第766話 拒否権は有りませんよ?
朝食は、またしてもとても静かな食堂の中で、粛々と目の前の料理を口に運ぶという、苦行の様な様相を呈していた。
きっと嫁-ずにしても母さんにしても、絶対に何かを企んでいるに違いない。
それを考えるのは…怖いのでしません。
ええ、絶対にしません! 全力でスルーします!
後日酷い目に遭おうとも、今は静かに過ごしたいトール君なのです。
食事も終わり、食後のお茶のカップを手にした時、ふと思い出した。
「そう言えば…陛下に呪術式加熱調理器具と卓上式呪術式計算機を献上したんだけど、この屋敷にも置こうと思って、持って来てたんだよね…」
しまった! と思ったが、もう遅い。
「トールちゃん、それはどんな物なの? 見せて頂戴」
そっと使用人さん達に渡すだけにしておけばよかった…母さんが食いついちゃったよ! 俺、いらん事言ってしまった!
「そう言えば、トールさまは他にも試作されてた品々もお持ちになっておられましたわよ、お義母さま?」
メリルが母さんに向かって、油を注いだ。
結果、母さんの炎が燃え上がって…
「トールちゃん、すぐに持ってきた物を全てここに持って来なさい。分かってるとは思うけど、あなたに拒否権は有りませんよ?」
目が…母さん、目が怖いよ…。
「でしたら、お義母さま。ホワイト・オルター号に積んできておりますので、午前中にはすべて持ってこれると思います」
えっと…俺を抜きにして話が進んでないかい、マチルダ君。
「お義母さま、試作品の洗濯機というのが凄いんです! 洗濯がとっても楽になるんです!」
マチルダよ、そんなに力強く主張したりしたら…、
「へ~~~~~~~……。他にも何か便利な物を開発したのかしら?」
ほら、更に食い付いて来ちゃったじゃないか!
「お、お義母さま…私は目覚まし時計というのが…凄く便利かと…」
それはね、ミルシェ…言っては駄目だ。
「それはどんな物…いいえ、いいわ。実物を見ながら説明を聞きましょう」
説明…実物を前にして…?
「えっと、アレの名前は何だったかな、マチルダ……ああ、うん…おお、そうだ! お義母さま、ヘアアイロンは凄いですよ!」
いや、イネス…それはまだ試作中の試作で…。
「名前からすると、髪の毛の為のアイロンかしら? トールちゃんの事だから、変な物では無いでしょう。ちょっとワクワクするわね」
お、オラ、ワクワクすっぞ?
その後、母さんと嫁ーずが試作品の数々について楽しそうに話を始めた。
もちろん、会話に参加していない俺や父さんにナディアは、完全に食堂の置物に徹していた。
賑やかな会話が終わったと思うと、
「という事で、あなた?」
背筋までぞくぞくする様な冷たい目をした母さんが、父さんを睨みながら、
「騎士団も総出で運ぶのを手伝いなさい。どうやら試作品という事で、結構な大きさの物もあるようですから。いいですね?」
その命令に逆らえない父さんは、
「は、はひぃ!」
裏返った声で返事をするのが精いっぱいだった。
だけど母さん、騎士団を荷運びに使うって…もしかして、騎士団の指揮権を手中に収めてないよね?
さて、先の会話で出て来た洗濯機なのだが、俺的には次の生産品として早期に完成させたいと思っていた。
今や前世日本では、ほとんどのご家庭にある洗濯機。
街中ではコインランドリーまであり、洗濯機を知らない人なんて居ないぐらいに広まっている洗濯機。
家電量販店では何十種類もの洗濯機が並んでいるほど、とても身近な家電製品の一つである。
俺が1人暮らしをしていた頃は、二槽式洗濯機といって、縦型の洗濯機が主流であった。
古くは手回し式であったり、蒸気機関動力を使用した物などもあったそうだが、俺が自分で購入したのはこの二槽式だった。
現代日本ではあまり見かける事も無いかもしれないが、洗濯やすすぎをする洗濯槽と脱水槽が独立してくっ付いた物だった。
実は子供の頃は、洗濯槽しか洗濯機には付いていなかった。
だからと言って、当たり前だが、脱水までしてくれる現代日本の様な全自動洗濯機じゃないぞ?
洗濯とすすぎをした洗濯物を、なんと洗濯機の横に付いているローラーに通して、ハンドルをクルクル回して水分を絞り取る一槽式の洗濯機だったのだ。
今時の子供だと、洗濯のお手伝いというと、ドラム式洗濯機から水分が抜けた洗濯物を籠に移して干したり、お金持ちの家の子だったら乾燥までしてくれる洗濯機から乾燥した洗濯物を出して畳むだけかもしれない。
しかーし! 俺が子供の頃は、思いっきり水を吸った洗濯物を、洗濯機の底からよっこいしょって持ち上げて、ある程度手で絞って水を切った物を、ローラーを通して水を絞ってから、物干し台まで持って行って干すという、子供にはなかなかの重労働。
それを思い出したのと、それとも我が家のドワーフメイドさん達が一生懸命タライで手で洗濯をしているのを見たので、大変な作業である洗濯を楽に出来る様にしてあげたいと思ったんで開発に着手したんだ。
決して、俺の部屋のベッドのシーツが、毎夜毎夜無残なまでに汚れているのを洗わせているという罪悪感からじゃないぞ?
まあ、結局のところ、小型化と低価格化が大問題となっているから、あくまで試作品なのだが…。
取りあえず、王都に持ってきた試作品をここに運んで来てから、また説明すればいいか…ん?
「母さん、ここに持ってこいって…食堂に?」
疑問に思ったので確認したのだが、
「トールちゃんは、馬鹿なの? 庭に決まってるでしょう! ちゃんと中身が入ってるか、頭を叩いてみようかしら?」
やめれ! 俺の頭はスイカじゃねーから!
ちょっち疑問に思ったから、確認しただけなんだから!
食堂に運び込もうなんて………思ってないよ?
※こっそり新作投稿しています。
姫様はおかたいのがお好き
https://kakuyomu.jp/works/16817139558018401730
不定期更新ですが、( `・∀・´)ノヨロシクオネガイシマス!
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