ソーマ自身も自分を生かしておくメリットがないことはよく理解している。

 そしてその質問に対して、フレックスは初めて足を止めてソーマを見ながら回答した。


「ママは美しいから」


「悪い。出来ればもう少し詳しく」


「ふむ…ボクもママに拾われたんだ。同じように拾われた隊員もいる。なのでキミだけを見捨てるという事はしないと思う」


「なるほど…な。話してくれてありがとう」


「あぁ!ママはなんと慈悲深く美しいんだ!」


 最後は大分フィルターの掛かった言葉にしろ、ソーマは大体の事情に納得出来た。

 フレックスに限らず、エフィリスもルルメルも、妄信的とも言える態度を取っていた理由がそこにあるのだろうと思える。

 それこそ、ママと呼ぶにふさわしい理由が。


(隊員全員に呼ばせるようにしてるなら別かもしんねぇけど…)


「ここが隊員の各個室のあるところだ。キミの部屋はボクの隣が空いているからそこでいいだろう」


「中見てもいいか?」


「ああ。構わない」


 質問を終えてから再び歩き出すと、狭い通路に扉がいくつか並んだ廊下に着いた。

 そのまま一つの扉の前で立ち止まり、入室を許可された。

 ソーマが扉を開け放つと、簡易ベッドが一つだけ置かれた、四畳半ほどの無機質な部屋が現れた。


「…なんもねぇな」


「使ってないのでね」


「……とりあえず装備外すか」


 ソーマは部屋に対して気の利いたことを言おうとしたがなにも出てこなく、そのままの感想を言い、フレックスも律儀に至極まっとうな回答をしてきた。

 微妙な気まずさを隠す為にソーマはそのまま部屋に入って、サバイバルゲームのための装備を可能な限り外し、Tシャツにコンバットパンツという身軽な姿になった。


「待たせた。案内の続き頼むわ」


「あ…ああ。行こうか」


 個室の並ぶ廊下から離れ、二人は再び歩き出した。

 しかし部屋を出てからというもの、なぜかフレックスが横目でソーマの方を何度も窺うように見てくる。

 そんなフレックスの様子にソーマは首を傾げた。


「どうかしたか?」


「思いの外、キミが引き締まった身体をしていると思ってね」


「あー…ほどほどに身体動かしたり鍛えたりしてたからな」


 ソーマは昔からの悪友のせいでトラブルに巻き込まれることも多く、停学していた理由もそのせいではあるのだが、おかげで身体を鍛えるのが習慣付いていた。

 それによってソーマはスポーツマン並には身体が出来上がっていた。


「ほう?」


「ああいや!つっても戦うためとかじゃなくて遊ぶためにな!?」


「遊ぶため…?」


「そうそう!健康的に遊ぶには健康な身体作りが重要的な!」


「……キミのいた国は、ずいぶんと平和だったのだな…」


「お、おぅ…そう…だな」


 だがそんなソーマの事情を知らないフレックスは、疑問に思い首を傾げる。

 フレックスの様子に不思議そうな様子に気付き、ソーマは鍛えていたことを変に受け取られて、不信感を持たれてはいけないと必死に弁明する。

 ソーマの言葉を信じたか定かではないが、フレックスは何故か寂しそうな表情で呟きを口にし、そのまま再び歩き出した。


「ここが食堂。とは言っても食事を作るのは当番制だ」


「なる。俺も混ざるのか?」


「隊に入るならそうなるだろう。現状は捕虜だから作らせるわけにはいかないが」


「そりゃそうか」


 次にソーマが案内されたのは食堂だった。

 会議室と同じように、大きなテーブルとその回りに椅子が並んでいる。

 会議室との違いと言えば大きめのキッチンが併設されており、二、三人はその中で調理を行えそうである。


「ちなみに誰が旨いとかある?」


「ママと後一人が料理上手だ」


「ゾクシエート、有能かよ」


「美しいんだ」


「それは意味わからん」


 異世界と言えばご飯の質が低いという認識のソーマ。

 期待はしていないが、それでも一応確認の為に質問すると、意外なようなそうでもない人物が候補に挙がった。

 そっちは過大評価で無ければいいと思いつつ、後一人はエフィリスでもルルメルでもないのだろうと予想した。


「この食堂の奥が湯浴み場だ。水と湯の魔道具が設置されているから、自分の好みに調整して散水機に流せる」


「待った。俺、魔道具の使い方知らねぇんだけど」


「……キミが一体どういう生活をしていたのか、疑問でしかない…」


「あー…魔道具っぽいのを使ってたけど、具体的にわかんねぇんだ」


「なるほど。魔法関連の知識が消えている弊害か」


 フレックスが食堂の奥にある扉を示し、その部屋にある役割を説明した。

 ソーマはシャワー室であるのだろうと予想することは出来たが、肝心の設備の使い方が分からないのでは意味がない。

 それをフレックスに伝えるとかなり不審な目を向けられたが、ソーマがあながち嘘とも言い切れない誤魔化しをすると、自然な解釈をしてくれた。


「では調理場の魔道具で指南しよう。使い方は同じだ」


「サンクス」


「さんくす…?」


「ありがとうって意味だ」


「ほう…さんくす…サンクス…面白い」


「俺もそう思う」


 思いの外面倒見が良く、フレックスはあっさりと受け入れてソーマに魔道具の使い方を教えるために動いた。

 ソーマはそのことにお礼を言うと、またもソーマの言葉にフレックスが食いつく。

 フレックスはどうやら新しい言葉を覚えるのを面白がっているようで、そんなフレックスをソーマも面白がっていた。

 意外にも二人は相性がいいのか、短時間で打ち解けていることが分かる。


「では改めて使い方を教えよう」


「おう、頼んだ……フレスは良いやつだな」


「…サンクス」


「…ぷっ……」


「ふっ…」


 フレックスが言葉を理解したところで、再びソーマの指導に動き出す。

 ソーマは意気込んでついて行こうとしたところで、少し考えてからフレックスを褒めた。

 フレックスはソーマからいきなり褒められたことに一瞬驚くも、すぐに覚えたての言葉を使って礼を返す。

 そのやり取りで二人は同時に軽く笑った後に、魔道具の説明に入るのだった。

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