第569話  絶望したダンジョンマスター

『我が愛すべきモンスターよ、黒竜よ。その最悪の厄災と呼ばれるブレスで、この村を灰燼と化せ!』

 モフリーナの言葉に従い、巨大な黒いドラゴンの口からは黒いブレスが迸り、俺達が足を踏み入れた最初の村を飲み込んだ。

 あっという間の出来事だった。


 前世では火事の現場とかも目にした事もあったが、普通は炭化した柱とか、瓦とか、煤けた金属とかが残ったりするものだが、この黒竜のブレスは、まったく何も残さなかった。

 いや、少し語弊があるかもしれない。

 人々が生活していた、という痕跡すら探すのが困難な程に、消し去った。  

 辛うじて畑であったであろうと思われる地面のデコボコが見える程度で、それ以外は全くの更地となっていた。 

「黒竜さん、ありがとうね」

『んぎゃー!』

 その見た目と裏腹に、可愛らしい鳴き声だと知っているのは、ごく少数。

 まあ、ラスボスまでたどり着いた冒険者が居ないんだから、それも当然だな。

 でも、もうすぐ黒竜さんは声変わりするとの事。

 声変わり? って事は、まだ子供なのか…あんなにデカいのに…。

 いや、まあそれは良い。


「モフリーナも有難う。上出来だ。この調子で他も頼む」

「はい、お任せくださいませ」

 こんな時でも、モフリーナはいつもの様なキャリアウーマン風のスーツ姿で、丁寧なお辞儀をしてくれるのが、ちょっとほっとする。

 モフリーナがダンジョンから連れてきたのは、このラスボスである黒竜だけでは無かった。

 俺が視線をモフリーナのすぐ横へと向けると、その陰に隠れる様にしながらモジモジとしている女性が1人。

 歳の頃は20代後半という感じだろうか?

 巨乳のネコミミ美少女のモフリーナよりも身長が高いため、いくら影に隠れても全然隠れられてないんだが、髪は真っ白でふわふわ総パーマ。

 確か音楽室の壁に掛かってた肖像画の…名前は、何だっけ? あ、そうそう! なんちゃらかんちゃらヘンデル!

 ドイツっぽい名前の音楽家の髪型みたいだ。

 いや、あれはカツラだとか誰かが言ってた気がするが、とにかくあのパーマの、もっともっさりした感じ。

 目まで隠れちゃってるから、はっきりと顔までは分からないが、トール君スーパー鑑定眼は美女だとビンビンと感じている。

 この(推定)美人さんが、第6番ダンジョンの主である、モフレンダさん。

 うん、モフリーナの陰でずっとモジモジしてるから、まだ紹介すらされてないから、挨拶もしてない。

 一体、何をしに来たんだろう…。



 実は、後で聞いたお話しなんだが…。

 モジモジしているモフレンダに代わり、モフリーナが教えてくれたことなんだが、実はこのモフレンダは、とても不幸で残念なダンジョンマスターなんだとか。 

 モフリーナが一帯をダンジョン領域化している最中、例の環境劣悪な盆地を取り囲む山脈の頂上というか峰、標高6000mにもなろうかという所に、ぽつんと洞窟があるのを見つけたそうだ。

 ダンジョンマスターだけが分かる感覚で、それがダンジョンであると確信したモフリーナは、余計な諍いを起こさない様に急いで転移して、挨拶に行ったのだという。

 ところがこのダンジョン、当たり前だけど場所が場所だけに冒険者が来るはずも無く、ダンジョンが生れて来てからこの方、誰も来た事が無いそうだ…100年近く。

 何でそんな所に? と思ったんだが、どうやらダンジョン発生は、ダンジョンを管理する神様(管理局員だったよな)によって、大陸のどこに出来るか決められるらしい。

 それも完全にランダムで。

 場所極めの方法は、何でもこの大陸の地図に向かって、矢を投げて刺さった所だとか…ダーツの旅かよ…。

 それによって決められた場所に、初回ダンジョン作成キットによって、半ば強制的に1~5層のダンジョンが完成する。

 モフレンダは運悪く、高い山の峰に当たったそうで、山の峰から地下へと伸びる、洞窟型のダンジョンに無理やり放り込まれた。

 期待に胸を膨らませダンジョンから外へ出て周囲を見たモフレンダは、絶望した。

 断崖絶壁の山脈の峰…それも登頂不可能な山脈の峰にダンジョンが造られてしまったのだ。

 振り返って良く見れば、ダンジョンはたった1層しかない、マジでただの穴。

 自ら別の場所へとダンジョン領域を広げようにも、そんなエネルギーが有るはずも無く、仕方なく休眠していたのだという。

 もしかして寝すぎて髪の毛がもしゃもしゃになったのか?

 あ、羊系の獣人で、それは普通の髪型なんだそうだ。

 ちゃんとセットしたら、きっと美人に違いあるまい! 間違いない!

 そんな引きこもりダンジョンマスターを引っ張り出して来たモフリリーナ。

 領域を広げて、ダンジョンのお引越しをさせようと、それに必要なエネルギーを俺におねだりに来たのだが、どうやらこれから始まる大量虐殺は、かなりのエネルギーの収入が見込めるとの事で、発展著しいモフリーナはその権利を半分ほどモフレンダに譲ったのだそうだ。

 とは言っても、俺もモフレンダも、互いにしっかりとした信頼関係は築けてないわけで、モフリーナにくっ付いて現場見学に来たというのが、彼女がここに居る経緯らしい。


 まあ、納得できるまで見学してくれたらいいけど…こっから見せるのは凄惨な光景なんだけどなあ…大丈夫なんだろうか?

「あ、彼女はダンジョンマスターですから、人の生死に対する耐性がありますので、内臓デロデロでも平気ですよ」

 モフリーナさん、余計な情報ありがと。 

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