第712話  心を鬼にして…

 ま、まあいいや。

 とにかく、街道の整備には、『たたき』を使ったのだよ。


『マスターは、やっぱりそんなご趣味があったのですね…』

 不意にナディアからの念話が…って、何の事だ?

 ルームミラーを覗くと、3列目にお澄まし顔で座るナディアが見えた。

『そう言えばいつも、嫌だ嫌だと言いつつも、どこか喜んでる雰囲気ありありでしたから…』

 だから何の話だよ!

『そんなに叩かれたいのでしたら、私が優しく叩いて差し上げましたのに。ええ、本当はマスターを叩くなどという不埒な行為は眷属として許されざる事ですが…はぁはぁ…マスターの悦びの為でしたら…はぁはぁ…私も心を鬼にして…はぁはぁはぁ…』

 お前は何を言っているんだ?

『ぐへへへ…マスターにはマゾっ気があるとは思ってましたが、まさか叩かれたいだなんて…じゅるるー!』

 いや、あのな…三和土の事だぞ?

『むっふっふ…ふ?』

 正確には、明治時代に服部長七氏が改良した『長七たたき』だな。

『ん、ん~?』

 粘土、消石灰、砂、苦汁を混ぜ合わせると、固くなるんだよ。

 街道の道に小砂利を敷いて、ガンガン叩いて平らに均し、そこにこの長七たたきをある程度の厚さまで敷き詰めて、丸太とかで叩きまわして固めていったんだ。

『ふぇ?』

 あ、ちゃんと雨水とかの事も考慮して、街道の左右両端に向かって10%程度の勾配を付けてるから、街道の真ん中には雨水とか溜まらないからな。

『へ、へぇ~…』

 んで、誰の何がどんなご趣味だと?

『ひゅ…ひゅーひゅーふぅーひぃ…』

 何だ、そのならない口笛みたいな音は。

 ってか、ミラーで見てるけど、表情も変えずに器用に念話するな、ナディア。

『え、ええ…お任せください!』

 んで、俺にマゾっ気がどうとか言ってたよな?

『さ、さぁ…記憶にございませぬ…』

 こいつは…まあ、いい。


 この世界でも石灰は比較的手に入りやすい。

 石灰だけを混ぜ込んでも、そこそこの強度にはなるのだが、幸いな事に俺の領地の遥か南には海がある。

 海には人魚さん達がいるし、器用なドワーフさん達もすぐ近くに住んでいる。

 また、元々ドワーフさん達は海水から食を造り出していたので、苦汁も簡単に手に入った。

 ま、豆腐を造ってるんだから、苦汁ぐらいあるわな…ドワーフさん、すげえ。

 んで、その苦汁を混ぜ合わせて、長七たたき…人造石工法を街道整備に採用したのだ。

 もっとも、本当の意味で長七たたきを再現しようと思えば、真土を花崗岩から造らなきゃならんのだけど、花崗岩ってのが俺にはわからんので、完全再現は諦めるしか無かった。

 代わりに、そこそこ強そうな石材を細かくして、山土と混ぜ合わせて使用している。

 これでも十分な強度が得られるし、施工速度も早く、原価もとってもお安く抑えられるので、めっちゃお得なのだ。


 父さんの領地は、大勢の移民や移住者がいるので、お仕事を探している人も多い。

 いや、まあ…俺が造った色んな工房に、そもそも大勢雇用してはいるのだが、それでも仕事を探している人がいるのだ。

 工房でちまちました作業が苦手だけど、それでも生活のために仕事をしてる…って人もいるわけで、体力自慢な人達はこの大規模土木事業に飛びついてきたのだ。

 このグーダイド王国には、各街や都市、村々を繋ぐ道が幾らでもある。

 この舗装工事を王都でデモンストレーションしたところ、王城の文官たちが目ん玉飛び出るぐらい驚き、即王国として採用。

 なので、公共事業として全街道の舗装というお仕事が舞い込んできたのだ。

 って事は、肉体派の社員達のお仕事は当分途切れる事は無い。

 しかも、いくら良い舗装だとしても、痛んで補修も必要になる。

 国内の全街道を舗装し終えたとしても、その後は補修やさらに細い道の舗装などで永続的に続くのだ!

 って事は、俺様にもお金がガッポガッポ!

 ぐふふふふふふふふふふふふ…

『はぁ…なるほど…たたきという物は理解できました。ですがマスター…お顔がだらしないです』

 だまらっしゃい!

『ほら、もう見えてきましたよ…大樹が。お顔を元に戻しておいて下さい』

 う、うるへー! 言われなくたって、元の顔…元? 普通の顔にするよ!


「あ、トール様! 大樹です! もう、領都リーカの玄関口ですよ!」

 この街の元となった、名も無き村出身のミルシェが、後部座席から身を乗り出して大樹を指さした。

「ああ、本当だな。もうすぐ着くな」

 領都リーカは、遠目に見ても多くの馬車や蒸気自動車が出入りしていて、とても賑わっていた。

 子供の頃にミルシェとともに育ち、遊び回ったあの村がこんなに大きくなるなんてなあ…感慨深いものがある。

「んじゃ、さっさと行きますかね!」

『はいっ!』

 皆の揃った返事を聞きながら、俺はリーカで検問をしている大きな門へと、蒸気自動車を走らせた。 

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