第1083話 わ、私ですか!?
「お初にお目にかかります。私はこの森を越えた山脈のさらに向こうにありますグーダイド王国にて侯爵位を賜っております、ヴァルナル・デ・アルテアンと申します。この度は、我々の駐留を認めて下さり、誠にありがとうございます」
ホワイト・オルター号を、透明度の高い水を満々と湛える美しい湖にそっと着水させた後、騎士や兵士を共ないヴァルナルは畔の集落へと足を向けた。
出迎えるのは、小さな寂れた集落の全員。
それはそれは、ヴァルナル達が驚くほどの歓迎ぶりだった。
そして、ヴァルナルが挨拶をしているのはこの集落の長である、少々痩せた初老の男性。
「こ、侯爵様…ですか! そんな、お偉い方が私などに頭を下げてはいけません! どうか、頭をお上げ下さい!」
男性は、頭を下げたヴァルナルに慌てふためく。
元々ヴァルナルは、ただの騎士である。
戦で戦功を挙げた事により、平民から勲民へと引き立てられ、そして聖国との戦において貴民となり爵位を受けてから、とんとん拍子に昇爵した。
まあ、陰ながらトールのでっち上げ…嘘…影響…いや、女神様のご加護もありはしたのだが…。
ヴァルナルの性格なのか平民の時の慣習なのか不明だが、誰にでも下げる時は頭をきっちり下げるという部分は変わらない。
侯爵として、立ち居振る舞いはそこそこ板に付いてはいるし、爵位に見合うだけの威厳も備わってきてはいるが、どうも人としての根っこは何時までも変わらない様だ。
嫁さんと娘達に頭が上がらないのは、別に影響していないと思う…。
「いえ、こんな大人数で御世話になるのですから当然です。ですが、私如きの頭など下げた所で、貴方方の誰の腹も膨れないでしょう。せめて、皆様に食料の支援だけでもさせて頂けないでしょうか。我々が駐留する迷惑料だと思っていただければ…」
ヴァルナルのその言葉に、一瞬だけ男性は目を輝かせたが、すぐに表情を取り繕い、
「ありがとうございます、侯爵様。正当な対価を…っと言いたい所ですが、見ての通り何も我々には…」
男性が少しだけ振り返り、寂れた集落へと目をやる。
「我々は対価など望んでいません。先にも述べた通り、迷惑料ですから、気兼ねなく受け取ってください」
そうヴァルナルは言うと、すぐに振り向ききちんと整列している騎士や兵士達に向かって指示を出した。
「皆の者、すぐに食料を降ろすのだ。調理担当は、すぐに調理に掛かれ! 本日は盛大に村の方々に振る舞うのだ。お前達も遠慮は不要だ! 本日は酒も解禁する。すぐに作業に掛かれ!」
その号令を聞いた騎士や兵士は歓声をあげ、ホワイト・オルター号へと向かった。
サラとリリアは操縦席から外の様子をじっと窺っていたが、ヴァルナルの号令を聞き付け、すぐに行動に移した。
まあ、湖面でゆっくりと飛行船を回頭し、船尾を接岸させた後、カーゴルームを開放してスロープを降ろしただけなのだが。
早速とばかりに騎士も兵士もかなりの長さがあるスロープを駆けあがり、アルテアン商会謹製の蒸気式小型バギーで積み荷をどんどん降ろしにかかった。
湖畔にどんどんと降ろされてゆく木箱の山。
兵士たちは手分けして竈を何基も設置してゆき、調理担当者が肉や野菜をテキパキと捌く。
この寂れた集落に住む村人の総数の倍の人数がキビキビと動き回る様は、村人達にとっては初めて目にする光景であり、そしてあまりにも圧巻であった。
「さあ…えっと、私、うっかりしておりまして、お名前と役職をお伺いするのを忘れておりましたが…村長様で宜しかったですか?」
圧巻の作業風景に呆気にとられていた初老の男性に、ヴァルナルが声を掛ける。
「あ、え、わ、私ですか!? 村長など…ただの取りまとめです…」
男性がおどおどしながら答えたが、
「では、お名前は?」
「あ、私…に、ニーロです…」
男性の名前を聞いたヴァルナルは、にっこりと笑った。
「では、ニーロ殿。村の皆さんにも、お手伝いいただけますかな? そうですね、食事が出来る様にテーブルの様な物があればお借りしたいのですが」
その言葉を聞いたニーロは、小さく「あっ!」っと言った後、慌てて村人たちの方へと向き直り、
「皆、家からテーブルを持ってくるのじゃ! ここに、早く!」
彼の脳の血管が切れるのではないかと心配になるような大きな声でニーロが叫ぶと、集まっていた村人達、老若男女問わず、蜘蛛の子を散らす様な勢いで、各自の家へと走っていった。
※ 妖精女王の騎士 ヴィー ≪Knight of the Fairy Queen、Vee ≫ 改訂版
https://kakuyomu.jp/works/16817330657187983790
旧作品の設定・文章等を見直して、再投稿始めました
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