第911話 鬼め…
ここは第9番ダンジョンの最上階…というか、屋上。
遥か眼下にアルテアン領の首都リーカを見下ろすこの高い塔の屋上に、3人美女・美少女が並んで立っていた。
「では、準備は良いな?」
3人の真ん中に立つ身長も胸も若干…少々…かなりサイズの足りない少女、ボーディが声を掛ける。
「はい」「…ん」
その左右に並び立つ、かなりナイスなバディをお持ちのモフリーナと、身長は高いが猫背気味な陰キャのモフレンダが応える。
「では、妾はこのまま王城を通り真っすぐに北へ、モフリーナは西から回り込み北へ、モフレンダは東から同じく北へとダンジョン領域を伸ばすぞ。では、これへ…」
ボーディが水晶で出来た髑髏を手にすると、そこにモフリーナとモフレンダが片手を置く。
そして3人が残る手を真っすぐ前へと伸ばし、
「始めるぞ!」
ボーディの掛け声とともに、3人が伸ばした手の先から、髪の毛程の細さの光の線が、肉眼では見る事も出来ない遥か彼方を目指して伸びていった。
3人は目を瞑り、静かに集中していた。
遥か彼方の、まだ見たことも無い、王国の北にある山脈のその先。
そこに存在するであろう、危険な領域を調べる為に、ただただ集中していた。
「それで、トール様は先ほどは何をお考えだったのですか?」
朝食の後、のんびりとお茶を愉しんでいたトール達夫妻であったが、ふとメリルが思い出したように、トールに尋ねた。
それは朝食の時、ミルシェの問いかけに答えたあの一言。
「そう言えば、何か考えてると?」
ミルシェも思い出したのか、改めてそう問いかける。
「あ、ああ…あれか」
トールもほんの少し前の事なので、当然忘れたりはしていない。
アルテアン領が発展する切っ掛けというか起点となった事への疑問。
しかし、管理局の事を知らない嫁ーずにそれを放しても良いのだろうか…メリルとミルシェの問いかけに悩む。
「うん、実はな…この領地って、昔は結構貧乏だったんだよ」
トールヴァルドは、思い切って口を開いた。
「貧乏?」
それに疑問を持つのは、メリル、ミレーラ、マチルダ、イネスの4人。
「そう言えば~そうでしたね~」
対して、昔からトールの側に居たミルシェには懐かしい思い出だ。
「ああ、そうか。メリル達はあの頃は知らないんだっけ。ミルシェは一緒に育ったから、まあ知ってるよな」
「はい! 元は私の家はトール様のお屋敷の使用人をしてましたし」
そう、ミルシェの母のセリスはアルテアン家の使用人であり、父はヴァルナルの畑を耕す農民だ。
ミルシェはその2人の子供であり、幼くしてアルテアン家で使用人見習いをしていた。
だからと言う訳ではないが、このアルテアン領の事はトールと共によく知っている。
「そうなんですね。私はあのネス湖の畔のお邸が出来てからしか知りませんから…」
メリルの言葉に、ミレーラ、マチルダ、イネスが深く同意するように頷く。
「まあ、あの屋敷が出来た頃は、もう貴族だったからなあ。ダンジョンとも良好な関係を築けてたし、父さんも子爵になてったし、貧乏領地から脱出した頃だよなあ」
「そうです、あのネス湖のお邸も、トール様が魔法で…あと、トンネルも…」
「え、そうですの!?」「…もう少し詳しく…」「なるほど、それで税収が右肩上がりに…」「その時の私は殿下の騎士でした」
ミルシェの思い出話から、嫁ーずの会話は弾み、やがてトールが何を考えていたかなど、誰もが忘れ去っていた。
「んで、『しめた! 話をずらせた!』って感じで、内心大河さん大喜び!」
トールと嫁ーずの話題に出ていたネス湖の畔にあるトールヴァルド邸。
その裏庭で洗濯物を干していた途中、いきなりサラがリリアに言った言葉がこれだ。
「何の話をしているのですか?」
いきなり叫び出したサラに、リリアが困惑するのも無理はない事だろう。
「いえね、大河さんが過去に管理局が隠れて色々してた事に気が付き始めてたんだけど、そこに気付いた嫁さん達に追及されたんで、何とかかんとか話を逸らせた…よって事!」
「はぁ? まあ、後で彼のログを確認しますけど…貴女、今は洗濯物を干している最中では無いのですか?」
「えっ、そうだけど?」
リリアの言葉には若干の呆れと怒りが込められていたのだが、そんな事サラは一切関知していない。
「そう…ですか。知っているのですね? では、貴女の足元にある、一切干されていない洗濯物の山は?」
リリアの視線がサラの足元へ移ると、つられるようにサラの視線も自らの足元へ。
「あれ? コレまだ干してないんっすか? 仕事してくれなきゃ困りますな~リリア殿~」
リリアの額で、ピキッ! と音が聞こえた様な気がした。
「まったく、サボってばっかじゃ駄目ですよ~! そもそもメイド道とは…」
何やら意味不明なサラのメイド道語りが始まろうとした瞬間、
「さっさと働けーーーーーー!」
どうやって手に入れたのかは全く不明だが、スタンガンの様な物をサラに押し当てるリリア。
「ぶぎばばばぶばべば!」
どっかの漫画かアニメのキャラの様に感電シビレまくりのサラ。
「ちょっとは懲りましたか?」
「ふぎがぎぎばばあ」
「誰がばばあですか!」
「ち、ちががががばかばががばかばかばぎばか」
「ばかだとーーー!?」
「だぢげでぐりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
裏庭に、サラの絶叫が響き渡ったが、ドワーフメイド衆もユズユズもウルリーカどころかコルネリアもユリアーネすらも、裏庭を覗く事は無かった。
つまり、誰もサラを助けになど来なかったという分けだ。
「だれがーーー! だじぢげでぇぇlーーーーー!」
リリアが満足するまで、サラは電撃を浴びせ続けられていたそうじゃ。
めでたしめでたし。
「めでたくなんてねーーーーーわーーーーーー!」
おしまい。
「で、彼が何を考えたというのですか?」
やっと電撃から解放されたサラの身体中からぷすぷすと煙が上がるのを横目に、リリアが訊ねる。
「ごの…鬼め…」
「良いから、さっさと吐け! それとも、もう1発欲しいのか?」
リリアの手の中のスタンガンっぽい物がバチバチとスパーク音を鳴らしているのを見たサラは、嫌々というか渋々というか、かなり不機嫌そうな顔で答えた。
「だーかーらー! 大河さんが昔の管理局のあれやこれやに感づき始めたって事!」
「ふ~む…そもそも、彼は我々の想定以上に感がいいみたいですしねぇ。私もログを確認するとしましょうか」
そう言って、目を閉じるリリア。
それを見届けたサラは、ここぞとばかりに逃走を図ろうとするが、
「ん?」
だるまさんが転んだ状態で、リリアの目が開いた瞬間、動きを止めるサラ。
「…」
リリアが目を閉じると、こそっと逃げ出そうと足を踏み出し…
「ん?」
またぴたっと止まる。
幾度かそれを繰り返していると、少しずつでもサラはリリアから離れていくのだが、
「んにゅお!?」
少し離れた所で、サラが奇妙な声をあげ、思わず背中を振り返る。
「私から逃げれるとでも?」
本当にいつの間にか、リリアの手には細い紐が握らており、ピンッと張ったその糸の先が、サラのスカートの裾に繋がっていた。
勿論、紐がピンッと張られているわけで、それがスカートの裾に繋がっているという事は…、
「おま! パンツ見えるだろう―が!」
まあ、そう言う事である、
「貴女が逃げようとするからでしょう? まあ、ログも確認出来た事ですし、ゆっくりと今後の対応でも考えましょうかね」
そう言って、紐を持つ手を頭上へ上げるリリア。
「や、やめれ! スカート完全にめくれるだろうが!」
「いえ、めくってるんですが、何か?」
両手でめくれるスカートを抑えて抗議するサラであったが、リリアにそんな抗議は届かない。
「わ、わざと…なのか? もしかして、こうなる結果も予想してたというのか!?」
がーーーーん! と効果音が付きそうなほどに衝撃を受けた顔のサラであったが、
「いや、そりゃサボリ魔のサラの前で意識をどっかに飛ばすわけ無いでしょう? そもそも逃げようなどと企てなかったらこんな事には成らなかったはずですが? ホレホレ!」
手にした紐を頭上高く上げ、近づくサラのせいで張りが緩むのを防ぐために微妙に距離を保ちつつも右に左に振るリリア。
「ちょ、マジ止めれって! ってか、逃げるな! この紐外せーーーー!」
喚き散らすサラであったが、それを見たリリアは、もの凄く冷静に、
「意外な事に、最近サラにも羞恥心って物が芽生えた様だった」
おかしなナレーションを入れるリリア。
「人を露出狂みたいに言うなーーーーー!」
サラが露出狂だろうと無かろうと、物干し台に干されている洗濯物の数に、いつまでも変化はなかったそうな。
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