第862話 戦略的撤退
「さて、諸君。今まで諸事情により長々と引き延ばしていたわけであるが、そろそろマーリア王女様との予てよりの約束である車の献上のために、王都に行きたいと思います」
とある日の朝食後のまったりタイムに、俺は食堂に集まった我が家の一同にそう告げた。
すると、即座に挙手する者がちらほらある。
えっと、んじゃ…まずは…
「はい、ではマチルダ君」
「王都行きは良いのですが、今回は誰と行かれるのですか?」
うむ、良い質問だ。
「今回は、俺一人だけで行きたいと思います」
途端にぶーぶー騒ぎだし、一斉に挙手する嫁ーず。
面倒くさ…とは、間違っても怖くて言えない。
「はい、ではメリル君」
「妹…アーマリアへの献上でしたら、姉の私が同行するのが良いと思います!」
力強く言い切りやがったな…メリル。
「却下です。ただ献上してとんぼ返りするだけの事に、付き添いは不要です」
またもや、ぶーたれる嫁ーず。
次だ次!
「はい、ミルシェ君」
「でも、そうは言っても、この伯爵領の領主であり、アルテアン侯爵領の領主代行でもあるトール様がお一人では、格好がつきませんが?」
むむむ…良いところを突くね、ミルシェは。
「そこはサラかリリアさんか、もしくはドワーフメイドさんを連れていく所存です」
メイドが居れば格好はつくんじゃね?
移動はホワイト・オルター号なんだから、そもそも護衛の騎士とか要らんし。
「トール様…まさか…お妾さんを増やす…気?」
「おーーーい! 変なことは言わない様に、ミレーラ君。そんな気は毛頭ありません!」
おとなしそうな顔して、結構大胆な事言うなぁ、ミレーラは。
「ふ~む…しかし護衛の1人も居ないとはな。私が鎧を着こんで同行してやろうではないか」
「いや、イネスが付いてきたら、いろいろと面倒事を起こしそうだから、留守番な」
ビシッ! と断ると、がーーーん! って顔してイネスが項垂れた。
「お兄様。私、お父様に色々と報告がございますので、ご一緒できないでしょうか?」
「うん! わたしも、おとうさんにほうこくあるの!」
コルネちゃんとユリアちゃんか…これは断れんな。
「父さんに報告か…。うむ、それならば同行を許そう。とは言っても、王都には1泊しかしないぞ?」
「ええ、大丈夫です。王都に着いたら、私とユリアちゃんは屋敷に向かいますので、問題ございません」
それなら良いかな。
「トールちゃん、この子達をよろしくね。あ、そうそう、2人にはちょっとお話がありますので、後程私の部屋に来るようにね」
母さんがコルネちゃんとユリアちゃんにそう言うと、2人共神妙な顔で頷く。
もしや、父さんに何かを報告しに行くんじゃなくて、父さんの王都での行動をチェックしに行くのではないだろうか?
「って事で、王都へはコルネちゃんとユリアちゃんを連れていくことになりました。よくよく考えたら、サラとリリアさんは面倒なので置いていきます。以上!」
ぶーたれる嫁ーずとは対照的に、ニコニコ顔の母さんと真面目な表情で頷くマイ・シスターズ。
ま、とりあえずこれで良いかな…っと思っていると、
「面倒って、何でですか! この美少女サラちゃんの何処が面倒なんですか!」
大声で異議を唱える、馬鹿ロリメイド。
「私とこの面倒臭いサラとを一括りにされるのは、甚だ心外です。訂正を求めます」
サラの同僚(我が家でも管理局でも)であるリリアも、何か変な部分に不服を言い出した。
「うむ、サラよ。そういう所が面倒なのだよ。あと、リリアさん。あなたをサラと一括りに考えているわけではありませんが、メイド枠として今回は話しておりますので、そこは大目に見てください」
にゃんだとー!? と、どっかの漫画の猫獣人の様に喚くサラと、それを横目で見ながら、仕方ないですね…とため息をつくリリアさん。
うむ、留守番組には、それぞれ不平不満もあるだろうが、今回はこれで決定だ。
んんん? 嫁ーずは円陣を組んで、何してんだ?
よく見るとナディアにアーデ、アーム、アーフェンも一緒になって?
いや、聞いてはいけない…漏れ聞こえる声からも、かなり危険な香りがする。
『王都に現地妻が…』
『もしや、お妾さんでしょうか?』
『…私達に…飽きた?』
『いえ、私の分析によりますと、例の本の新刊が…』
『ふむ。まだ性欲が残っているのか…』
俺のスーパーでウルトラでビューティーなシックス・センスが、そう囁いている。
あれは危険だと。
聞くのであれば命を懸けろと、シックス・センスが警鐘を鳴らしている。
いや…まあ…実際には、全部聞こえているのだけれど…。
うげっ! あの円陣に妖精やらもっち君やらまで混ざり始めた。
しかも、混ざっている妖精達が、ちらほらと俺を見ている!
気のせいじゃない、絶対に間違いなく俺を見ている!
ここは、この場からの戦略的撤退が吉であろう。
俺は、危険地帯から音もなく撤退し、執務室へと逃げ込んだのであった。
勿論、入り口には無駄かもしれないが、鍵は掛けておきました。
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