第1082話  現地住民2

「では、その方達が食料の支援をして下さると?」

 どう取り繕おうとあばら屋の集まりにしか見えない集落のとある家の中で、ネコ耳の美女にそう声をかけた男は、お世辞にも健康とは言い難い容姿の初老の男性。

 見るからにやせ細ったその姿から、この集落の食糧事情が芳しくないことは容易に想像できる。

「はい、その通りです。今の段階では、約1月から1月半ほど先になるとは思いますが、空を飛ぶ真っ白い船で、私たちの住む国から支援物資を持って騎士達がやって来ます。私には彼等に命令も指示も出来ませんので、その先の事に関しては、騎士達と交渉してください」

「交渉…ですか?」

 ネコ耳美女の言葉に、不安そうな顔で男性が、ぽそりと呟く。

「ええ、交渉です。とはいえ、貴方達が何の交渉材料も見返りも用意できないことは明白です。なので、その点はすでに伝えて有ります。基本的には、騎士達による現地調査への協力と、野営の場所の提供をして頂くだけで結構です。彼等がこの地を立ち去った後、私が貴方達を別の場所へとお連れ致します」

 ネコ耳美女の言葉に、さらに不安そうな顔になる男性。

「ちょ、ちょっと待ってください。騎士さん達には調査の協力? っと、場所の提供ですか? それと、その後は私たちを別の場所へ…と?」


 普通、そんな程度で食糧支援してもらえるなど考えられないし、それ以上に住民を別の場所へと連れて行くなどと言われたら、不安になるのは当然かもしれない。

 そもそも、どこか別の場所に移り住むことなど、とっくの昔にここの住民だって考えていた事だ。

 だが、移住先がどこにどれだけ行けばあるのかも分からないし、そもそも深い森がそれを阻んでいる。

 なので、とりあえず飲み水は確実に確保できるこの湖の傍に住んでいるのだし、離れられないのだ。

 よくよく考えればわかる事だが、このネコ耳美女もそうだが、先日訪問してきた幼女達もおかしい。

 一体、どこからこの集落へやって来たというのだろうか?

 彼女たちの衣服には乱れなど微塵も見られない。

 そもそも、このネコ耳美女何か、どう見たって動きにくそうなタイトスカートだし、高いヒールの靴だ。

 この深い森を抜けた先にある集落に、そんな恰好で来れるはずない。

 そう…どう考えても、森の中を薮漕ぎして進むような恰好ではないのだ。

 簡単に移住などと言うが、そんなことが出来るのであれば、とっくの昔にやっている。

 初老の男性が訝しむのも当たり前のことだ。


「怪しく感じるのも当然です。そうですねぇ…、では一つだけ私たちの秘密をお話ししましょう」

「秘密…ですか?」

 美女の突然の申し出に、困惑する男性。 

「はい、秘密です。実は、私たちは人ではありません」

「えっと、獣人の方ですよ…ね?」

 まあ、頭にネコの耳が付いているのだから当たり前では? っと男性は考えたが、

「あなたが考えている事は、多分違うと思います。私は広く一般的に人種と定義されている種族ではなく、ダンジョンマスターです」 

「ダンジョンマスター?」

 この地では、ダンジョン自体が知られてなかった様で、ダンジョンマスターが何なのか理解できなかったらしい。

「ええ、ダンジョンマスターです。私に寿命という概念は…まあ、細かい説明は今は良いでしょう。とりあえず、私の特殊能力によって、貴方達全員を全く別の場所へと一瞬で移動させることが可能です」

「一瞬…」

 美女の話す事に理解が追い付かない男性。

「ええ、一瞬です。移動先では、衣食住は当分の間保障いたします。むろん、仕事はして頂きますが、そこに住んでいる人々と相談して頂いて構いません」

「誰か住んでいると?」

「ええ、万を超える人々が暮らしていますよ」

 そう言ってにこやかに微笑むネコ耳の美女。

 胡散臭くはあるのだが、それでもその言葉に縋るしか無い事もわかっていた。

 このままの生活を続けていれば、そう遠くない将来、この集落の人々は飢えて死ぬ事になるだろう…と。

 こんな先行きの見えない集落ではあるが、生まれて間もない子供もいる。

 どこかで大きな博打をしなければならないと、常々彼も…いや、集落の誰もが考えていた。


「わかりました。そのお申し出を受けたいと思います」

 こう答えるしか生きる道は残されていないと、男性は考えた。

「それは良かったです」

 ネコ耳美女は、先と変わらず微笑みを湛えている。

「でも、1つだけ条件が有ります」

「どのような?」

「まずは、その移住先を私に見せてください。問題が無いようであれば、私が皆を説得します」

 そう言った男性の顔は、決意に満ちていた。

「それは当然ですね。ですが、今は駄目です。騎士達が帰ってからになります」

 そうネコ耳美女…モフリーナが告げると、

「はい、構いません。その時に、どうかどうか、宜しくお願い致します」

 この集落の長であるという初老の男性は、そう言って深く深く頭を下げた。

 

 その後、モフリーナは初老の男性と長い間話し合った後、ダンジョンへ帰還した。

 長い話し合いが男性にどのような変化をもたらしたのかは分からない。

 だが、その顔は妙に晴れ晴れとしていたそうだ。



※ 妖精女王の騎士 ヴィー ≪Knight of the Fairy Queen、Vee ≫ 改訂版

  https://kakuyomu.jp/works/16817330657187983790

  旧作品の設定・文章等を見直して、再投稿始めました

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る