第887話  本気の精霊さん

 紅に染まりゆく大空へと飛び立った俺たちが向かうは、ナディア達が今なお救助を待ち漂流しているであろう、遥か西の大海原。

 大空と大海原といえば、男にとってロマンあふれる響きだが、今はそんな場合じゃない。

「それじゃ、全員シートに座ってシートベルトをしっかりと締めてくれ。全速力で向かうぞ!」

 ホワイト・オルター号のコクピットで、俺は振り返る事も無く、嫁ーずにそう言い付けた。

 嫁-ず達も、未だかつて無い緊急事態である事を理解しているのだろう。

 俺の邪魔をせぬよう、黙ってそれぞれがシートに着席した…と思う。

 振り返ってないから、知らんのだよ。


 コクピットには、クイーンとハチ達がナディア達のいる場所を全員で睨むように見つめていた。

 睨んでいるとは言っても、表情も変わらぬ昆虫だし、その眼は複眼で睨んでいるのかどうかは、見ただけでは不明なのだが、きっと蜂達はそんな気持ちなんだろうと思う。

 ナディア達と共に調査に出かけた蜂達。

 それなのに、危機的状況のナディア達から離れ、自分達だけが帰還してしまった事が負い目になっているのかもしれないし、心配しているのかもしれない。

 コクピットの最先端、外を見通せるグラス・コクピットに貼り付いて、蜂達は身動ぎもしない。

 物言わぬ蜂達ではあるが、その雰囲気から漂う緊張感にあてられたのか、嫁ーずも誰も言葉を発しようとはせず、ただ黙って俺の後方で座っていた。

 

 ホワイト・オルター号の高度が千フィート(ぐらいだと思う…雰囲気で)に上がったところで、俺は事前に集めておいた精霊さん達に指令を出した。

 シールドで取り囲んだこの飛行船を、全力で押し出してくれ!

 俺たちは一刻も早くナディア達の元に行きたいんだ!

 すると、俺の願いを聞いてくれたんだろう、シールドに包み込まれたホワイト・オルター号に、ドンッ! っと衝撃が走った。

 本気の精霊さん、すげぇ!

 精霊さん達は、超張り切って、シールドごとこの飛行船を一気に最大船速以上に加速してくれ…って、待て待て待て待て! ちょっと方向ズレてるってば! 

 精霊さん、方向修正方向修正! 蜂さん達が示してるのは、あっちだよ、あっち!

 いきなりの加速で蜂さん達もビビっちゃってるけど、縮こまりながらも、ちゃんと目指す方向を示してくれてるから、俺にもなんとか方向は分かるぞ。

 ふと振り返ると、嫁ーずも青い顔してシートにしがみついてた。

 この速度は俺も体感したことない、未体験ゾーンだ。

 俺の心の叫びが聞こえたのかどうかは分からないが、大きく弧を描きながらホワイトオルター号は、蜂達の指し示した方向へと徐々に修正し、さらなる加速!

 風圧とかはシールドで防げている物の、この加速Gはモロに身体にのしかかる。

 俺達はGに耐えつつ、ナディア達を目指して飛行船は一直線に空を駆け抜ける。

 間に合ってくれ…どうか、ナディア達の命が尽きる前に!


 この加速Gにどれほど耐えたのだろうか。

 気づくと空はすでに漆黒の闇に包まれ、遥か先に見える海と空の境界には、星々が煌めいていた。

 普段であればその美しい光景に感動もしただろうが、この真っ暗な夜の大海原を漂流する3人がいかに不安に感じているかが手に取る様にわかる。

 彼女達の気持ちを考えると、俺の目も涙で滲んでくる。

 どれだけ寂しいだろう…どれだけ不安だろう…どれほど怖いだろう…っと。

 精霊さんの加速は有る程度で留まり、ずっと高速で巡行している。

 何もない空の上では比較するものが無いので分からないが、何となく音速は越えてない様な気がする。

 確か戦闘機が音速を超えた時って、ベイパーコーンが発生したんだっけ?

 あれ? アレは音速じゃなくても発生したっけ? どうだっけ?

 ソニックブーム…は見えないし、飛行速度がどの程度かなんて、俺には分かりゃしないけど、それでもホワイト・オルター号が自力で到達できる飛行速度以上の速度で飛行しているのは間違いない。

 蜂さん達の指し示す海域迄は、もうそう遠くないはずだ。

 

 そういや、精霊さんに急ぐようにお願いはしてみたものの、止まるときってどうすんだ?

 まさか…また、あの時とは逆に、一気に速度を落として急停止するつもりか?

 やっば! ちょ、精霊さん精霊さん! 

 徐々に速度を落として! ゆっくりゆっくり!

 急停止したら、俺達がえらいこになるから!

 今からゆっくり減速を始めて! 

 お願いだから、速度を落としてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

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