第528話  敵の進軍ルートは?

「では、ここにご注目下さい」

 俺がそう言って指さしたのは、地図のある1点。

「ここは…アーテリオス神国…ではないな?」

 地図の上では、アーテリオス神国の領土は、例の盆地をぐるりと円周の半分ほどを含んだ土地。

 盆地の反対側は、もう完全に別の国だ。

 元々例の盆地も国であったらしいが、それを挟んだ反対側の国との国交は、神国であっても無かったという。

 変わり者の商人が、たまに巨大な盆地を囲む山脈をう回するルートで、永い永い時間を掛けてやって来るぐらいだったそうだ。 

 そんな名も知らぬ国のとある場所を、俺は指さしていた。

「ええ。神国の先になります。この盆地は、ここに居られる方であればご存知かと思います」

 恐怖の大王戦は、神国には移住者を住まわす関係上、ほぼ全国民と言っていいほどの人が知っているが、わが国においては対岸の火事ではないが、国の上層部の人だけがあの戦いを知っている。

 当然だが、この国のトップの一族であれば、情報はきちんと伝わっている様で、居並ぶ面々は無言で頷いていた。

「この盆地を囲む山脈は、まず全軍が徒歩で進軍する事は出来ません。なのでう回するでしょうが、神国側へとう回するためには、こちらを通るしかありません」

 俺の指が地図の上を、すすすっと盆地をなぞる様に動く。


 敵の進軍は、盆地の丁度12時方向からである。

 それは、盆地を反時計回りに回り込み、神国へと至るルート。

 時計回りのルートには、かなり深い森が進軍を阻んでいる。

 この世界に生きているのは、様々な人種だけではない。

 動物や魔獣・魔物と言われる生物も多く生息している。

 一般的な森林であれば動物が生息しているが、この動物だって凶暴なのも居れば、大人しいのも居る。

 だが、深い森の奥深くに数多あると言われている魔素溜まりの周辺に生息する動物は、高い濃度の魔素に曝された事により変質し、魔獣と呼ばれる様になる。

 また、高濃度の魔素溜まりの中からは、稀に魔素の塊のような生物が自然発生する事がある。

 それが魔物だ。

 魔獣であれ魔物であれ、魔素の影響を多大に受けた生物は非常に凶暴で、特に大きな身体を持つ魔獣や魔物の討伐は、大勢の犠牲を覚悟しなければならない程だ。

 そんな危険な森が横たわる方面を選んでう回するとは、まず考えられない。

 いや、そう考えるだろうと予測して裏をかく可能性が無いとは断定は出来ないが、そんな事に大事な戦力を裂く事は無い。

 何故ならば、逆回りに進軍すれば安全なのだから。

 ただ、この盆地をう回するには300kmほど歩かなければならない。

 徒歩で頑張って1日20kmの進軍で15日。

 つまり、この盆地をう回するためだけに、15万の兵を養うための兵量が15日分必要だという事。

 ちなみにう回ルートに、村は一切無いし、川や池や湖などの水場も無い。

 まさか、飲まず食わずで15日も兵を動かすなんて事は不可能だ。

 士気だって下がるし、体力だって持つはずが無いのは、子供にだって分かる事。

 という事は、ここをう回するための食料その他の物資を、現在必死にかき集めている最中のはずで、そこを神国の偵察隊が確認したという事なのだろう。


 それでも、足止めされていても物資は消費されるし、進軍しても消費される。

 では、何故進軍せずに盆地の向こう側に留まっているのか?

 同じ消費なら動かない方が消費が少ないというのと、十分な物資が届くのを待っているというのが大きい。

 そして、気力体力が回復したら全軍をもって進軍して、神国を一気に攻め落とそうという作戦なのだろう。

 何てアホな作戦だ。

 この作戦を考えた奴は、マジでアホだと断言出来る。

 あと敵国まで徒歩で15日もあるのに、いくら回復したからと言って、気力や体力が続くわけがない。

 また攻め入る寸前に足止めを食らう事は目に見えているのに。

 まさか、萎えた心を奮い立たせるために、神国を攻め落とせば腹いっぱい食えるとか言うつもりだろうか?

 神国と同時にグーダイド王国にまで宣戦布告しているというのに。

 このアホな国を撃退するために、連合を組むとか考えて無かったのだろうか?


 ここまでの事を、全員に簡単に説明すると、陛下が一言。

「推測じゃが…我が国と神国が、未だに諍いを続けているとでも考えているのではないだろうか? もう何年も友好関係を持っているというのに、古い情報を元に行動しているのでは無いだろうか?」 

 遥か遠くの暗黒教ダークランド皇国(本当はダーク宗教皇国だそうだ)のダース皇帝には、どうやら情報を大切にするという考えは無かった様だ。

「ええ、古い情報しか持っていないのでしょう」

 俺は陛下の考えに頷き、

「敵の進軍ルートはほぼこちらで間違いないでしょう。逆を突かれたとしても、あの森を何日も何日も歩いて進軍する事はほぼ不可能ですので、最小人数だけを森の出口に配置すれば撃退できます。なので、我々は正面から敵を叩き潰します」

「うむ…卿の作戦を聞こう」

 第三王子様の顔がキリリと引き締まった。

「では作戦です。こちらに長城を築き、敵の進軍を阻みます」

 さあ、俺の作戦の説明がやっと始まるぞ!

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