銃と魔法の交響世界

明日葉晴

第1章 価値の証明

第1話 知らぬ間の夜に

 衝撃を受けた。物理的に。


(いってぇ…!?)


 黒髪黒目、身長170cm丁度の青年、十条じゅうじょう蒼真そうまが気付いた時に見上げていた空は、何故か深い闇に覆われていた。

 少し前の記憶にある空は、眩しい太陽が輝いていたはずだった。


「貴方は何者ですか?」


 衝撃を受けた。今度は精神的に。


(は…!?)


 蒼真そうまを見下ろすように、覗き込むように顔を見せた少女は、言葉を失うほどに可憐であった。

 夜空のような濃紺に近い黒髪が特に印象的で、ふいに射し込んだ月明かりで映し出された白い肌と対照的で良く映える。

 凛々しくも、幼さを残した外国人のような顔は無表情で読めなかったが、深い藍色の目が、蒼真そうまを探ろうとしているのだけは彼に伝わった。


(てか、何者かって…俺が聞きたいんだけど…?)


 蒼真そうまは受けた衝撃を放りだし、思考を無理やり引き戻す。

 突然現れた少女に目を奪われている場合ではなかったからだ。


(落ち着け…まず落ち着け…)


 蒼真そうまは状況を把握する為に必死に記憶をたどる。


(俺の名前は十条じゅうじょう蒼真そうま。15歳、いや今日で16歳。一応高校生。停学中に腐れ縁の悪友にサバゲに連行された。こっちのチームも向こうのチームも一人を除いてむさい男で、こんな美少女はいなかった!)


 しかし状況が状況なだけに、冷静になりきれない蒼真そうまは、すぐに思考が逸れる。


(…ってそうじゃねぇよ!?)


 重要なのはそこではないと蒼真そうまは思い直す。

 サバイバルゲームの途中で、蒼真そうまは敵から必死に逃げていたところだった。

 必死に自らの悪友に救援を頼んでいたが、通信機の向こうからは甲高い笑い声しか聞こえてこなかったことを思い出した。


(アイツ、今度会ったら絶対殴る…!)


 また蒼真そうま考えは逸れてしまうが、昼間のサバイバルゲームで森の中を敵の中年男性に追われていただけである。

 間違っても夜の森で少女に追われていたわけではない。

 ましてや押し倒される理由なんて蒼真そうまに思い当たりもしなかった。


(こちとらほぼニートだったんだよ…美少女に押し倒されるほど恨まれる記憶ねぇぞ…?)


「もう一度聞きます。貴方は何者ですか?」


「…っ!?」


 ずっと黙っていた蒼真そうまに焦れて、少女がもう一度同じ言葉を口にした。

 そして同時に、蒼真そうまに向かって黒い塊を突き付ける。

 さっきまで似たようなものを突き付け合っていたソレを見て、蒼真そうまは口の中が乾いたのを感じて唾を飲んだ。


(おいおい…まさか本物じゃないよな…?)


 拳銃、鉄砲、あるいはハンドガン。

 蒼真そうまらが撃ち合っていたものに似たものだが、似ているだけで彼が知ってるものとは受ける印象が大きく違う。

 確かな重厚感と命を奪える冷たさが、少女が突き付けたモノから放たれている。

 蒼真そうまは否定したいと思っても、否定しようがないほどの存在感をソレから感じた。


「ま…待とうぜ…?」


「すでに待っています」


 蒼真そうまは何か喋ろうとした結果、隠し切れない小物感溢れるセリフを吐いてしまったことを後悔し、同時に少女の真面目な発言を面白く感じた。

 状況は全く笑えない為、実際には笑ってはいないが。


「お、おぅ…そうだな…お、俺は十条じゅうじょう蒼真そうま。それ、かっこいいね。本物?」


「ジュージョー…ソーマ?聞きなれませんね。それに質問の意図が不明です。本物とは何がしょうか?」


「それだよそれ、銃のこと」


「本物ですが?ここは戦場。本物以外を所持する道理がありません。貴方も所持しているのに、何を当たり前なことを言っているのですか?」


(外国人さんには日本の名前が聞きなれなくて当然だろ…いやハーフ顔ってだけで日本人か?日本語がめっちゃ上手いし。それよりこの子なんて?サバゲのフィールドを戦場と言っちゃう系の子か?)


 短いやり取りだったが、それだけで蒼真そうまの思考は混乱を極めた。

 それだけ、少女から得た情報が理解出来なかったのだ。


「いやいや、俺のはおもちゃだぞ…?それに戦場って、サバゲのフィールドだろ?それに現代日本じゃ、本物の銃の所持は犯罪だぜ…?」


「サバゲ…?ゲンダイニッポン…?聞き覚えのない単語ですね。理解できません…この状況下で玩具などと、杜撰でふざけていて人を馬鹿にしてる嘘を言ったことを含めて、怪し過ぎます」


(言い方酷くね…?じゃなくて!)


 サバゲは知らないにしろ、現代日本も知らないと言われたことを蒼真そうまは気になった。

 しかしそれ以上に、蒼真そうまはおもちゃと言ったことが辛辣に評価されたことに傷付いた。

 その上さらに警戒を強められ、銃口をより近付けられたことで蒼真そうまは焦った。


「まてまて!ホントだって!向こうに向かって撃ってみるから見てくれよ!」


「…わかりました。少しでも不審な動きをしたら即座に処分します」


「お…おう…」


(こっわっ…!でもこれで誤解が解ける…!)


 蒼真そうまは手に持っていたハンドガンを握り直した。

 格好いいという理由のみで調子に乗って購入したガスブローバック式のM9ピストルだ。


(今日が初陣だったが、残念ながら一発も撃ててない…まさか記念すべき初撃ちが、脅迫されながらとは思わなかったけど…)


 そうして押し倒されたまま、蒼真そうまはハンドガンの銃口を森の奥に向け、引き金を引いた。


 パァァン……!


 乾いた破裂音。

 手から伝わる重い反動飛び出す薬莢。

 嗅ぎ慣れない硝煙の臭い。


 蒼真そうまの知ってるガスガンおもちゃとは、何もかも違った。


(ちょ…!?は…!?え…!?)


 蒼真そうまにとって、本日三度目の衝撃は、物理的にも精神的にもきた。

 人間は許容量を越えた衝撃を受けると語彙力が無くなるらしいと言うことを、蒼真そうまは初めて知り、場違いにも冷静に思った。


「………弁解は?」


「俺も驚いてる」


「信じると?」


「思ってはない」


「では」


「待って!ホント待って!では。じゃない!せめて俺が理解するのと遺言考える時間を頂戴!?」


 しばらくの沈黙の後、呆れたような少女からの問いかけに蒼真そうまは素直に答えた。

 諦めだけは認め潔しとでも言うように拳銃を構えた少女に、蒼真そうまは慌てて止めに入る。

 少女の拳銃を本物とは半分思ってないが、口から出た言葉は紛れもない命乞いで、情けなさすぎると言った本人も感じていた。


「ふむ…最期の言葉を聞くのはやぶさかではありません。考える時間を…っ!?」


「え?え?なに?どうしたの?」


 蒼真そうまの必死の訴えに、納得した様子を見せた少女。

 だがいきなり少女の態度は一変し、かなりの勢いで立ち上がり周囲を見渡した。

 しかし銃口は依然として油断なく蒼真そうまに向けられたままである。


「貴方…仲間が来るまでの時間を稼いでいたのですね。なるほど、先ほどの発砲は位置を知らせるためですか」


「ちょっ!?待ってって!?なんのことかさっぱり…」


 先程までの無表情から、幾分か焦った様子を見せる少女。

 蒼真そうまは恐らく全くの誤解だろうと思い、少女の言葉の意味を聞こうとしたその時。


 リィィン…


 パンッ!パァァン!


 パリン…


 耳鳴りのような、鈴の音のような、不思議な音が蒼真そうまの耳に届き、直後、少女が即座に発砲する。

 その後すぐに何かが割れた感じの音が蒼真そうまの耳に届いた。


「立ちなさい。人質、もしくは盾にさせてもらいます」


「うぇっ!?」


 蒼真そうまは少女に、なにがなんだか分からないまま手を引かれ、身も蓋もない言葉を浴びながら走らされる。

 時折、蒼真そうまに不思議な音が聞こえ、その時、少女は宣言通りに彼を盾にしながら銃を撃つ。

 蒼真そうまは近くで慣れない銃声を聞き過ぎた為に、鼓膜と体力の限界を感じ始めていた。


「な…!なぁっ!何がどうなってんのっ!?」


「まだシラを切るつもりですか?」


「だから何の話だって!?」


「貴方が…っ!?」


「ふべっ!?」


 蒼真そうまは息を切らしながら少女に問い掛けると、少女は息も切らさずに冷淡な反応を返した。

 納得出来ず質問を重ねるが、すぐに急停止され、引っ張られてただけの蒼真そうまは盛大に転んだ。


「そうやって気を散らせる作戦でしたか」


「だから何の話だよっ!?」


「反応するのは少し遅れてしまいましたが、囲まれたのにも気付かないところでした」


「かこっ…!?はぁ!?何に!?」


「貴方のお仲間に、ですよ」


「俺の仲間に…?」


 未だに状況が掴めない蒼真そうまと、蒼真そうまを自分の敵と判断した少女。

 かろうじて成立してる会話で蒼真そうまは自分の仲間と言われ、一瞬だけ悪友とチームの男性達が思い浮かぶ。

 そして少女の言う通り囲まれていたのが、周りから聞こえてきた足音でわかった。


「みんっ…って!いやいや!おかしくね!?」


 出てきたのは悪友でもチームの男性達でもないと蒼真そうまが理解したのは、ソレらが見えた瞬間からだった。

 ソレらは小学生並の身長に緑の皮膚とボロボロの腰巻きという様相。

 蒼真そうまにとってはアニメやゲームで見慣れた、ゴブリンと呼ばれる生き物のように見えた。


「どこをどう見たら俺の仲間に見えるんだよっ!?」


「二足歩行で目と耳と鼻と口が付いている。あと小癪な策を巡らせるところですね」


「最後以外は君も当てはまってるからな!?あとその最後はただの思い込みだろ!?」


「嘘を付いて発砲。仲間に位置を知らせてこの状況に追い込んだ。これを陰湿な策と言わずになんと言えば?」


「酷くなってね!?てかそれが思い込みだって!もっと全体見て!?仲間を助けに来たって顔してないから!」


(この子、意外とバカなんじゃね…?)


 蒼真そうまは場違いにも失礼な考えが思い浮かんだが、かろうじて押し込めた。

 それよりも蒼真そうまにとっては化け物の仲間だと思われるのは心外なのである。

 未だに考えを変えない少女に対して、蒼真そうまは全力で否定した。


「だから協力しようぜ?この状況を抜け出して、落ち着いて話し合わないか?」


「貴方が裏切らない保証がどこにありますか?」


「ないけど!裏切られなかったら協力した方が生きる確率は高いだろ!?てか本音言うけど俺が君に助けて欲しいわ!あんなのに勝てる気しねぇから!」


 現在の状況で言い争ってる場合ではないと誰でも分かることは蒼真そうまでも分かる。

 蒼真そうまは何とか少女を説得しようとするも、一向に警戒を解かない少女に対して必死で叫ぶ。

 冷静でなくとも情けないと思える叫びだが、見栄やプライドなど、命の危険の前では無価値だ。

 それを理解した蒼真そうまは、生物の生存本能としては正しい行動をしていると思える。


「……見捨てて逃げる方が生きられる気がしてきました…」


「ひぃっ…!?」


 少女は呆れたような言葉を吐いた後、少しばかり顔をしかめて蒼真そうまに銃口を向ける。

 蒼真そうま自身も全く以てその通りだと思った言葉に、情けなく悲鳴を上げることしか出来なかった。


(あ、死んだ…)


 パンッ!パァァン…!


 蒼真そうまが死を覚悟したと同時に、この数十分で何度も聞いた、乾いた無慈悲な銃声が、森に響くのだった。

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