第998話  負けてなるものか!

 少々遅い昼食を終えた俺が、ゆっくりとお茶を頂いていると、

「そろそろ教えてさしあげましょうか」

 のんびりしていた俺にマチルダがそう言った。

「えっと…何を教えて…あ、さっきの!」

 さっき確かに、後で1つだけいい事を教えてあげしょうって言ってたあれか!

「ええ、先ほどのです」

 おお、そうだった! 教えてくれ! 早よぉ教えてたもれ!

「先日、義母様とユズキが出産したのを覚えておいででしょうか?」

 俺は大きく頷いた。

「まあ、言ってみれば、このトールヴァルド家での一大事、大事件だったわけです」

 そりゃ、あんな大事件覚えているともさ! 

 まさか、2人同時におさんが始まるだなんて、思ってもみなかったからな。

「私たちにはおさんに立ち会った経験等ありませんでしたし、メリル様とミルシェ様は妊娠発覚で動けませんでしたから、人でも足りず大変でした」

 ああ、よっく覚えてるよ。

「実はあの時、邸の中にはドワーフさんが10人いたのです」

「ふぁ!?」

 マジっすか!

「元から邸に努めているドワーフさんとは別に、あの時実は他に6人がお手伝いに来ていたのです」

 確かに色々と経験豊富なドワーフさんが居るって聞いてたけど、まさか増員してたのか?

「義母様とユズカさんが居られた部屋に、ドワーフメイドさんが何度も出たり入ったりしたのは見ておられましたよね?」

「そりゃ、もちろんだけど…」

「そのドワーフさん達の顔って、見分け付きましたか?」

 …見分け付きませんでした。

 いや、あの時はそもそもドワーフメイド衆って、4人しかこの邸に居ないものだと…。

「見分けられていませんよね? それどころか、10人も居たなんて、思いもしなかった…違いますか?」

「…違いません…」

 だって、全員同じ顔に見えるんだもん…。

「お子様がお生まれになった時、トール様達がお部屋に入ってこられましたけど…」

「あ、ああ…生まれた後に入ったな…」

 それが何か?

「あの時、あの部屋の中には…」

「中に…は?」

 ごくり。

「ドワーフのメイドさんが10人居ましたよ?」

「えええええええ!?」

 ぜ、全然気付かんかった!

 え、皆は知ってたの?

 ミレーラもイネスも、ユズキまでもうんうん頷いてる。

「あそこに、そんなに居たの!?」 

 俺がドワーフメイド衆に訊ねると、4人はにっこり微笑んでいるだけ。

 え、この4人もあの場に居たんだよね? え、もしかして既に入れ替わった?

 え、え、え??

「顔どころか人数にすら気付かないのですから、私たちが説明しても理解できないのでは?」

 ちょ、マチルダさん、見捨てないで!

「…人数ぐらいは気付くと思いましたけど…やっぱり気づいて無かったのですね…」

 ミレーラまで!?

「ふっ…旦那様は、細かい事は気にしないのだな」

 いや、めっちゃ気になってるからな、イネスよ!

「僕でも流石にあの場で見て気づきましたよ。明らかに人数が多かったですからね」

 まさか、妻の出産と初めての子供で一番興奮して周囲など見えてないと思ったユズキが気づいてたとは!

 何故だか、裏切られた気分だ…。


「と言うことで、これからも存分に悩んでください」

 めちゃめちゃいい笑顔で、マチルダにそう告げられました。

 ちくそう! いつか全員見分けてやるからな!

 でも、皆はどうやって見分けてるんだろう?

「伯爵さま、ガンバ!」

 ユズキよ、お前は俺と同類のはずだ! お前はあの時まで見分け付かなかったんだろうが! 

「僕はちゃんと見分けることが出来ますからね!」

 くっそー! ドヤ顔が滅茶苦茶鬱陶しい!

 こんなポヤポヤ男に負けてなるものか! 

 いつかぜってーに見分けて、見返してやるぞ!

「トール様には無理かと…」

 何でだよ、マチルダ!

「では、お尋ねしますが…ミルシェ様のご両親のお名前を憶えておいでですか?」

 …えっと…義母はセリスさんで間違いないけど、義父は…?

「ですよねえ。トール様は、人のお名前とかお顔を覚えるのは苦手なはずですから、きっといつまでも見分けはつかないと思いますよ?」

 あ、思い出した! グラルさんだよ!

「義理の両親の名前程度を思い出すのに、ここまで時間がかかるようでは、ドワーフさん達を見分けることなど、一生できませんね」

 …反論できねぇ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る