第676話  りょ!

 薄暗いダンジョンの一室から、瞬時に転移したのは、日当たり良く明るく、そして心地よい風が吹き抜ける、大きく開け放たれた窓のある部屋だった。

 少し一行から離れた場所にあるその窓からは見える景色から察するに、結構な高さがある部屋の様で、樹々の天辺が遥か彼方まで見渡せた。

 遠くには天高く聳える塔が見えるが、一見して細く見えるその塔も、距離を考えるとかなりの大きさである事は間違いない。

 以前来た事のあるトールヴァルドの嫁ーずとナディアには見慣れた…とも言えないが、見た事がある景色だ。

「ここは?」

 そんな外の風景を見ながら、ウルリーカはケモ耳幼女に問いかける。

「はい、せんとらるだんじょんでち! このだんじょんたいりくのちゅうしんであり、さいじゅうようしせつでちゅよ」

 メリル達が中心と聞いて最初に思い浮かべたのは、モフリーナを呼んだトールヴァルドが造ったあの最初の塔。

 今やこの大陸には同じデザインの塔が合計100基も有るとはいえ、やはり最初の1基目は特別なのだろうか。

「なるほどね。あなた達は随分と落ち着いている様に見えるけれど、来た事があるのかしら?」

 ウルリーカの視線は、もふりんから嫁ーずやナディアへと移っていた。

「ええ、以前に…」

 メリルが言い辛そうに応えると、すかさずミルシェが、

「でもお義母様、私達はほとんど暗い地下の空間にいましたので…」

 ミレーラとマチルダが、

「こんな…高い所は…」「ここまでの景観は記憶には…」

 そして、イネスが言わなくても良い事を言う。

「はっはっは! 皆、もうボケたのか? 最初にこの塔の屋上から景色を楽しんだではないか!」

 豪快に要らん事を言うイネスに頭を抱えるナディア。

 まあ、それを聞いたウルリーカは気にも留めず…いや、ちょっとは気にしているのか、

「あら、そうなのね。それじゃ、また屋上に案内して頂戴ね、もふりんちゃん」

「…あ、あい…」

 ウルリーカの笑顔を見たのはもふりんだけであったが、何故か真っ青な顔をしてガタガタ震えていた。

 一体、どんな顔をしていたのか、それはもふりんが頑なに口を閉ざしていたので、誰にも分からなかったが。


 その後、暫しの間、開放的な空間から外の景色を楽しんだ一行は、再びもふりんによりダンジョンの一画へと転移した。

 先程までの場所は、ダンジョンの30階層になっており、現在は一般には開放されていない。

 そして移動した先も、また未開放の…この先、開放予定が無い、トップシークレットな部屋であった。

 そこは薄暗く、見た感じちょっとじめじめしていそうではあるが、きっちりと環境管理がされているのか、室温も湿度も快適な場所であり、見た事も無い様な器具がずらっと幾つも並ぶ場所であった。


「おお、もふりん、帰って来たのかや?」

 そう器具の影から声を掛けてきたのは、第一番ダンジョンのマスターである、ボーディ。

「はいでち。みなさんをおつれちまちた」

 もふりんの後ろにずらっと並ぶ集団を見たボーディは、

「良く来られた。今、モフリーナもモフレンダも妾も、少々手が離せぬで、不作法だが許せ」

 にこやかにウルリーカに近づくボーディは、一同と順に握手を交わす。

「あらあら、お忙しいのは存じておりますので、気になさらずに」

 もちろん、あの戦争で見知った顔となったダンジョンマスターであるから、特に警戒もしていないウルリーカ。

「それで、御母堂は何でも神具を賜ったとか?」

 キョロキョロと周囲を見ていたウルリーカにボーディが声を掛ける。

「え、ええ…そうなの。それで、ちょっとその性能を確認したいと言うか…」

 ウルリーカもそうだが、ナディア以外の女性陣は、周囲でちょこちょこと忙しそうに動き回るスライムやゴブリン、コボルトから目が離せない様子だ。

 確かにデフォルメされたデザインであるし、ちょこまかと動き回る姿はとても可愛らしく、是非とも一家に一匹欲しい所であるが。

「なるほどな。ならばそれなりのモンスターと訓練したいと言う事じゃな。もふりんよ、御一行を案内出来るな?」

 少考したボーディが、もふりんに向かってそう言うと、

「とうぜんでち! このもふりんにおまかせでち!」

 胸を張って、そう答えた。

 その幼女が自信たっぷりに胸を張って答える姿はとても微笑ましく、思わず見ていた全員が微笑む。

「では、お主の補佐として、カジマギーを就けよう。場所は…そうじゃのぉ…妾の地下迷路ダンジョンが良かろう?」

「りょ!」

 こうして、一行の遊び場…もとい、新装備の慣熟訓練の場は、管理するダンジョンマスターのご厚意によって、大陸の地下に広がる迷路型ダンジョンの一部と決定したのであった。



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