第2話 疑問は尽きねど

 銃声が鳴った後、蒼真そうまには何の衝撃も痛みもなく、背後で何かが割れたような音と倒れた音がした。


「え…?」


「何を呆けているのですか?だらしない顔をしてないで、貴方も早く構えてください」


「いや…え…?俺を撃ったんじゃないの?」


「やはり一人で逃げますか…」


「待って待って!?分かったから!」


 酷い言い様なのはこの際置いておくことにした蒼真そうまは、少女に見限られる前にと思い、慌てて玩具だと思っていたモノを構えた。

 改めて握り直した蒼真そうまは、感触も重さも自分の知るモノとは全く違うと気付き、背筋に冷たい感覚が走る。


「貴方にはあまり期待できそうにもないので、基本的には出来る限りの援護をお願いします」


「わ、わかった」


「間違いがなくとも私には当てないように」


「間違っても当てないように気を付けるわっ!」


「では」


 本当に期待していないのか、少女は蒼真そうまに最低限で大雑把な指示と注意だけを残すと、即座に走り出した。

 期待されても困るが当てにされないのもそれはそれで傷付く、思春期男子の蒼真そうま

 少女の冷淡な判断によって傷は付いたが、しかし落ち込んでばかりもいられない状況ではある。


(なら少しでも見直されて、信用されないと…)


 しかし蒼真そうまはそう思ったものの、実際には何したらいいか全くわからない。


(こんな化け物…どうやって対処すりゃいいんだよ…)


 援護と言われても、蒼真そうまには未だこの状況すら飲み込めていない。


(荷が重すぎる…でも考えろ…!こんな何もわかんねぇまま死ぬなんて冗談じゃねぇ!)


 リィィン…


「…!?」


 蒼真そうまの後方で、再び耳鳴りのような音がした。

 蒼真そうまはその音に驚いて振り向くと、化け物の一匹が何やら手をかざしており、不思議な模様が描かれるように浮かび上がる途中だった。


「ぼさっとしないで下さい!」


「えっ!?」


 パァァン!


 パリン…!


 振り向いた後の蒼真そうまの背後から、鋭い叱責と銃声が聞こえた。

 直後に驚く蒼真そうまの横を銃弾が通り過ぎて行き、不思議な模様と衝突する。

 そして模様はガラスが割れるような音と共に、砕け散っていった。

 模様を書き消された化け物はどこかに逃げ去って行く。


(さっきからしてた音はこれか…!)


「魔法陣は完成させないのが鉄則です!そんなことも知らないのですか!?」


「知らないよ!理由を話してる暇はないけどさ!」


「なら今覚えて下さい!」


「そりゃもう思い知ったよ!」


 かなりきつい口調で言われ蒼真そうまは結構傷付いたが、そのおかげでやることは漠然と理解した。

 そして今度こそしくじるわけにはいかないと、そう心に刻み込んだ。


 リィィン…


(そっちか…!)


 今度は左側で耳鳴りのような音が蒼真そうまの耳に届いた。

 すかさず蒼真そうまは音の発生源の方を向き、自分でも意外と思うほど冷静に銃口を向けた。

 サバイバルゲームはかじった程度だが、蒼真そうまが把握した限り魔法陣はマンホールくらいの大きさだ。

 的は大きく距離もそうない為、自分でも当てられるはずだと意気込み、引き金を引いた。


 パァァン!


「んぐっ…!」


 パリン…!


 蒼真そうまが銃を撃ったと同時に、二度目ではまだ慣れるはずもない反動が蒼真そうまにソレが本物である事実を突き付けた。

 反動に対しては何とか呻くだけで耐えることに成功するが、やはり手に持つものが凶器である事実は隠しきれないと悟る。

 しかしそれを受け入れる間もなく事態は進み、先程から何度も聞いてるガラスの割れたような音が聞こえ、何とか魔法陣を壊すことに成功したことを先に喜んだ。


「うしっ…!」


「伏せなさいっ!」


「うぇっ!?」


 パァァン!


 蒼真そうまが魔方陣を壊して喜んでるのも束の間、優しく褒める言葉ではなく、厳しく鋭い命令が蒼真そうまの背後から飛んでくる。

 直後、反射的に伏せた蒼真そうまの頭上を、軽く髪を掠めながら銃弾が過ぎ去っていった。

 その銃弾は蒼真そうまが魔法陣を壊した化け物の眉間を撃ち抜き、風穴のように空いた部分から血と肉が飛び散った。


「うっ…ぷ…!?」


 蒼真そうまにとっては、少し前まで画面の向こう側でしかなかった光景が、突然目の前で起きたことで彼に吐き気が込み上げた。

 加工された肉を見慣れていたとしても生き物を解体する現場に抵抗があるように、フィクションで見慣れた光景はリアルの衝撃に通用しない。

 蒼真そうまの反応はごく自然であると言える。


(グロ…過ぎ…だろ…)


「何を狼狽えているのですか!」


(無茶言うな…!)


 しかしそんな事情があると思いもしていない少女は、蒼真そうまの理解できない様子にただ叱責を浴びせるだけだった。

 蒼真そうまにとっては理不尽な叱責によって、彼は何とか吐くことだけは耐えたが、言い様もない悔しさと怒りが湧く。


 リィィン…


「っ…そっ…たれがぁ!」


 パァァン!…パァァン!


 そんな苛立った蒼真そうまに、苛立ちの原因の一端になった耳障りな音が聞こえてきた。

 まさにすべての不満をぶつけるにはうってつけとばかりに、蒼真そうまは半ば投げやりに銃口を向け、引き金を二度引いた。

 少女のように華麗に、とまではいかないが、銃を撃つのが三度目にしては上出来な射撃であった。


「…やれば出来るじゃないですか」


 リィィン…


「次はそっちかっ!」


 蒼真そうまのそんな様子を見て、少しだけ評価を上げた少女の呟きに、残念ながら彼が気付いた様子はない。

 蒼真そうまは新たに聞こえた音の発生源に対処するので手一杯で、少女が漏らした小さな言葉まで聞き取る余裕はなかった。


「「ギャギャギャッ!」」


「新手ですか…!」


「さっき逃げたヤツか…!?」


「なんで逃がしたんですか!?」


「俺は状況を飲み込むのに必死なんだよ!さっきからずっと!」


「普通は逃がしませんよ!」


「普通がわかってたらそうだろうな!」


 しかし新手の登場により現状は悪化した。

 そのことを蒼真そうまはただ理由を考察しただけだが、それは少女にとって理解出来ない理由で、先程修正した評価はまたマイナスになった。


「反省だろうが謝罪だろうが後で全部やるから!今をどうにかしようぜ!」


「貴方がそれを言いますかっ!」


 蒼真そうまはもはやヤケクソに近い状態で、少女もそれに釣られてか語尾を荒げて文句を交わした。

 しかし蒼真そうまはまともに少女の相手をする余裕がないためで、少女は余力を割けるだけである。

 余裕があるなしの違いはあれど、二人は油断なく化け物に相対していた。

 新手というイレギュラーは起きたものの、化け物の数は着実に減っていく。


(やっべ!弾が…!)


 しかし銃弾は無限ではなく、やがて蒼真そうまの手にしていた銃に弾がなくなった。


(マグは…ある!だけど中身は…どうなってんだ…?)


 蒼真そうまは弾切れを把握した時点で自分の持っていた弾倉を確認し、予想はしていたものの中身を見て、内心で驚くことを抑えられなかった。

 本来であればサバイバルゲームに参加するための玩具に過ぎないが、その中身はしっかりと実弾と思えるモノに変わっていたからだ。

 蒼真そうまとしては驚くなと言う方が無理な話である。


(まぁいい…!使えるなら使うしかねぇ!)


 蒼真そうまは疑問を押し殺して、手早く空の弾倉から弾の詰まった弾倉に取り換えた。

 銃を買ってからひたすら早替えの練習をしていた成果が、遊びではなく命のやり取りで生きるとは、蒼真そうま自身思ってはいなかったが。


「くたばれっ!」


 パァン!…パァァン!


「ふっ…!」


 パン!パァァァン!パン!パァァン!パン!パァン!


 蒼真そうまは一体ずつ確実に、少女はその三倍近くの速度で着実に、化け物達を屠っていく。

 さらに言えば、蒼真そうまと少女の間に無駄口が無くなった分の集中力が化け物に向けられており、特に少女は撃ち抜く速度を上げている。


「これでっ!」


「最後ですっ!」


 パァァン……!


 蒼真そうまと少女の声と銃声が重なり、ついに最後の二体が同時に撃ち抜かれた。

 二人を中心に化け物の死体が数多く転がっており、その惨状とは裏腹に、落ち着いた静寂が夜の森に訪れた。


(終わっ……た…?)


 その静けさに一足遅れて、蒼真そうまの頭がこの戦いの決着を理解した。


「っ…ぶ…えぇぇ…!」


 そして蒼真そうまは理解と同時に吐き気を催し、今度は堪え切れずに膝と手のひらを地面に付き、空の胃袋から胃液のみを吐き出した。

 疲れと混乱、さらには生き物の大量の死体に、血と肉と鉛と火薬の混じった匂い、ただの一般人でしかなかった蒼真そうまには刺激も衝撃も強過ぎた。

 先程まで必死で考える余裕がなかった分、それらの要素が一気に押し寄せた結果、蒼真そうまの許容量を超えてしまった。


「軟弱ですね」


「ぅ…るっ…うっ…せ…」


 そんな状態の蒼真そうまに、少女の辛辣な言葉が降りかかる。

 だが蒼真そうまには、もはや言い訳も反抗もする気力もなく、蚊の鳴くような声で文句を呟くしか出来なかった。


「はぁ…はぁ…」


「分かりませんね。何故、貴方のような人がこんなところにいるのか」


「はぁ…お…んっ…俺が…聞きてぇ…よ…」


「自分の事でしょう?ますます理解出来ません。怪しいとしか言いようがありません」


「だから…俺が理解…出来てねぇんだよ…」


(あぁ…!俺が一番この状況を教えて欲しいわ…!怪しいのもわかるけど…!)


 息を切らして俯いている蒼真そうまに、少女は遠慮なく疑問の言葉を浴びせた。

 蒼真そうまは息も絶え絶えだが幾分か落ち着きを取り戻して、今の素直な気持ちを絞り出した。

 しかし少女は何も答えになっていない返答に納得するはずもなく、一度解いた警戒を復活させて、蒼真そうまに対して疑念を抱いた。

 そして蒼真そうまにその疑いを晴らす術は持ち合わせてはいない。


(はぁ…もう疲れた…)


「とりあえず…さ」


「はい…?」


 自らが怪しいことも、この状況の理由を教えてくれる人間もいないことも良くしている蒼真そうまは、諦めた様に一つの結論を出した。


「一回休ませてくれね…?」


「……はぁ………」


 問題の先送り。

 一番の理由は疲れたという他にないが、結果としてはそうなる。

 そんなある意味度胸のある選択をした蒼真そうまに対して、少女は気が抜けるのと同時に警戒するのも馬鹿らしく思い、深いため息を吐くのだった。

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