第1299話  頑張ってください! 

 俺とボーディがそんな話をしていると、不意にメリルが俺に話しかけて来た。

「トールさま、お話があります」

 その目はいつになく真剣だ。

 なので、意図を察してくれるかどうかは不明だが、一応ボーディへと無言で目くばせをした。

「話って?」

 俺がメリルに身体ごと向くと、ボーディはちゃんと察してくれた様で、邪魔にならない様にそっと場を離れていった。

「トールさまは、この先どうされるのですか?」

 またえらく掴みどころのない質問だな。

「どう…とは、具体的には?」

「はい…。お義父さまの爵位継承を目指されるのですか…という事です」

 なるほど、これはまた答えにくい質問だな。


 この世界…いや、俺の住むグーダイド王国での身分制は、基本的に3種類に大別される。

 3種類とは、王族、貴族、平民の事だ。

 王族とは文字通りこのグーダイド王国の開祖の血族の事であり、メリルも俺と結婚する前はこの王族であった。

 いや、結婚したから王族では無くなった…って事ではないけれど、公的には王族からの籍は抜けたって感じかな。

 平民は国民の中で大多数を占める身分である。

 ここに詳しい説明など不要だろう。

 さて、問題は貴族である。

 貴族には勲民と貴民とがあり、どちらも貴族である事は間違いない。

 以前にも多少説明はしたと思うのだが、親が貴族であれば子供は概ね貴族位を引き継ぐ事が出来る。

 ここで注意して欲しいのは、概ね…である。

 基本的には、貴族気の子女であろうとも身分的には平民である。

 だが、実情はそうではないという事。

 教育制度が発達していないこの世界では、満足な基礎教育を受ける事が出来る(家庭教師などを雇える)家とは、イコール貴族家である事がほとんどだ。

 稀に平民でも金持ちなどの家であれば、しっかりとした家庭教師を雇うなど出来るだろうが…まあ、稀な事。

 なので、騎士・衛士などの武官や文官などという国の公的な職業に就くための試験に合格するのも、貴族家の子供が多い。

 つまりは、貴族家の子供は、実質的に(そのための勉強は必須だが)貴族となる。

 ここで問題なのは、貴族家という位は引き継ぐ事が出来るが、法的には爵位はそのまま引き継ぐ事は出来ないという点。

 何故ならば、この国において爵位とは、国の定めた役職を現すからである。

 基本的には、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵などが爵位の代表だ。

 公爵位だけは、王族にしか許されない爵位だ。

 ちなみに準男爵という爵位も、将来的に男爵への昇爵前の準備期間、もしくは勉強期間の為だけの爵位なので、詳しい説説明は省略する。

 んで、騎士爵は、衛士または騎士などの10人1部隊とした時の、1部隊の部隊長クラスまたは小さな土地の領主。

 男爵は5部隊を率いる小隊長クラスか、少し大きな土地の領主。

 伯爵は100人クラスの中隊長もしくはそこそこの規模の領地を治める領主。

 んで俺の父さんの侯爵は、10の中隊を率いる…つまり1000人を従える大隊長や、国の重鎮と言われる大臣クラス。

 騎士爵は主任、準男爵&男爵は係長、伯爵は課長、侯爵は部長。

 公爵は、常務、専務ってな感じで、王族が副社長と社長って感じに考えてもらうと分りやすいかな。


 んで、さっきの話に戻るけど、子供は貴族っていう身分は引き継げるけど、爵位は引き継げない。

 そりゃ当然だろう? 部長のコネで入社した新入社員が、いきなり部長が引退したから部長になります…ナイナイ!

 もしそんな事をしたら、間違いなく社員がストライキだよ!

 なので誰からも不平不満が出ない様に、しっかりと貴族家の子供だろうがなんだろうが、採用試験を受けるわけだ。

 まあ、採用試験に合格したからって、すぐに昇進するわけでも無く、基本的にはコツコツと段階を踏んで昇進…なんだよね。

 ここで門愛なのが、親が領主の場合。

 確かに試験を受けるまでは全ての貴族の子供も同じなのだが、合格した後がここで大きく変わって来る。

 王都王宮での務めであれば、こつこつ昇進…なのだが、領主家の子供だけは違うのだ。

 試験に受かれば、まず親元で領主たる知識と経験を学び、十分に学び切ったと親が判断したら、国王陛下の承諾を得て領主を継げるのだ。

 はっきり言って、これはずるい! のだが、そういう決まりとなっているのだから仕方ない。

 なので、同じ男爵家とはいえ、王都王宮勤め領地持ちでは、子供に継がせること出来る財産が大きく違う。

 まあ、領主に関しても色々と細かく厳しい法律や義務があるので、一概にどっちが良いとは言えないかもしれない。

 領地が災害や飢饉やに見舞われれば領主家の責任だし、国への納税の義務もある。

 もちろん、自領の民に重税を掛けたりすれば、即座に監査が王宮から入るし、間違い無ければ重罪となる。

 結構、領地持ちも大変なのだ。


 っと、話しが逸れた。

 つまり、こんなややこしい身分制度において、メリルは俺に父さんの侯爵を継ぐつもりか…と訊いているわけだ。

 そんなもの、最初からメリルも分かっているとは思うが、あえて声を大にして言おう。

「答えは、NOだ」

 俺は昔っから言ってるけど、基本的に田舎でのんびり過ごしたいの!

 何のかんのと、仕事に追われる毎日だけど、それも『田舎でスローライフ!』が、俺の目標なのだよ。

 誰があんなゴチャゴチャした王都で、むさ苦しい衛士や騎士を指揮せにゃならんのだ!

 この美しいネス湖の畔で、のんべんだらりと俺は日々を過ごしたいのだよ!

「そうですが、良かったです」

 ん?

「いえ、きっとコルネリアさんが迎えるお婿さんは、お義父さまの侯爵位を目指すでしょうし…」

 コルネちゃんの婿ですと?

「そもそもコルネリアさんもユリアーネさんも、実力的にも自力で伯爵位は間違いないと思いますので…」

 俺、伯爵…え、実力的には同じなの!?

「なので、トールさまは将来爵位を返上して、この世界最大の敵へ向き合う事に集中していただければ…」

 え、返上? あ、まさか俺達の子供に? そういや、サポート役は嫌って程に揃ってる…。

「もちろん、私達も応援しておりますので、頑張ってください!」

 一緒に戦うっていう所じゃじゃ無いの? え、応援だけ? 頑張って下さい?

 え、マジで!?

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