第389話  乾杯! 今、君は人生の…(それは違うってば!

 花嫁達のお色直しは案外時間もかからずに終わった。


 というのも、ヘアースタイルも装飾品も変わらず、ただドレスを着替えただけだからなんだが。

 それぞれが仕立てたドレスは、色的には先ほどまでのドレスと変わらなかったが、デザインはそれぞれで交換したかの様だった。

 まあ、この世界の服飾職人だって、5人に全く違うデザインのドレスを何着も仕立ててたりするほどの技術がなかったってのが、本当の理由なんだけどね。

 そもそも、俺とユズカのデザイン画って言う程でも無いけど、簡単なスケッチを見て型紙から作り上げた職人さんの努力は褒めたたえるべきものだと思う。

 だって、今まで見た事も聞いた事も無い、職人として全く新しい服の仕立てに挑戦なんだから、その奮闘努力たるや想像を絶するほどであったそうだ。まさに、血と汗と涙の結晶だろう。

 それでも同じデザインのサイズ違いを3回も作ったおかげか、完全にそれを作る為の技術は物にしたらしく、今後の活躍が楽しみである。

 

 ってなわけで、まだあと2回お色直しが行われるのだが、すでに見た型のドレスなのでここでは詳細は省く。

 ただ、各人のイメージとは違う方のドレスを着用しているので、かなり新鮮であり目の保養になった事だけは記しておこう。

 俺の脳内写真フォルダーに、しっかりと保存しておかねば…うん、皆綺麗だ。


 お色直しをした後は、またまた席替え。今度は、ミルシェとメリルが隣に座る。

 花嫁の着席を確認したユズカが、まやまたスポットライトを浴びる時が来た。

「花嫁さん達のお色直しの間に、スタッフが切り分けた先程のケーキも皆様に行き渡りましたね? まだの人は挙手してください…はい、大丈夫ですね。では、これよりファーストバイトのセレモニーを行いたいと思います。新郎新婦さん、お手元のケーキとフォークを持ってご起立ください」

 ああ…あれですか…

「では、花嫁さん達は、花婿さんに先ほど一緒にナイフを入れたケーキを、互いにあ~~~んし合ってください。さあ、どうぞ~!」

 めっちゃ軽いな、ユズカ。ある意味、キスするよりも恥ずかしいこの行事、衆人環視の中で行わなくてはいけないとは…

 俺が一瞬の間逡巡するも、嫁~ずは一切の躊躇なく、一口大のケーキをフォークに突き刺して、全員で…

『あ~~~~ん!』

 俺に差し出して来た。もちろん食べないという選択肢はあり得ない。

 よく見ると、全員がものすごく真剣な顔をしている。もしかして…これって、俺が何か試されてるのか? 

 そうか、序列か! 序列通りに食べなきゃダメなのか!? いや、そうに違いない。ここは間違ったら駄目な所だ。

 まずはメリル…続いてミルシェ、ミレーラ。いやこれだけですでに胸焼けしそうな感じなんだが…甘いの苦手だし…

 マチルダのケーキを口にして、最後にイネスの…ちょ、それデカくねーか? いや、食べるよ、食べますよ!

 もごもご何とか飲み込むと、ほっと一息…つく暇も無い。次は俺から、あ~ん…だ。

 メリルの口に合わせて、小さめにすくったケーキを…って、なんでそんなに真っ赤なんだよ! ここで恥じらったら、俺まで恥ずかしくなるだろう! ほら、あ~~ん…ふぅ~…まず一人。

 ミルシェには、ちょっとだけ大きくして、あ~ん…ミレーラは一口サイズもとっても小さく…うん、パクってにこやかに食べてくれて嬉しいよ。マチルダには普通に一口…ちょっ、マチルダ! いつまでもフォークを咥えない! 唇すぼめて、全部…舌でフォークを舐めまわすな! エロすぎだよ!

 イネス、何だその大口は…親鳥からの餌を待ちつ雛鳥か!? いやわかったよ、大きめの一口ね…ほれ。

 ふ~これって精神的に疲れるな。人前でするもんじゃねーな。


「さあ、嬉し恥ずかしファーストバイトのセレモニーもこれで終了となりました。新郎の顔が七変化するのは見てて面白かったですね。皆さまも笑いをこらえてましたし。いや~笑いださない所、本当に皆様は大人です!」

 うるへー!

「では、続いて乾杯に移りたいと思います。乾杯の音頭をとって頂くのは、新郎の父であり、この地の領主様であります、ヴァルナル・デ・アルテアン侯爵様です。どうぞ~!」

 しょっちゅう顔を合わせてるとはいえ、侯爵様を紹介するには軽いな…ユズカ。

 他の貴族にその口調だと、難癖付けられるかもしれんから、あとで注意しておかないとな。

「それでは皆様、グラスをお持ちになってご起立ください」

 ユズカの言葉に従い、皆がグラス片手に立ち上がる。

 そして父さんに拡声の呪法具が手渡された。

「乾杯の音頭を取らせていただきます、ヴァルナル・デ・アルテアンです。本日は、息子であるトールヴァルドの結婚式並びに結婚披露宴に参列いただき、誠にありがとうございます。新郎新婦にかわって感謝の言葉を述べさせて頂きます。長々と話すのも、場が白けるというもの。早速ですが、乾杯したいと思います」

 父さん、場慣れしてるな…もしかして領民の前で演説とかしてたからなのか?

 グラスを手にした父さんは、俺達の方に向き直って、

「トール、そして花嫁の皆。本日はおめでとう! 皆の幸せを祝して…かんぱーーーーい!」

『かんぱーい!』

 音頭と共に、グラスに口を付け、その後は盛大な拍手がまたもや俺達を包んだ。

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