第1303話  おおおおお!

 さてさて、少しだけ時は進み、とある日の午後…。


「いだいいだいいだいだいいだだだだだだだだだだだ…!」

 精緻な彫刻で飾られた扉の向こうから、ミルシェの叫び声が聞こえる。

「…んぐっ! …がっ! …んんんんんんん!」

 ミルシェの叫び声の合間合間に、何かを我慢する様なメリルのくぐもる様な声も微かに聞こえる。

「メリルさん、ミルシェさん、頑張って!」

「息を大きく吸うんだ!」

「お、お水を飲みますか?」

 マチルダとイネスの声も聞こえる中、ちょっと気が抜けそうなミレーラの声も。

「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 そんな周りの声の中、叫び過ぎたためか少し掠れた様なミルシェの絶叫が響き渡った。

「んんんんんんんん!!!!」

 ほぼ同時にメリルの声も大きくなる。

「ミルシェさん、もう少しだけ我慢して! メリルさんが先だから!」

「メリルさん、今だ今! 息め!」

「ミルシェさん、魔法使いますから我慢して!」

 マチルダがミルシェに我慢しろといい、イネスがメリルに指示を出し、ミレーラが…変身してんのかな?

 そんな慌ただしくも騒がしい扉の向こうの声を聞きながら、俺は薄暗い廊下で手に汗を握り祈っていた。

 どうか無事に生まれてくれ…っと。


 まあ、賢明な方であればここまでの皆の声を聞けば、メリルとミルシェが出産に挑んでいる事など容易に察せたであろう。

 無論、それは間違いなどではなく、大正解である。

 ダンジョンマスター達から、サラとリリアさんが最終決戦兵器? 巨大ロボのテストを繰り返し、洗い出された問題点の改善を繰り返しているため、まだ帰宅には時間が掛かるかもと連絡を受けたとある日の朝、それは突然起きたのだ。

 それと言うのは先にも述べた通り、メリルとミルシェの陣痛だ。


 実は年末年始も、大きなおなかを抱えた滅入るとミルシェの事を考え、あまり派手な催し物はしなかった。

 領地の温泉街の住民達も、静かにその時を待っている様で、年末年始なのに街は静かだった。 

 父さんの領地からは、昨年度の税収や支出などに関する書類を携えた巨乳メイドさん達がやって来たが、出産間近な2人に気をつかってやはり軽く挨拶するだけに留めて、すぐに邸を辞去した。

 巨乳メイドさん達が持ってきた書類と、俺の領地の昨年度の書類を持って、年明けの貴族会議にそろそろ向かおうか…と思った翌朝に2人の陣痛が始まったので、もうてんやわんやとなったのだ。

 こんな状態で王都の会議などに出るわけにも行かない。

 貴族が立ち合い出産…という程ではないけど、とにかく夫が妻の出産を同じ邸で待つという事は珍しいらしい。

 先だっての母さんの出産に父さんが扉1枚隔てじっと待っているなど、貴族では考えられないそうだ。

 貴族の男は子供をつくったら、あとは産まれるまでほっとくらしい。

 まあ、何代も続く貴族家の男子ほど、そういった傾向が酷くなるとか。

 出産ってのは女性にが命懸けで挑む一大イベントだ。

 それを知らん顔できる夫って、どうなん?

 女性が命を懸ける事態の原因の一端は、確実に男である夫にもあるはずなのに、やるだけやったら知らん顔って。

 元々が平民だった父さんいそんな事が出来るはずも無く、当然命懸けの母さんを扉越しではあるが応援していた。

 んで、そんな父さんの子供である俺も、ほっといて会議に向かうなど出来るはずも無い。

 とは言え、妻の出産という理由での貴族会議への欠席は許されない。

 まあ、俺にはホワイト・オルター号があるし、夜通し全速飛行すれば朝には着くんだから、まだ3日程余裕がある。

 だから、こうして俺は両手を組んで神に祈ってるんだ…母子共に無事でありますように…って。


 え、どの神様に祈ってるのかって? 知らんよ、そんな事。

 元無神論者の日本人なんだから、特定の神様に祈ってるってわけじゃない。

 どこの神様でも良いから、何とかしてくれって祈ってるだけだよ!

 ネス様でも天照様でもお釈迦様でもキリスト様でも何でもいい! 

 とにかくメリルとミルシェと子供達を頼みますーーーー!


「ん…んぎゃ…んぎゃぁぁ…んぎゃぁぁぁぁ!」

 ………あっ?

「ぉ…ぉぎゃぁぁぁぁ!」

 …………ああっ!?

「「おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」

 ……………あああああああああああああああ!!

 呆然として扉へとフラフラと近寄ると、バンッ! と、木製の扉が勢いよく開かれ、

「トールさま、生まれました! メリルさんとミルシェさんがやりました!」

 汗びっしょりのマチルダがもの凄い大きな声で叫びながら俺へと駆け寄った。

「おぉ…おおおおお!」

 そんな歓喜の声をあげながら駆け寄るマチルダに抱きつかれた俺の口からは、すでに意味ある言葉が出る事はなかった。

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