第1296話 馬鹿女!
まるで押したら自爆するかのようなデザインのスイッチをモフレンダが押したその瞬間、薄暗かったこの空間が目を開けることもできない程の光の本流に襲われた。
そして、その強烈なの発生源は、あのサラとリリアが入ったカプセルである。
「んぎゃー-------!」「きゃー--------!」
先ほどまで昏倒していたサラと、思いもよらぬ強烈な光に驚いたリリアが叫び声をあげた。
そんな2人の入ったカプセルを見つめるのは、真っ黒なサングラスをかけたダンジョンマスター達ともふりん&カジマギー…実に用意周到である。
「モフレンダよ、進捗率は?」
「…35%…ぐらい?」
妙に冷静に眩く光るカプセルを見つめるモフレンダとボーディ。
いや、この2人だけではなく、この場に居合わせたダンジョン関係者は、誰一人として慌てて無い。
まあ、グラサンをちゃっかり準備して着用しているぐらいだから、これは想定内なのだろう。
眩い光の本流ではあるが、よく見ると微妙にそれは明滅している。
さらに目を側めながらも光り輝くカプセルの中の2人へと視線を送ると、逆光になっており見難くはあるものの、強い光の時に2人の体が透けて骸骨の模型の様なものが見えたりもする。
もはやギャグ漫画かアニメの様だ。
さて、カプセルを見守るダンジョンマスター達は一先ずおいておくとして、肝心のカプセルの中の2人はどうなっているかと言うと……実は、どうにもなっていなかったりする。
具体的には、カプセルに放り込まれていた時は昏倒していたサラの場合、瞼を閉じて気を失っていたとしても飛び起きる程にその光の奔流は激しく衝撃的であったので叫びはした。
だが、別に身体のどこかに痛みがあるでも無く、呼吸が苦しいとかいう分けでもない事に気づいてからは、ただただ眩しすぎる光から少しでも逃れようと蹲って、事が過ぎるのを待っていた。
同様にリリアもさすがに最初は驚きはしたものの、やはり体に何の異常も見られない事とガラス越しに見たダンジョンマスター達が落ち着いている事から、これが正常なのだと理解出来たので、ただ目を閉じてじっとカプセルの中で佇んでいた。
さて、そんな光の奔流と明滅がどれほど続いたであろうか。
やがてカプセルから溢れ出ていた光が徐々に弱まってゆき、とうとう完全に光が止まった時、サラ(元から?)とリリアはカプセルの中で倒れ伏していた。
そして、彼女達が入っていたカプセルと対になっている、淡く輝く液体で満たされ新たなボディーが漂うカプセルでは、さっきまで動かぬ人形の様であった素体の両目がゆっくりと開いていった。
…片方のカプセルでは、ただ静かにその両手の指を閉じたり開いたりと感触を確かめているリリアで、もう片方のカプセルでは…「ぐぁがぼぇんががごぼぉぉぉぉ!」っと、サラが溺れて藻掻きまわっていた。
いや、リアルに目覚めたら液体の中って、パニックになって溺れてしまっても仕方ない。
リリアの様に落ち着き払っている方が珍しいのだ。
そんな新たなボディを手に入れた2人を見守っていたモフレンダが、マイクの様な物に向かって呟く。
『そこの…アホは落ち着け。それは呼吸用の特殊な溶液だから溺れない』
モフレンダの声はカプセルの中に直接届き響く。
とは言っても、そんな説明を聞いたからと言って、すぐに納得できる物でも無い。
『その溶液で肺を満たせば…ガス交換が容易にできる。まずは普通に呼吸してみろ』
液体で肺が満たされた状態というのは、いわば母親の子宮の中の胎児と同じ状態である。
胎児はガス交換を母体と繋がる臍の緒と呼ばれる物で直接行っているが、この場合は正確には液体呼吸用と呼ばれる物。
だがカプセルを満たすのは、酸素が十分に溶け込んだ液体であり、肺から排出される二酸化炭素を取り込む事が出来る。
無論、液体に溶け込んだ二酸化炭素はすぐさまフィルターで除去され、一定の酸素濃度を保つ仕組みも組み込まれている。
元々このカプセルの中を漂っていた2人の素体の肺は当たり前だがこの溶液で満たされているため、溺れる事は無いはず。
なのにサラガパニックになっているのは、一種の条件反射の様なものかもしれない。
『とにかく落ち着け、馬鹿女!』
いつまでも御あにっくから抜け出せないサラに、モフレンダはいい加減痺れをきらしていた。
落ち着けと言われて落ち着ける様な状況でも無い気がするが…。
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