第8話 それぞれの疑問と回答

 ソーマの処遇が決まった後、その日は遅いという事で休息となった。

 そして朝になり、朝食後に早速拠点の近く、訓練所がないので外で訓練が開始されることとなった、のだが。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


「休憩の時間ではないぞ」


「うぼっ!?」


 格闘訓練という事でフレックスと早速手合わせをし始めたソーマだが、開始から三十分ほどで既に満身創痍の状態となっていた。

 ソーマが両膝に両手を付き俯いている状態でも、フレックスの叱責と共に容赦ない膝蹴りがソーマの顔面に打ち込まれる。

 それを防御する間もなくまともに受けたソーマは、軽く浮き上がってから地面に仰向けで倒れた。

 ソーマの顔から、正確には鼻から血が流れる。


「立てソーマ。鍛えているのだろう?キミの実力はそんなものか?」


「さす…がに…軍人相手は…想定して…ねぇ…よ…」


「ふむ…」


 倒れたソーマに対してフレックスが涼しい顔で冷酷にも言葉を投げつけた。

 ソーマは仰向けの状態から息も絶え絶えに言い返すが、その声には全く力が籠っていない。

 起き上がる様子のないソーマに、フレックスも流石に追い打ちはしようとせず、少しだけ眉を寄せて考える素振を見せた。


「鍛えていたのは本当に遊ぶためでしかなかったのか?」


「そう…言っただろ…」


「なるほど…」


 ソーマとしては本当のところは違うが、理由を言ったところで信じてもらえないと考えてる上に、どの道、軍人相手では遊びと似たようなものでしかないと思っていた。

 改めて言われた事実に、フレックスは寄せた眉の皺を一層深くして考え込んだ。


「よわーい」


「るっせ…」


「弱いヤツに何言われてもかんけーないしー」


「俺もお前に何言われてもどうでもいい…」


「はぁ?何それムカつくんだけど?」


 そんな二人の一部始終を拠点の屋根の上から見ていたルルメルは、ソーマを見下ろしたまま率直な感想を放つ。

 ソーマもソーマで言い返すと、興味があるのかないのか分からないちぐはぐな返答が返ってくる。


「ソーマ」


「なんだ…?」


「訓練を再開しよう」


「マジかぁ…」


「次はキミに合わせる。全力で来ると良い」


「もう既に全開だったんだが…っと!」


 フレックスはソーマとルルメルのやり取りに我関せずで、短くソーマを呼び掛けた後に訓練再開を指示した。

 そんなフレックスの様子にソーマは呆れと疲れ、訓練に対する嫌気を露わにしながら跳ね起きる。


「嫌そうな割に従順なのだな」


「そうするしかないし、役に立ちたいとも思ってはいるからな」


「必要なら苦労も厭わない、と。美しいな」


「んな大げさな話じゃねぇけど」


 行動と態度が合っていないソーマに、フレックスは顎に手を当てながら疑問を口にした。

 ソーマはフレックスの疑問に対して、首や手足首を回したり、軽く飛び跳ねたりの準備運動をしながら答える。

 フレックスの言い方なら確かに美しく聞こえるが、ソーマの心境的には、必要だから仕方ない、くらいにしか思っていない。

 そこにあるのは似ているようで大きい隔たりである。


「謙遜することでもないだろう」


「謙遜でもなく事実なんだが…まぁいいか、いくぞ」


「いつでも」


「よっ!」


「ふっ…」


 自分の言葉を割と良いように捉えるフレックスに、ソーマは若干の苦笑を返した後に、少し気合を入れ直してから踏み込んだ。

 そして繰り出されたソーマの拳は、呆気なくフレックスの掌に受け止められた。

 その後もソーマは何度も鋭く殴りかかるが、全てそつなくフレックスの掌に吸い込まれる様に阻まれ、さながらボクシングの打ち込みのような状態になる。


「全力か?」


「いちっ…おうっ…はっ…!」


 素手で全力の拳を受け止めれば、普通は打つ側も受ける側も多少の痛みがあるはずだが、そこは素人と軍人の差が出ているのか、フレックスは全く痛みを感じてる様子はなく、不思議とソーマにも痛みはなかった。

 更にフレックスは涼しい顔のままでソーマに質問をする。

 ソーマも全力を問われれば全力であり、その言葉に嘘はない。

 敢えて言うならばそこに必死さがあるかどうかだ。


「質問がある。構わないか?」


「いいっ…けどっ…このままかっ!?」


「構わない」


「ちがっ…俺にもっ…構えっ!」


「構っているだろう?」


「そうじゃっ…!もういいっ!なんだっ!?」


 ソーマの拳を受け止め、流しながら、平時と変わらない口調でフレックスはソーマに質問の許可を求めてきた。

 ソーマは殴りながらの為に言葉は途切れ途切れで、質問に答えにくいという事をフレックスに伝えようとするが失敗。

 諦めてそのまま質問を受けることにした。


「動きは素人だが、狙いは的確だ。戦う為に鍛えたわけではないというが、戦ったことがあるということも感じる」


「っ!?」


「そのちぐはぐさに疑問を禁じ得ない。何故だ?」


「それっ…!答えんのに…!落ち着きたいっ!から…手を止めたい!」


「わかった」


「るぅあっ!」


「ふっ…」


 質問し終えたフレックスに、最後に回し蹴りを繰り出し、それを容易く止められて互いに動きを止めた。

 そこからゆっくりと姿勢を戻してソーマとフレックスは向き合う。


「先に謝るけど、遊ぶために鍛えたってのは嘘だ。すまん」


「それはっ…!?」


「けど戦うためってわけでもない。俺は自分を守る為に鍛えてただけなんだよ」


「…?それにしては…」


「言いたいことはわかるっての…」


 ソーマは自分が嘘をついていたことを、半分ほどは嘘でもないが、明かし、素直に謝った。

 ソーマの謝罪に対してフレックスは大きな反応を見せるが、続けて言われた言葉に疑問を示す。


「フレスも言った通り、俺のいたところは平和で戦いとかとはほぼ無縁だった。でもちっこい争い…ってか軽い喧嘩なんかはあって、俺はあくゆ…友人に巻き込まれてたんだ」


「ふむ…」


「だから素人は相手にしてたから喧嘩は知ってる。でも所詮は素人ってわけだ」


「なるほど。その点は得心がいった」


 ソーマが入学早々に停学に陥っていたのも、ソーマの昔からの付き合いの友人が問題を起こし、それに巻き込まれたからである。

 それでいて幼馴染と言える友人が、停学中にも関わらず平日の昼間にサバイバルゲームに連れ出すのだから始末に負えない。

 ある意味ソーマがこの世界にきた最大の原因である。


(アイツ…無事に会うことが出来たら殴ろう…)


「ならば余計に疑問だ」


「あっ?なにが?」


 ソーマに言いようのない怒りが込み上げてきていると、フレックスが納得の後に質問を重ねてきた。

 若干腹立たしくなっていたソーマは、フレックスの言葉にチンピラのように聞き返す。


「何故ソーマは躊躇わずに兵となることを受け入れた?」


「だからそれはしょうがなかったからだ」


「ソーマは自らを適切に評価しているように思う。それは美しいことだ」


「美しいってのはどうでもいいけど、そんで?」


「なればこそ、仕方ないにしても、自らの力量が足りていなければ躊躇うものではないのか?」


「あぁ…そういう…」


 フレックスの言いたいことがソーマにもようやくわかった。

 ソーマが自分で弱いことを理解していながら即決で兵士になることを決めたのが不思議だったらしい。


「本当に仕方なかったからだし、躊躇いもしたぞ?」


「だが悩む素振りは見せなかっただろう?」


「道が一つしかなかったら悩む必要もない。躊躇っても時間しか掛かんねぇから、すぐにやめただけだ」


「…決断が早いのだな」


「諦めが早いだけだよ」


 一度ついてしまった諦め癖は治るものじゃない。

 ソーマは幼馴染との付き合いの中で、幼馴染の悪行を止めると言うことを諦めて、付き合うか尻拭いをする役回りを享受した。

 躊躇って続けて悪化するくらいなら、諦めて早めに行動するというのが、いつしかソーマの中で板に付いてしまっていたのだった。


「そうか。ではそろそろ訓練を再開しよう」


「何が『では』かわかんねぇけど、まぁいいよ」


「来るがいい」


「はいよっ!」


 そうして聞きたいことを聞き終えたフレックスは、さっさと切り替えて訓練再開の指示をソーマに言った。

 ソーマはフレックスの切り替えの早さに一瞬だけ戸惑うものの、この隊に所属している人間は今のところ自分の道を突き進む人間しかいないのを思い出して、早々に指示に従うことにしたのだった。


「むぅぅ…」


 そんな二人を見下ろしているルルメルは、つまらなさそうに口を尖らせる。

 ソーマの話を黙って聞いていたが、やはりルルメルはソーマのことをどうしても認めることが出来なかった。


「暇なら混ざったらどうですか?」


「やーだ」


 不満そうに拠点の屋根に居座っているルルメルに、エフィリスが下から現れて声を掛けながら屋根の上に跳びあがる。

 ルルメルはエフィリスの提案を拒否しながら、それでもソーマとフレックスの訓練をじっと見つめる。


「ソーマのことは嫌いですか?」


「弱いから嫌い」


「では強くなったら?」


「ムカつくから嫌い」


 エフィリスは真顔のままルルメルにソーマへの好感度を聞いた。

 返答を聞いたエフィリスはさらに質問を重ねていくが、返って来たのは結局嫌いという答えだった。


「エフィリスはなんでアレのことを構うの?」


「構ってなどはいないと思いますが」


「それ本気ぃ?真っ先に連れてきたくせにー?」


「連れてきたのは判断に困ったからです」


 今度はルルメルがエフィリスに、不満そうな顔をしながら質問をし返し、その返答によってルルメルは不満な上に怒りが混ざった顔で問い詰める。

 しかしそんなルルメルの詰問などどこ吹く風で、エフィリスは当たり前だと言うように、真面目な顔で返答した。


「殺しちゃえばよかったじゃん」


「同じ人間でも?」


「味方じゃないなら誰も文句言わないじゃん。誰も文句言わないなら…殺してもいいなら……」


 いつまでも真面目なエフィリスの答えに、ルルメルはつまらなさそうな表情になって答え返すが、さらなるエフィリスからの問い掛けによって、次第に表情をなくして俯き、黙ってしまった。


「ルル?」


「もういいっ!つまんないっ!」


「どうしたんですか?」


「どうもしないっ!戻るだけっ!」


 エフィリスが呼び掛けると、ルルメル弾けるように顔上げて、再び不満そうな表情で拠点の屋根から飛び降り、拠点の中に入っていく。


「……?」


 エフィリスはルルメルの突然の変化に首を傾げながらも、感情の起伏が激しいのはいつものことだと思い直してから、ソーマとフレックスの訓練に混ざるために拠点の屋根から飛び降りたのだった。

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