第886話  空へ

「トール様! 蜂達が帰って来ました!」


 ソファーで横になって、どれぐらいの時が過ぎたんだろう。

 寝る前に何か考えてた気もするが、それも執務室に飛び込んで来たメリルの一言で、全て忘れてしまった。

「ほ、本当か!? クイーンはどこだ! 蜂達をここに!」

 寝起きで俺も混乱してたからか、はたまたよほど慌てていたからだろうか。

 クイーンには、俺の脳波で指令を出す事が出来るってのに、邸中に響く大声でクイーンを呼び出してしまった。

 目の前で俺が大声でクイーンを読んだのを目の当たりにしたメリルは、目を大きく見開いて驚いていた。

 まあ、そのおかげかどうかは分からないが、クイーンが蜂達を連れて、メリルが飛び込んだ時から開け放たれたままだった扉を通り、執務室へとやってきた。

 クイーンに付き従ってやって来た蜂達は、やや汚れてはいる物の、怪我などは無さそうだ。

「お前達は無事だったか…って、元の数はちゃんと揃ってるのか?」

 目の前の蜂達の無事な姿にちょっとほっとしたものの、よく考えたら最初に何匹が派遣されたのか俺は知らない。

 すると、ちゃんとインク壺を持って来ていたクイーンが、ゴミ箱の中に捨てられていた紙を拾い上げてて何かを書き始めた。

 『大丈夫、全員帰投』…ほう、そうかそうか! それは良かった。


「ちょっと待ってろ…えっと…ここに地図が…あ、あったあった!」

 クイーンにナディア達の居場所を書いてもらうんだから、最初から準備しとけって話だよな…いや、誠に申し訳ない。

 俺が執務室の壁面いっぱいの書棚から丸めた地図を引っ張り出して振り返ると…邸の面子が一堂に会していた。

 うぉ! ちょっとびびった!

「んんっ! 取りあえず…ちょっとテーブルを空けてくれ」

 クイーンや蜂達、インク壺に俺の飲みかけだったティーカップ…etc…全部脇に片付けられたテーブルに俺は地図を広げた。

「さあ、クイーンよ。どこにナディア達が居るのか教えてくれ!」

 俺の言葉に、小さくコクりと頷いたクイーンは、蜂達と共に地図に飛び乗る。

 そして蜂達が一斉に向かったのは…何故か周囲に何も無い、この大陸の遥か西の海のど真ん中。  

 そしてクイーンが前足をインク壺に突っ込んだあと、ぶ~んと音を立てて飛んだかと思うと、蜂達の集まった真ん中に前足を突き刺した…じゃなくて、前足で点を打つ。

 それを見た全員が、一斉に声をあげた。

『へっ!?』

 

 えっと…そこって海のど真ん中じゃね?

 王国内に戻ったとかナディア達は言ってと思うけど。

 俺が集まった面々の顔を見まわすと、誰もが困惑した表情。

 だよな? 皆もそう思うよな?

 蜂達やナディア達が調査に向かったのは、グーダイド王国の北にある山脈の向こう側で、何とかアーデ達を連れて王国に戻って来たって確かに聞いたはず。

 だが、ナディア達が現在知るのは、何故か海のど真ん中らしい…。

「これ、マジか?」

 すると蜂達は地図の上に一列に並び、コクコクとその頭を縦に振った。

「蜂さん達…そこにナディアさん達が居るのですか?」

 マチルダも少々困惑気味に蜂達に尋ねたが、蜂達の答えは同じだった。

 う~~~む…どう考えても、そこって王国じゃないはずだけど…。

「ふぅむ…間違いないんだな? よし、お前達を信じた。ここでグダグダ言ってても仕方ない。早速迎えに出発するぞ!」

 俺の宣言で、メリル、ミルシェ、ミレーラ、マチルダ、イネスが即座に着替えや救急セットを取りに走った。

 ブレンダーは、クイーンや蜂達と共にファクトリーを取りに走る。

 俺も着替えを詰め込んでおいたカバンを取りに寝室へと走った。


 程なくして、全員が出発の準備を整えて裏庭に集合したが、やや日暮れも近い時間となってしまった。

 海における漂流での予想生存時間は、一般的に数時間が目安と言われている。

 特殊な状況においてであっても、精々半日から24時間程度だと言われている。

 もちろん海水温によっても大きく左右される。

 もっとも、漂流で最も怖い低体温症は、ナディア達であれば全周を覆うシールドで防げるはずだし、鮫などの危険生物からも身を護る事が出来るはずである。

 しかし、それでも急ぐ必要がある。

 元々大きなけがをしていた場合は、そんな時間の目安など、全く意味を成さないのだから。

 もし、もしもである。

 重篤な大怪我をしていた場合、海のど真ん中を漂っている事だけでも、精神的に損耗が激しい。

 命を繋ぐ最後は精神的な力が物をいうのだ。

 きっと、海の真ん中を漂うナディア、アーデ、アーム、アーフェンは心細いに違いない。

 陽が暮れようが関係ない!

「さあ、みんなでナディア達を迎えに行くぞ!」

 俺の掛け声に呼応するかのように、湖から浮上して来たホワイト・オルター号に、即座に乗り込んだ俺達は、太陽の沈む遥か西方、蜂達の指し示す大海原の一点を目指し空へと舞い上がった。

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