第936話  狩りの時間だ!

 俺は今回の対象たちが眠る天幕の様子を確認した後、そっとその背後にある椰子並木に歩み寄る。

 そして、無言で松明を小さく回した。

 すると、椰子の木の奥の暗い林から、ボートを乗せた台車を曳くバギーが何台も現れた…その数びっくりの20台。

 バギーを運転しているのは、もちろんドワーフさん。そして各バギーにはエルフさんもタンデムしている。

 彼等は波打ち際までバギーを進めると華麗にターンし、手際よくエルフさん達が台車からボートを海に降ろした。

 ボートが海に浮かぶと、ドワーフさんは手早く浸水などが無いかを確認すると、またバギーに飛び乗り暗い林へと戻って行った。

 次いで、それを見届けたイネスが海に向かって大きく松明を振り回すと、波間からは無数の人魚さん達が。

 筋肉エルフさんは、各自割り当ての天幕へと無言で駆け込み、騎士や兵士をお姫様抱っこでボートへと運び込む。

 ボートと言うだけあり、そう定員数は多くない。

 エルフさんが4人乗せたら、ボートを海に押し出して飛び乗る。

 次は、波間で待機していた人魚さん達が、ボートに括り付けられているロープを握りしめ、全力ダッシュで例の崖を目指す。

 あっという間に真っ暗な海に消えていくボートは、どれほどの速度が出ているのかは分からないが、早いのは間違いない。


 俺と嫁ーず&妖精ずは、しんと静まった砂浜を後にし、ホワイト・オルター号へと向かった。

 いや、別に寝る為じゃないぞ。

 ゆっくりと離水した飛行船で、この作戦の進み具合を確認するためと、崖の宿泊施設へ通ずる階段付近の海面を飛行船のサーチライトで照らすためだ。

 砂浜から例の場所までは結構な距離があるのだが、恐るべき速度で海面をボートが進んでいるのが飛行船からも見る事が出来た。

 まるで米海軍が夜間上陸作戦の為に、モーターボートで海上を突っ走っている様な、もの凄い速度だ。

 そう言えば、マグロとか鮫とかシャチとか、とにかく大型の魚類ってのは、海中をもの凄い速度で泳いでいると聞いた事もある。

 確か映像でも見た気がするが、きっと人魚さん達はそれに匹敵する速度で泳いでいるのだろう。

 波を突っ切り海上を猛スピードで進むボート群を追い抜きつつ、ホワイト・オルターは例の宿泊施設のある崖の前で停止し、空中から崖に造られた階段をサーチライトで照らす。

 階段の入り口は合計4つ。

 そこを飛行船に取り付けたサーチライトが別々に明るく照らし出すと、ほぼ同時にボート群も崖の下まで到着した。

 またもや筋肉エルフさんが次々と獲も…対象を各部屋のベッドへと無言で運んでは放り込んで行く。

 そして、空になったボートにエルフさんが飛び乗ると、また砂浜に向けて人魚さんが疾走すること、合計5回。

 最後の荷物…いや、騎士や兵士さんを運び終えたボートにエルフさんが飛び乗ると、素早く人魚さん達が元の砂浜に返しに戻っていく。

 最後のボートが崖から離れたのを見届けて、ホワイト・オルター号は静かに着水。 

 そして、キャビンの窓を開き、暗くて見えはしないが、遠く離れた砂浜の方へと目を向けた。

 きっと今頃、砂浜に戻ったボートは、またドワーフさん運転のバギーが曳く台車に乗せられ、エルフさんと共に林の中に消えている頃だろう。


 そんな離れた砂浜の事を想像していた俺達の前に、全てをやり終えた人魚さん達が、高速で泳いで戻って来た。

 この頃には、作戦に協力してくれた人魚さんだけでなく、更なる数の人魚さん達がホワイト・オルター号の周りに集結。

 全員が戻って来たと人魚さん達から報告を受けた俺は、大きく頷くと窓から身を乗り出した。

 キャビンの中の照明が、無数の人魚さん達の頭がある海面を照らす。

 俺は、拡声器を手にして、窓からさらに身を乗り出す。

 そして、大きく息を吸い、そして飢えたハンター達に向かって、

「諸君、作戦遂行ご苦労!」

 この作戦に参加していた人魚さん達に…多分この中に居るはずだけど、どれがそうか分からん…けど、一応言っておこう。

「無事、作戦は完遂された」

 その言葉に、幾人かの人魚さんが手を上げた…彼女達が手伝ってくれたのかな?

 ま、それはどうでもいいや。

 さて、では締めの言葉と行きますか。

「諸君、準備はいいな?」

 ゴクリと唾を飲みこむ音がしたが、嫁ーずかな?

「さあ、お待ちかねの、狩りの時間だ!」

『Yeah!』『Yippee!』『Woohoo!』

 人魚さん達は、奇声をあげながら崖の階段へと殺到していった。

 それを見届けた俺は、飛行船を離水させて、ゆっくりと崖から離れた。

 騎士さん達、兵士さん達…これから数日間、頑張ってください。

 我先にと階段を跳ねあがっていく人魚さん達の後姿を眺めつつ、尊い犠牲となった彼等に俺は敬礼を送ったのであった。


「いえ…彼等を死地に送り込んだのは、トール様ですよね?」

 そうとも言うね、マチルダさん。

「マスター…その鬼畜な所も素敵です」

 ナディアよ、俺が鬼畜だと? うん、そうかもしれない…。

「では、これからは私達も狩りの時間です。皆さん、準備は良いですね?」

 ん? 

「メリル様、妖精の方々はどういたしますか?」

「ミルシェ、そんなの勉強のために見学だろ?」

 狩りの勉強?

「…イネスさん…彼女達の…見ている前…で?」

「ミレーラさん、彼女達にも裸になってもらえばいいのです」

 裸!? って、狩りってもしかして…

『了解しました、メリル様!』

 お、お前等…ちょっと待て、冷静に冷静に、ちょっと話し合わない…かい?

「では、皆さん。獲物を連行してください!」

『了解!』

 獲物って、俺だよな? 間違いなく俺だよな!?

「あ、服は寝室で脱ぐように!」

『了解です、コマンダー!』

 なるほど、メリルはコマンダーか。

 じゃなくて、全員、了解すんのかよ! 

 こりゃヤバイ、逃げねば!

 回れ右して、ダッシュでキャビンの出口へと向かったが、そこにはナディア達が事前に張った罠…もとい、シールドが!

 は、謀ったなシャ〇!


 俺は逃げ場のないキャビンの中で女性陣の完全包囲網から逃げられるはずも無く、あっけなくも捕獲され、女性陣に強制連行されたのだった…寝室に。  


 

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