第4話 恩人は地雷

 エフィリスと気まずい雰囲気の中歩くことしばらくして、一つの建物が見えてきた。

 勘ではあるが蒼真そうまはあれが目的地ではないかという予想がついた。


「あそこです」


 蒼真そうまの予想は正しく、エフィリスが目的地の到着を端的に告げる。

 しかし蒼真そうまは自分で目的地であることを予想をしたにも関わらず、意外に思っていた。

 先程聞いていた話ではこの場所は戦争の最前線。

 それを考えても、案内された建物は一つで、大き目ではある大部隊が入りそうな大きさはなさそうに見える。

 だがエフィリスは迷わず足を進めて建物の入り口を開けた。


「ただいま戻りました」


「あら、エフィリス!おかえりなさい!遅いから心配したじゃないのよ!んもうっ!」


 エフィリスが入り口を開けてすぐ、突進と言える勢いで近寄ってきた、体格の良い男性。

 色黒で体格が良く、2mに届きそうなグレーの短髪のイケメンに見えるが、仕草が妙に女性らしい。

 体格からの存在感とそれに合わない仕草と言葉遣い。

 それらによって蒼真そうまは引いたが、瞬時にこの体格の良い男性はオネエであると判断した。


「申し訳ございません。ママ」


(ママ…!?)


「とりあえず安心したわ!それで?なにが…あら。その坊やは?」


「帰還が遅れた理由です。詳しく話たいので、中に入れてもよろしいでしょうか?」


「わかったわ。入ってちょうだい」


 エフィリスは慣れているのか、マッチョの男性の圧にも仕草にも動じずに、謝罪を口にした。

 しかしその直後に聞こえた単語に、蒼真そうまは再び衝撃を受ける。

 そんな蒼真そうまを置いて会話が続くかと思いきや、体格の良い男性が気付いたために、詳しい話は中でという事になり、三人は共に小屋の中に入って行く。


「エフィリス、おつおかー」


「………あぁ…ボクはやはり美しい…!」


 建物の中の案内された部屋にいたのは他に二人。

 エフィリスに挨拶をしてきた薄紫のサイドテールの少女と、鏡を見つめて蒼真そうま達に全く気付いていない様子の濃い青色の長めの髪をした青年がいた。


「ルル、ただいま戻りました」


「なーに?そのよっわそーなの。殺していい?」


「物騒だな!おい!やめてくれませんか!?」


「待ってください。話をしてから、ママに判断してもらいますから」


「えー?ソレ、ムカつくんだけど。別に良くない?」


 エフィリスはサイドテールの少女をルルと呼び、挨拶を返した。

 ルルと呼ばれた少女は蒼真そうまを見るなり怪訝な表情をし、邪魔になると即座に判断し、処分を聞いてきた。

 蒼真そうまはその言葉をきいてキレながら命乞いをする器用なことをし、エフィリスも一応止めに入る。

 しかし完全ではなく、この話し合いで蒼真そうまの運命が決まってしまうことが確定した。

 ルルと呼ばれた少女は依然として不満そうではあるが。


「ルル待ちなさい、今からその坊やの説明するそうよ。フレスも、こっちへいらっしゃい」


「はーい、ママ」


「ママ、今行く」


(え?なに?みんなママって言ってんだけど…もしかして名前か…?)


 ママと呼ばれている男性が声を掛けただけで、ルルと呼ばれた少女は簡単に従い、先程まで蒼真そうま達を見向きもしなかった青年もすぐさま集まってきた。

 おそらくここのリーダーが彼なのだろうと蒼真そうまは察したが、それ以上にママと呼ばれることが気になって集中出来ない。

 しかしそんなことを聞ける雰囲気でもなく、建物の中の全員が集合し、蒼真そうま以外の人が中央のテーブルの周りの椅子に座り、話し合いが始まる。


「それじゃエフィリス、彼のことを含めて説明してちょうだい」


「はい。まず私の方の斥候は粗方掃討完了しました。私の方にいたのは三小隊で、一小隊を片付けた後に彼と遭遇しました」


「えー?めっちゃ怪しくなーい?やっぱ殺しておこうよー」


「ルル。まずはお話からよ」


「はーい、ごめんなさーい」


 ママと呼ばれた男性がエフィリスに促すと、エフィリスは端的に任務の報告を行う。

 それは最早当然なのだろう。

 話はすぐに蒼真そうまに移り、状況からか、ルルと呼ばれた少女は笑いながら蒼真そうまを処分しようとし、蒼真そうまの背筋を凍らせる。

 しかしやはりそこもママと呼ばれた男性が止めると、すぐに謝って引き下がった。


「彼の装備から見て只者ではないと判断し、隙を突いて一度拘束、事情を聞こうとしたところで再び二小隊と交戦した為に一時中断」


「えー?やっぱ…」


「ルル、しばらく大人しくしてなさい」


「はぁい」


(し…心臓に悪ぃ…)


 エフィリスの説明は蒼真そうまが聞いてもあらゆる意味で正しい。

 そして怪しいと言うのは蒼真そうまでも分かる。

 話の途中であっても、ママと呼ばれる男性が最後まで話を聞くタイプでなければ、蒼真そうまの命はなかっただろう。

 この短い間に、蒼真そうまの中ではママと呼ばれる男性の株は急上昇していた。


「彼と共に敵勢力を排除後、再び事情を聞くと、彼はどうやら記憶障害の一種と判断。処遇をママに委ねようと思い、ここに連れてきた次第です」


「記憶障害…ねぇ…坊やの意識ははっきりしているように思うけど?」


「自らの身辺と故郷のことは覚えているそうです。ですが魔法の知識や地理、現在の情勢、何故この場にいるかの記憶がないとのことです」


「あら、ずいぶんと限定的な記憶障害ね?確証はあるのかしら?」


「少なくとも、魔道具なしに魔法を行使しようとしたのを確認しました」


「あっははっ!バカじゃん!」


 エフィリスからの説明は、ルルと呼ばれる少女の明るい声によって締め括られ、しばらくの沈黙を生んだ。

 ママと呼ばれる男性はその罵倒には特に何も言わずに、深く考え込む様子を見せた。

 後は彼の判断によって、蒼真そうまの命運が決まるのを待つだけとなった。


「はぁ…俄かには信じられないけど…エフィリスが嘘を吐くわけないからねぇ…」


「ママぁ、面倒だしよくなーい?」


「そうもいかないわ。エフィリスと魔道具なしで共闘したならある程度戦力になるだろうし…それ以上に、エフィリスがわざわざ連れてきた理由も分からないでもないから…」


 沈黙を破ったのはやはりママと呼ばれる男性で、深いため息の後に蒼真そうまの素性とエフィリスの信頼を天秤にかけた。

 悩むならと再びルルと呼ばれる少女が極端な提案を遠回しにする。

 それでもママと呼ばれる男性には思うところがあるらしく、エフィリスと共に戦ったという事実も考慮して判断を渋った。


「いえ。彼の戦闘力はさほどありません」


(やめて!?それは今いらない情報!)


「ほらぁ!やっぱ弱いんじゃん!」


 しかしルルと呼ばれる少女の提案を後押ししたのは、他ならぬ連れてきた本人であるエフィリスだった。

 エフィリスとしては事実を言ったまでであるが、蒼真そうまにとっては突然の裏切りの様に思えた。

 蒼真そうまは最早自分の命もここまでと諦めたその時。


「エフィリス、アナタはそれでいいのかしら?」


「………」


「怒らないから、アナタの意見を聞かせてちょうだい?」


「…わた…私は…」


 ママと呼ばれる男性が、エフィリスをまっすぐに見つめながら慈愛に満ちたような笑顔を浮かべて質問した。

 圧力とはまた違うが沈黙を許さないその雰囲気に、エフィリスは戸惑いながらも口を開いた。


「私は、彼の処分は尚早だと…思います」


「何故かしら?」


「彼が……」


「この坊やが?」


「……彼は、身体能力はさほどではありませんが反射神経だけは優れているのか、敵に魔法を使わせることはありませんでした。鍛えれば十分な戦力になると判断します」


(ん…?)


 エフィリスは躊躇いながらも、蒼真そうまの処分を待つように言った。

 ママと呼ばれる男性は更に深く理由を尋ね、エフィリスは再び言葉に詰まりながらも蒼真そうまを擁護する発言をした。

 蒼真そうまはその発言に、喜びよりも小さな違和感を感じたが、うかつに喋ってはいけないと判断して押し黙った。


「……ふぅ…ま、よしとしようかしら」


「…ママ…私…」


「いいわぁ、十分よ。エフィリス」


「…ごめんなさい」


 ママと呼ばれる男性の二度目の深いため息の後、聞きたいことは終わったと言うように締めの言葉を発した。

 エフィリスは何故か後悔しているように言葉を紡ごうとするが、それをママと呼ばれる男性が優しく遮ると、顔を伏せて、今までの無機質な感じとは違う、落ち込んだ子供の様に謝罪した。


「さて、というわけで坊や。待たせて悪かったわね。アナタの処遇を言い渡すわね」


「っ…!」


 エフィリスの謝罪を微笑むだけで流したママと呼ばれる男性は、蒼真そうまに改めて向き直り、蒼真そうまに対する判断を決めた。

 そのことを察した蒼真そうまは、自然と固唾を飲みこんだ。


「アナタの処分は…」


「お…俺の処分は…?」


「ズバリ保留よ!」


「んっっじゃそりゃっ!?」


 ママと呼ばれる男性は勿体付けた様に、意味ありげな笑い顔をして蒼真そうまに処分を言い渡した。

 堂々と言われた先延ばしの言葉に、蒼真そうまは思わず声を大にしてツッコミを入れる。


「「「っ!!!」」」


「ちょっ!?まっ!!?」


 するとママと呼ばれる男性以外の全員が一斉に立ち上がり、銃を突き付けた。

 それは先程まで我関せずと言った雰囲気を出していたフレスと呼ばれた青年も例外ではなく、動いた三人は一様に蒼真そうまに敵意をむき出しにしていた。

 予想外の事態に蒼真そうまは思わず両手を挙げて、驚きを露わにした。


「ママの意見に反対するつもりですか?」


「殺すよ?」


「美しくないな」


 蒼真そうまは事の発端はどうやら自分のツッコミであると理解した。

 蒼真そうまとしてはただ驚いて思わず言っただけだが、それをママと呼ばれる男性に対しての反対意見だと取られ、三人は動いたらしい。


(冗談じゃねぇ…軽口一つ言えねぇのか…!)


 つまりこの三人はママと呼ばれる男性に、妄信に近いレベルで従っているのだろう。

 であれば癖の強そうなメンバーが素直に言うことを聞いているのも頷ける。

 蒼真そうまは自分の命が、いまだに窮地を脱していないのを無理やり理解させられた。


「はいはい、そこまでよ。みんながアタシを慕ってくれるのは嬉しいけど、坊やも混乱してるだけなのよ。分かってあげてちょうだい」


「わかりました」


「はぁい…」


「ママの慈悲深さ…美しい…」


 そんな三人を止めたのもやはりママと呼ばれる男性で、手を叩きながら注意するだけで、簡単に場を収めてしまった。

 蒼真そうまは止めてくれるのを嬉しく思うものの、命の危険に晒した原因であるのも事実であるから、なんとも言えない気持ちになった。


(俺…大丈夫かな…?)


 果たして自分は生きていけるのだろうかと考え込む蒼真そうまは、心の中で深く溜息を吐くのを止めることが出来なかったのだった。

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