第588話 どうか前を向いてください
皇都突入の朝は、誰もが口を閉ざしていた。
食堂には、食器同士が当たるカチャカチャという音と、咀嚼音だけが支配していた。
ささっと食事を済ませた俺は立ち上がり、皆に向かって告げた。
「ごちそうさま…この後、全員の準備が出来たら突入する。準備だけは整えて欲しい。皇都周辺を徘徊しているゾンビに関しては、精霊さんが対処してくれるそうなので、皆はあの城壁の中だけに集中して欲しい。細かい作戦を伝える必要は無いと思う。ただ、ゾンビを滅ぼして欲しい…。では、俺は一足先に準備して待っている。慌てなくても良いから、しっかりと心の準備をしてから来て欲しい…それじゃ…」
俺の言葉を、全員が黙って聞いていた。
それを横目に、俺は食堂を出た。
ここまで永かった。
あの最初の村から、一体幾つの村や街をこの世界から消し去っただろう。
卑劣で下劣な悪漢共とはいえ、一体どれほどの命をこの手で奪ってきただろう。
もちろん後悔なんてしてないし、反省もしていない。
何千人もの人を殺害した悪魔と言われても、俺は構わない。
それが必要な事だと思っているから。
罪を憎んで人を憎まずなんていう、どこぞの勇者の様な優しさなんて、俺は持ってない。
罪には、許せるものと許せないものがあると思ってるからだ。
許せない罪を犯した奴に、容赦なんて必要ない。
許せる罪と許せない罪の線引き? 基準? そんなもの、俺の独断と偏見だ。
俺の気持ちは、家族も良く分かってくれている。
だから何も言わずに付いて来てくれたし、俺と同じように怒ってくれたし、一緒に戦ってくれた。
それだからこそ、俺には皆の気持ちが良く分かる。
今から殲滅する皇都のゾンビは、元は何の罪も無いただの人達だって事が。
何の罪も無い人が、ダンジョンの蟲によってゾンビにされている事を。
そして、ダンジョンを救うために、本来救うはずだった人を消し去らなければならないという現状を。
きっと一日ゆっくりと考えた結果、あまりにも理不尽で不条理な現実に行きついたはずだ。
もしもダンジョンのマスターが目覚めなければ、もしもこの戦争が起きなければ、もしかしたら違う結果になっていただろう。
俺達は、ダンジョンによって変質させられた人を滅ぼし、変質させたダンジョンを救うために、皇都に行く。
これが正当な行為かどうかなんて、きっと誰にも分からない。
間違いだと言うなら、皇都に突入する前に、誰か止めて欲しい。
だって、もう元には戻らないとはいえ、あのゾンビはまだ生きている人なんだ
俺は…俺は…、本当に皇都の人々を斬っていいのだろうか…
結局、いくら考えたって答えは出ない…いや、もうダンジョンを助けると決めているんだから、答えは出ているのか。
俺の感情とかを抜きにして…だけどな。
損得で考えれば、今モフリーナに恩を売っておくのは、間違いなくプラスになる。
だからダンジョンは助けると決めている。
あのゾンビをそのままにするのは、間違いなくこの大陸的にマイナスだろう。
だから、たとえ生きていようとも斬らねばならない…
はぁ…
いつまでもウジウジしながら、俺は着替えを終えて、ホワイト・オルター号のタラップを降りた。
遠く皇都を見つめ乍ら、答えの出ない事を、いつまでもウジウジと。
ふと、背後に人の気配を感じて振り返ると、家族が黙って立っていた。
俺が振り返ったからか、メリルを先頭に嫁一同がゆっくりと近づいて来た。
ミレーラが右から、ミルシェが左から、マチルダが正面から、イネスが背後から、俺をそっと抱きしめてくれた。
みんな、慈愛に満ちた微笑みを湛えて。
そして、メリルが正面に立ち、俺に向かって言った。
「トール様。きっとあなたには、私達では想像も出来ない様な苦しみや悩みがあるのでしょうが、どうか独りで悩まないでください。私達に打ち明けられない様な、女神様の試練もある事と思いますので、話してくださいとは言いません」
語り始めたメリルから、俺は目を離す事が出来なかった。
「貴方の苦しみや悲しみや辛さや苦しみが分かるとは言いません。ですが、あなたがどんな答えを導き出そうとも、私達はその全てを赦します。全てを受け入れます。ですから、どうか前を向いてください」
思わず目を見張った。
「私達は、貴方の妻です。やめる時も、すこやかなる時も、とめる時も、まずしき時も、共に支え合うと誓った仲ではありませんか、あ・な・た」
そう言ったメリルは、いつもの様な花が綻ぶような笑顔で俺へと手を伸ばした。
気が付くと、俺を抱きしめていた4人も、メリルを中心に並んで俺を笑顔で見つめていた。
そうだよな。
俺には守るべき家族がいるんだ。
損得じゃない。横暴だろうと独断と偏見だろうと、俺が守ると決めた物は守る。
斬る物は斬る! 助ける物は助ける!
「悩んでも苦しんでも立ち止まっても構いません。たまには後ろ向きに進む事も有るでしょう。何度も何度も心が揺れる事も有るでしょう。もしかしたら駆け足で先に進む事だってあるでしょうし、時には間違う事だってあるはずです。それでも、私達は、トール様の選んだ道を、共に歩みます! …みなさん、いきますわよ!」
「「「「「ジェムファイター・Go!」」」」」
嫁達は、眩い光に包まれて、変身した。
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