第388話  ケーキ入刀!

 それは披露宴会場にそそり立つ、正しく塔だった。

 

 天鬼族3人娘が静々と押して来たワゴンに乗っていたのは、人の背丈の倍ほどもあろうかという高さのウェディングケーキだった。

 いや、どうやってこれ作ったんだ? ちょっとドワーフ職人さん達、君達の背丈で出来る大きさのケーキじゃないだろ!?

「ご安心くだせぇ、ハリボテでさぁ…」

 こっそりと教えてくれたドワーフさんだけど…だけど…塗ってるクリームは本物だよね!?  

「んだ! 芯だけがぁ、はぁ作りもんだべ!」

 そうなんだ…前世の披露宴で使ったケーキは、カットするところ以外、全部作り物だったけど…これは食べれるのね…

 あ、うん。ちょっとオーダーしたケーキのイメージと違っただけだから。作ってくれてありがとう。

 駄目だった? って顔でこっちを見上げるドワーフ職人さん(♂)のウルウルした瞳を見てたら、何故か言い訳がましい話方になってしまった。ドワーフさんの見た目とあの仕草は反則だと思う…ちなみに、この職人ドワーフさん、俺の倍は生きてるおっさんだそうだ。


 ドワーフ職人さんは、何故か裃を着こんでいるんだけど…由緒正しい民族衣装なんだそうだ。

 和の食文化といい、この民族衣装といい…きっと時間軸を超えた転生者が、種族まで超えてドワーフの祖先に居たに違いない。

 しかし…合法ショタのドワーフさんが着たら、七五三にしか見えないなあ…。

 ちなみにドワーフ族の女性は、振袖着てました。もう七五三以外の何物でもない。


「さあ、それでは新郎新婦はケーキの前へとお進みください。あ、是非ゲストの皆様もケーキのお近くで、この大事なセレモニーをじっくりねっとりとご鑑賞ください!」

 じっくりねっとりって…ユズカ欲求不満か? 言い方がいやらしいぞ。

 軽快なテンポで名司会者ぶりを発揮するユズカの言葉に従って、ゲストの皆様がゾロゾロとケーキを中心に取り囲む。

 俺達もケーキの前に進み出ると、ドワーフさんが銀色のトレーに乗せたでっかいナイフを俺達の前に差し出す。

 ナイフっていうか、もう日本刀…いや、小太刀だろ! デカすぎだぞ! しかも5本もかよ!? 

「はい、では新婦さんはナイフを手にお取りください。新郎は序列順に、新婦と一緒にそのナイフでケーキ入刀をお願いします。それではご観覧の皆様、新郎新婦のお手元にご注目ください!」

 俺はメリルの隣に並ぶと、そっと小太刀…じゃない、巨大なケーキナイフに手を添える…あれ? 違和感…

「さあ、お新郎新婦達の初めての共同作業です! では、入刀!」

 合図と共に、巨大なケーキの一番土台部分にナイフの先端を入れた。

「はい、皆さま盛大な拍手をお願いしま~す!」

 途端に巻き起こる拍手の渦。

「では、新婦さん交代です。新郎は続けてどんどん入刀しちゃってください」

 拍手の音が響く中、メリルと交代してミルシェが小太刀を持って俺の横に来る。

「はい、新郎新婦さん、後がつかえてますのでテンポよくおねしゃす」

 ミルシェの持つ小太刀に手を添えて、ケーキを斬る…いや切る。

 終わるとミレーラが、その次はマチルダ、ラストはイネスと、次々とケーキ入刀をし、無事に最初のイベントは終了した。

 でもさ、こういう時って、普通は新郎がナイフ持って、新婦が手を添えるんじゃね? 逆な気がするんだが…。違和感の正体、コレだよ。

 今は何をやっても嬉しく楽しい新婦達にとって、そんな俺の心の葛藤は小さな問題だった様で、皆嬉しそうに、カットに使ったケーキナイフという名の小太刀を綺麗に拭いて、鞘に納めて持っていた。

 いや、鞘があるじゃん! 絶対にケーキナイフじゃないよな、ソレ!

 いいのか? これでいいのか!?

「新郎新婦の皆様、ケーキ入刀、お見事でした。あまりにも普通すぎて、面白くなかったですけど」

 うるさいよ! 普通で良いんだよ!

「非常識な伯爵様なのですから、ここは一刀両断とかやってくれると信じてたんですけどねえ…はあ、意外と常識にこだわる所があるんですよねえ…非常識なのに」

 やかましいわ! 俺はいつだって常識人だよ!

「では、これより新婦達のお色直しを行いますので、新婦達には一旦退場して頂きます。あ、その刀は、本日の記念に、そのままお持ち帰りください」

 新婦達は、小太刀を胸に抱えて、ニコニコとしながら、入って来た扉から退場していった。って、刀って言ったよな、間違いなくKATANAって言ったよな!?

「新郎。細かい事にこだわると、ハゲますよ?」

 お前までソレ言うのかよ! ハゲねーよ! ふっさふさだわ!

「ちっ…無駄なあがきを…」

 舌打ちしたぞ、この司会者! 誰か止めろよ! 暴走始めたぞ!?

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