第1304話  そんなの当然……

 メリルとミルシェと2人が産んだ子供達は、誰一人かける事無く五体満足だった。

 本当に、無事出産が終ってほっとしたよ。


 母さんが末っ子のエドワード君を出産した時も感動したけど、どこか他人事って感じだった。

 そう言えば、母さんが妹であるコルネちゃんを生んだ時の事は、実はあまり覚えていないなぁ…?

 いや、無事に生まれたって事は、エド君の時もコルネちゃんの時も喜んだよ?

 でも、きっとどこか他人事の様に俯瞰してた気がする。

 ハラハラやドキドキワクワクは勿論あった気がするけど、それだけだった。

 もしかしたら、これって俺が前世の記憶を持ってた弊害なのかもしれないけど、本当のところはわからない。

 だけど今回は明らかに違う。

 もう、何が今起きてるのかなんてまったく覚えてないんだ。

 母さんの出産の時なんか、今誰々が産室に入って行ったとか、何を持って入ったとか、どんな話をしてたとか全部覚えてるのに、もう完全に記憶が飛んでるんだよ、今回は。

 俺が立って待ってたのか座って待ってたのかさえ記憶にないほど、きっと俺ってテンパってたんだと思う。

 

 廊下で呆然と立ちすくむ手を引っ張り、俺を部屋へと引きずり込んだのはマチルダだ。

「トールさま、2人にねぎらいのお声がけを。あと、赤ちゃんを抱いてあげてください」

 流れる汗を拭う事もせず、本当に晴れやかな笑顔でそう声を掛けて来たマチルダに、おれは頷く事しか出来なかった。

 マチルダに引かれるまま、産後の処置が済んだばかりのメリルとミルシェの前に立つ俺。

「トールさま…私、やりました…」「トールさま、疲れました…」

 メリルがやり切ったとという満足気な顔で、ミルシェはぐったりとした顔で、そう出産の感想を語った。

「ああ、本当に2人共よく頑張った…。お疲れ様」

 2人共、汗で髪の毛がぐっしょりと濡れて顔に張り付いていたので、そっと整えてあげながら俺は声を掛けた。

 そっと頭を撫でると、気持ちよさそうに2人は目を細めた。

 やがて、2台並べたベッドの上に横たわっていたメリルとミルシェは、視線で何か合図を送り合ったのか、小さく頷き合うと、

「「では、赤ちゃんに名前を付けてください」」

 声を揃えてそう言った。

 

 後で聞いた話なんだが、メリルとミルシェが出産したこの部屋は、実は2人にとってかなり縁起の良い部屋だという。

 何が縁起が良いのかと思ったら、前に母さんとユズカが無事に子供を産み、育んだ部屋だかららしい。

 なるほど理由を聞いて俺も納得した。

 この世界って、結構出産時に命を落とす事も多い。

 それは、出産に挑む妊婦であったり、生れ来る子供であったり、時には両方が同時に亡くなる事も珍しくないそうだ。

 近代の地球であれば、出産で命を落とす様な事もかなり少なくなってきているから気付きにくいのだが、この世界では自然分娩しか出産方法は無い。

 無論、近代地球での出産であっても母子共に命の危険はある。

 だが、それでも自然分娩以外に帝王切開という外科的出産手法が地球ではあったし、新生児に対する物だけでなく、出産後の処置や産後の母体への医療技術も年々向上しており、死亡率は低くなってきている。

 だが、何度も言うがこの世界では、そんな医療技術は存在しない。

 女性が命懸けで挑む、一大イベントなのだ。

 母さんとユズカがそんな命懸けの戦いを無事乗り切った部屋が縁起悪なんてあるはずがない。

 だからこそ、メリルとミルシェは、出産にこの部屋を選んだのだ。

 

「トールさま、どうしたんでしょう?」

「きっと、どうでも良い事を考えてと思いますわよ」

 俺が出産に関する深い思考をしている横で、ミルシェとメリルがめっちゃ失礼な事を言った!

「ねえ、きっとトールさま…名前の事を忘れてない?」

「違うわミルシェさん。あの顔は、そもそも考えて無いのよ」

 …………何でそんな事を言うのかな、2人は?


 赤ちゃんの名前?

 そんなの当然……………考えてませんでしたーー!

 ごめんなさーーーーーーーーーーーーーーーーい!

 すぐ、すぐに考えますーーーーーーーーーーーー!


「でもメリルさん…トールさまのネーミングセンスって…」

「ええ、最悪ですわよね、ミルシェさん…」

 お前らなぁ…! よ~っし、すぐに名前ぐらい付けてやるよ!

「あ、すぐに決めなくても構いませんからね? 候補が決まりましたら、とりあえず見せてください。私とミルシェで決めますので」

「うんうん、メリルの言う通り! トールさま任せにしたら、絶対に変になる!」

 そこまで俺のネーミングセンスは絶望的ですか、そうですか…。


 そうそう、大事な事を聞いて無かったよ。

「ところで…子供達の性別って、男? 女?」

『はぁ~~~~~~~~~!?』 

 部屋の中に居た全員に、思いっきり睨まれました…あぅ…。



 

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