第431話  当日の朝

 俺の屋敷の地下室から夜の間中響き渡った女の呻き声は、どうやら静まり返った湖畔を渡り、街にまで届いていた様で、翌日はちょっとした幽霊騒ぎとなっていた。

 俺の屋敷の地下には、俺が過去に弄んで殺害した女の亡骸が隠されていて、その怨念が亡霊となって夜な夜な地下で呪詛を吐いているという、世にも奇妙な噂話が街のそこかしこで囁かれたらしい。

 日が昇ってもサラの声が響いてたので、すぐにその噂は消えてなくなったのだが。

 いや~変な誤解を領民達から受け無くて良かったよ、割と本気で。

 地下の防音設備の強化が必要だな。サラへのリリアさんの調きょ…もとい、躾け…じゃない、教育のために防音をしっかりと施したはずなのだが、局長によるサラの脳への強制データ入力ってのは、それを上回るらしい。何倍も。

 

 ところで我が家の朝食は、使用人も揃って一緒に食べるのが習慣なのだが、珍しい事に喰い意地の汚いサラの姿は無かった。

 朝食時にすら顔を出さないサラを心配した嫁~ず達が、リリアさんに聞いたのだが…曰く『ゲロまみれのぐちょぐちょで、酸い~臭いが地下に充満してて、貰いゲロしそうでした』との事。その報告は、朝食後に聞きたかった。

 嫁~ずだけでなく、俺もドワーフさんもユズユズでさえも、大ダメージを受けてしまった…うっぷ…吐きそ…。

 今夜、転移者が来るってのに、こんなんで大丈夫かなあ…俺。

 

 吐き気を堪えて、無理やり話題転換し、サラのピーな事を思考から追い出して、なんとか朝食を飲み込んだ我が家の一同。

 全員にお茶が行き渡ったタイミングで、恒例の本日の我が家のミーティングです。


「は~い、注目! え~本日の夜、いよいよ神の眷属たちが新大陸にやってきます」

 俺の言葉に黙って耳を傾ける、我が家の面々。

「俺とサラとリリアさんは、本日の昼過ぎよりダンジョンに向かいます。その後、ダンジョンマスターであるモフリーナと合流し、新大陸へと跳んで、転移の様子を確認して来ます。ちなみに、新大陸は朝です」


 時差への理解が浅い嫁~ずとドワーフメイド衆のために、あえて新大陸が朝だと教えてあげねば。

 何たって、いまだにこの世界は天動説が主流なのだから。

 大海原をホワイト・オルター号で飛び続けて、水平線が丸いのを見たんで、ある程度は納得した様だが。

 この世界の各種の書物には、世界はお盆の様に平らで丸い世界で、昼と夜の描かれた天井がぐるぐるとシーリングファンの様に周っていると書かれていて、多くの人がそれを信じているらしい。

 地球で言う天動説とは微妙に違うかもしれないけど、まあ似た様な物だ。

 この世界の真実を図と模型で説明したら、最初はものすごく驚いてたし、もちろん信じてくれなかった。

 実際に360°海のど真ん中で高度を上げて見せて、初めて理解出来たぐらいだから、そりゃ当然だよな。

 俺だって知識はあるけど、この目で宇宙から見た事ないから、本当に星が球体かどうかなんてわからんし。

 でも時差はまだ全員納得できてないんだよね。この世界が回ってるってそりゃ理解が追い付かんか。

 そもそも新大陸からこのアルテアン領のダンジョンまで一瞬で戻って来た時も、何で夜になってるのか皆の頭の上には大量の疑問符が浮かんでたもんな。

 こういう事をきちんと説明できる教師ってすごいと、今さらながらに感心したよ。

 おっと、話が横道に逸れた。


「新大陸で転移してきた眷属ご一行の動向を一日程観察し、ダンジョンへと意識を誘導した後に帰還する予定です。帰還予定は、この地の時間で明日の夜になります。ここまでで何か質問はありますか?」

 うん、出発予定と同行者と帰還予定まできちんと話したから、問題は無いはずだが…ハイ、ミルシェ君!

 シュタ! っと手をあげたミルシェが、スックと立ち上がり、

「何人ぐらい来るんですか?」

 Oh mistake! あれ? これで使い方あってたっけ? ま、いいや。

「報告を忘れてました! ざっと1万人程来るそうです。昨晩からサラが唸ってたのは、その1万人分のプロフィールをネス様がサラのスッカスカの頭に詰め込んでるためです。それも、もうそろそろ終わってるかな?」

「はい、終わってます。現在は、その余韻で苦しんでいるだけです」

 リリアさんが、即座に回答してくれる。こういうとこは、出来る秘書みたいなんだけどなあ…性癖は別にして…。

「って事で、その大量の人々…だけじゃないかもしれませんが、取りあえず確認と誘導しに行くのです」

「1万人って…多いですね…」

 メリルが何やら考え込んでいるが、そこは安心して欲しい。

「心配ない。イノセント型モンスター軍団が、完全な監視網を敷いてるんで、逐一情報は入って来る。緊急時以外は、基本的にモフリーナと現地のもふりんに任せられるはずだよ。最初だけ、ちょっと大変だけどね」

 俺の説明に、女性陣は虫型魔物を思い出してか顔を顰め、その恐ろしさを考えて納得した様だった。


 ちなみにドワーフメイド衆は、虫型魔物の存在を嫁~ずに聞いた時、

「虫ぐりゃぁ~なんぼでも森の中にいるだべ。くもなんか、はぁ、かわええもんだべ~! ありの子は~食えるしな~」

 結構な野生児だったようで、嫁~ずドン引きしたとか。

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