第3話 冷淡と平淡と

 しばしの休息の後、少女について来いと言われ、蒼真そうまと少女は並んで歩いていた。

 蒼真そうまにとっては美少女と評価としているような少女と、一緒に歩く機会など今までなかった為に、普通であれば胸が高鳴っていただろう。

 だが残念ながら現在の蒼真そうまは別の理由で動悸が激しい為、ときめいている余裕などなかった。


「あの…」


「なんですか?」


「物騒なモノを向けるの止めてくんない?」


「拒否します」


「えぇー…」


 依然として蒼真そうまに不信感を抱いている少女は、彼の脇腹に銃を突き付けて歩いていた。

 案内というより連行という方が正しいだろう。


(さっきまで力合わせて…いや、九割くらいこの子のおかげだけどさっ…!一緒に戦った仲なのにこの仕打ち…)


 蒼真そうまは共闘している間に少女が心を開いてくれたと思ったが、少女はそうでもなかったのだと悲しむ。

 しかし少女が最初にしたように、拘束しようとすれば他に方法があるのに、銃を突き付けるだけな分、甘い対応だというのに蒼真そうまは気付いていない。


(なんとか心を開いてかくれないか…?そうだ…)


「あのさ…」


「なんですか?」


「君の名前は?」


「教える義務はありません」


「俺の名前は知ってるのにか!?」


「貴方が勝手に言っただけでしょう」


「脅されたからだよ!」


 蒼真そうまの考えた心の距離を詰める第一歩とは、普通に少女の名前を知ることであった。

 だがしかしそんな蒼真そうまの思惑は、少女の素っ気ない態度により呆気なく崩れ去ってしまう。

 あまりの仕打ちに、蒼真そうまは不満を露わにするが、それも少女にあっさりと切り捨てられてしまった。


「いや、この際俺の名前を知られた過程はどうでもいいの!」


「ではいいじゃないですか」


「そうじゃねぇよ!?もっとこう…心のキャッチボールをさぁ…」


「きゃっち…?はて…意味が分かりませんね」


「つまりっ!ほら…親睦を深めようぜ!」


「意図がわかりませんね」


「それは…信頼を上げてさ…」


「裏切り易くすると」


「そうじゃねぇよ!?」


 頑なな態度の少女に対して、蒼真そうまはなおも食い下がり説得を試みる。

 全く納得しない少女に、精一杯自分に敵意がないことを伝えようとする蒼真そうまだが、少女には一切伝わらない。


「なんでだ…?全く信用してくれねぇし…一緒に戦ったんだからもうちょっと会話してくれてもよくねぇか…?なんで俺がいるのかもわかんねぇし…この世界甘くなさすぎじゃね…?一歩間違えれば俺死んでたぞ…?」


 少女の様子に、落ち込みながら独り言を呟きながら考え込んだ。

 さっきまでは考える余裕がなかったが、今ならここが自分の住んでいた世界ではないと、蒼真そうまにも分かった。

 ゴブリンに似た化け物もいるのもそうだが、少女はそれらが使おうとしていたものを魔法陣と言った。

 となれば魔法が存在するということで、確実に地球ではないということを、蒼真そうまは確信していた。


「魔法…魔法なぁ…俺にも使えねぇかな…?」


「魔法が人間に使えるわけないじゃないですか」


「はぁ!?マジで!?」


「……呆れました。そんなことも知らないのですか」


「呆れられても知らねぇもんは知らねぇよ…」


 せっかく魔法のある世界なのだからと、蒼真そうまは思春期相応の、誰でも一度は思う願望を呟いた。

 しかしそんな憧れは少女の言葉によって一瞬で崩れ去る。


「俺どころか人間に優しくねぇな…せっかくの異世界召喚ってやつだろうに…ファンタジーなのに夢ぶち壊し過ぎだろ…」


「言葉の意味は不明ですが、貴方が魔法を知らないことは分かりました」


「魔法どころかこの世界についても知らねぇな。教えてプリーズ」


「ぷり…?言語は独特ですが通じる部分があります。それでこの世界を知らないとは…記憶障害の一種ですか」


「あー…まぁそんなとこ…か?故郷とか自分のこととかわかっけど、ここに来る前後が不覚だし」


「そう…ですか…」


 少女の呆れた眼差しを余所に蒼真そうまが呟き続けていると、少女は彼が本当に魔法のことを知らないのだと判断した。

 蒼真そうまはそれを好機と、ついでに色々教えてもらおうと画策した。

 少女はその言葉を受けて蒼真そうまの事情を推察、蒼真そうまとしてもある意味間違っていない為にその言葉を肯定する。

 蒼真そうまの肯定を受けて、少女は表情は変わらなかったが、ほんの少しだけ声のトーンを落とし、悲しそうに呟きながら銃を下ろした。


「……エフィリス」


「へ?」


「エフィリス・テイルノート。私の名前です」


「おぅ…おぉっ!?そうか!俺は十条じゅうじょう蒼真そうま!っと…蒼真そうまの方が名前だから蒼真そうま十条じゅうじょうになるか…?まぁ蒼真そうまって呼んでくれ!」


 突然名前を言ったエフィリスに対して、蒼真そうまは一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

 そして続けて言われた言葉によって、蒼真そうまは名前を教えてもらったことをようやく理解出来た。


「わかりました。ソーマ」


「変わらず塩対応…微妙に発音も…まぁいいか!よろしくな!エフィ!」


「っ…!?その呼び方は、止めてください」


 名前を名乗ったことで一歩だけ歩み寄れたものの、エフィリスの対応は依然として冷淡なままだった。

 そこからまた踏み込んでみようと、蒼真そうまはエフィリスを省略した呼び方をする。

 しかしエフィリスは一瞬だけ身体を強張らせたあとに、突き放すように冷たい声で拒絶した。


「お、おう…悪かった…エフィリス」


「いえ、わかってもらえたなら結構です」


 これ以上は踏み込めないのだと悟った蒼真そうまは、自身が調子に乗ってしまったことを反省しつつ謝る。

 蒼真そうまが呼び方を直したことで、エフィリスは力を抜いて、幾分か声から冷たさも抜けた。


「改めてさ、この世界のこととか教えてくれないか?」


「それは漠然とし過ぎではないですか?」


「あー…んじゃ、まずはこの場所とこの状況はなんなの?」


「ここはプロスチア大森林。魔国とブレゼンバント王国の間に広がる巨大な森です。現在は膠着状態で、先程の様に斥候と小競り合いを繰り返している状態です」


「絶賛戦争中でここはおっきな森の最前線。その小競り合い中に俺が紛れたってことな。んで?魔国とブレ…王国ってのは?」


「ブレゼンバント王国です。私が所属する軍のある人間が治めている国で、大国に位置付けられています。魔国とはその名の通り、魔に類する者達がいる国です」


「てことは国がいくつもあると。んで、魔に類する者?じゃないと魔法…と言うか魔力が使えない的な?」


「いいえ。魔力は誰でも有しています。戦闘では、人間は魔力を身体能力を上げるためにしか使えないのです」


「ほうほう…なら俺にも使えんのか…?」


 ある程度歩み寄れたと思った蒼真そうまは、今ならと思い質問を開始した。

 その予想は的中し、エフィリスは事務的な調子ではあるものの、普通に受け答えを行い始めた。

 その中で、魔力は人間にもあり使えることを知った蒼真そうまは、少しだけ興味がわいて試してみたくなり、それとなく構える。


「ふん…ぬぬぬぬ…!ほっ!」


 そして使い方は分からないが、自分の中で内なる力を引き出すのをイメージして力んで、ジャンプを試みる。


「……ぜんっぜんわかんねぇ…」


「でしょうね」


「知ってたなら言って!?」


「出来たなら即座に処分する必要があったので」


「出来なくてよかったと心から安心したよ!」


 だが蒼真そうまはその試みは失敗だったのだと、自らの変わらぬ身体能力を見て気を落とした。

 エフィリスがそれをわかっていたようにいうと蒼真そうまは憤慨したが、すぐに言わなかった理由を聞いて、別の方向で憤慨した。


「んで?どういうことよ?」


「厳密には、人間は魔道具を使わなければ魔力を扱うことが出来ません。最初に観察した限り、ソーマにはそれらしいモノが見当たりませんでした。それでも魔力が使えたなら魔に類する者と言うことなので、処分が必要。ということです」


「試したのか!?」


「はい。なので人間であることはほぼ疑いようがありません」


「お、おう…ならまぁ…いいか…」


(でも俺が異世界召喚特典みたいなので魔法使えてたらアウトだったな…)


 蒼真そうまは怒りをどこかに追いやって、エフィリスに隠していた理由を求めた。

 その理由は非常に合理的で、エフィリスにとっては当然の確認作業である。

 知らないのをいいことに試されたのは蒼真そうまも不満ではあったが、それで疑いが晴れるのであればという事で納得することにした。


「衣服の下に隠したうえで演技している場合もあるので、まだ完全に信用は出来ませんが」


「だったら全裸になってやろうか!?」


「どうぞ」


「言ってなんだけどしねぇよ!?少しは躊躇え!?」


 しかし納得したのも束の間、エフィリスは完全に信用していないことを口にした。

 ある意味信用している証ではあるが、それに気付かずに半ばヤケクソ気味の言葉を蒼真そうまは吐くが、それすら平然とされ、怒りと呆れをエフィリスにぶつけた。


「何故?ソーマが全裸になって、私も貴方も納得と安心出来るなら最善かと思いますが」


「そうじゃなくてさぁ…こう…年相応の恥じらい的なさぁ…」


「理解出来ません」


「いや、いいよ…俺が間違ってた…」


 それでも何を言っても無意味な様子のエフィリスに、蒼真そうまは完全に諦める姿勢を見せた。

 考えればエフィリスは軍人で、ここは戦場なのだから、そんなことで恥じらうことはないんだろうと思い直した。

 せめて仲間になればもう少し表情豊かになるだろうかとも蒼真そうまは考えたが、会ってからほぼ無表情に近いからそれも望みは薄いだろう。


「それで、魔道具とかいうので人間は魔法を使えねぇの?火を出したり風を起こしたり」


「あるにはありますが、軍事転用出来るほどの出力が高いものは今のところ発掘されておりません」


「発掘?」


「魔道具は前文明の遺産と思われ、日常生活に使える程度の物だけです。私達が使っているモノも、おそらく本来は身体補助を目的としたものだと推察されています」


「昔の便利グッズってわけね…見せてくれたりする?」


「それくらいなら…これです」


「ほぅ…」


 気を取り直した蒼真そうまは、話の途中にあった魔道具について興味と疑問を持って質問をエフィリスにした。

 説明のおかげで程度把握できた蒼真そうまは、エフィリスに実物を見せてくれるように頼むと、意外にもあっさりと見せてくれる態度を取る。

 そうしてエフィリスは顔を背け、長い髪をかき上げて隠れていた耳を出し、短い鎖の先に小さな赤い宝石のようなものが付いたイヤリングを指で示した。

 その時ふわりと甘い匂いが蒼真そうまの鼻をくすぐり、少し照れたが、興味が勝ってまずはイヤリングをまじまじと見つめる。


「へぇ…」


(肌、白っ…つか綺麗だよなぁ…なんかいい匂いするし…)


「そろそろいいですか?」


「あ…?あぁ、ありがとう…」


 思いの外普通のアクセサリーにしか見えなかったために、蒼真そうまはどちらかと言うとエフィリスの肌や横顔を見てたほうが長かった。

 しかしあまりに長く見ていた為にエフィリスから急かされ、少しだけ名残惜しい気を持ちながら、蒼真そうまはエフィリスから離れた。


「どうでしたか?」


「ん…?あぁ…綺麗だよ…?」


「綺麗…ですか?」


「あぁ…あっ!?うん!そう!魔道具!宝石みたいなの!綺麗!」


 エフィリスは魔道具についての感想を聞いたが、蒼真そうまはエフィリスに見惚れていたために、その感想を口に出してしまった。

 不思議そうにしたエフィリスの態度で、蒼真そうまは自分が別の感想を言っていたことに気付き、慌てて修正した。

 一応、蒼真そうまがイヤリングが綺麗だと思ったのも嘘ではない。

 だから強調する必要などどこにもないのだが、焦った蒼真そうまは何故か魔道具というのを改めて言った。


「そうですか。私には分からないですね」


「…そうなのか?」


「綺麗とか、美しいとか、道具にそんな感想…いりませんから」


「ふぅん…そうか…」


(なんか…悲しいな…)


 エフィリスは蒼真そうまの焦った様子を特に気にせず、自分の感想を言った。

 蒼真そうまは安堵と共に聞き返すと、エフィリスはほんのわずかに眉間に皺を寄せて、少しだけ暗い調子で言葉を放つ。

 そんな様子を見た蒼真そうまは、悲しいと思いつつも、それを口に出すことを止める。

 悲しいと思ったのは、エフィリスがまるで自分に言い聞かせているように見えたから。


(俺なんかが何言ったって、なんとも思わねぇかもしんないけど)


 その後しばらく、二人は沈黙を保ったまま夜の森を歩くのだった。

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