第370話  王城での結婚式⑤

 結婚式への参列者の先頭に近づくにしたがって、ここ数日で良く見慣れた顔が並んでいた。

 ミルシェ、マチルダ、イネスのご両親は、もちろん主役の身内なので身分に関係なく前列に並ぶ。

 ミレーラの親族とベダム首長は、右側の最前列に、左側の最前列には俺の両親とコルネちゃん、ナディアと天鬼族の3人娘が一緒に並んでる。

 …ネスの眷属だからかな? まあ、着飾った4人は華やかだから先頭にいてもいいか。

 

 さて、赤い絨毯は3段ほど高くなった壇上へと続いている。

 そこを1段1段踏みしめながら上ると、広い壇上には国王陛下夫妻が待っていた。

 俺も緊張してたんだな…ここってよく見ると、謁見の間じゃん!

 いつも陛下が、でっかい椅子でふんぞり返ってる場所じゃん!

 どっかで見た事ある様な気はしてたんだよね…って、謁見の間で結婚式って無茶苦茶じゃね!?

 メリルが俺と同様に小さく首を巡らして辺りを確認すると、びっくりした顔で陛下の顔を見つめた。

 陛下と妃様は、いたずらが成功した子供の様に、ものすごく良い笑顔…いや、悪い笑顔だった。

 いや、常識で考えたらダメだろ! 俺はただの伯爵だぞ? それに謁見間を使わせるとか、正気じゃねー!


 悪い顔で笑ってた陛下が、んんっ! と小さく咳ばらいをすると、静かだった参列者達の息をする音さえ聞こえないほどの静寂がこの場に訪れた。

 静かさも度を越えると怖いな…なんだか耳が痛く感じるぞ。

 しーーーんとした時間は、そう長くは続かなかった。

「それでは、これよりトールヴァルド・デ・アルテアン伯爵と、メリル・ラ・グーダイド第四王女、ミレーラ=マレス、ミルシェ、マチルダ・スロスト、イネス・マリオンの結婚式を執り行う」

 決して声を張り上げたりした分けでもないのだが、静かに両手を挙げて宣言する陛下の声は、バス・バリトンとでも形容すべきだろうか、静まったこの場の隅々までよく通り響き渡った。

 一瞬後に割れんばかりの拍手の波が押し寄せ、思わずメリルとミレーラの腕に力が入り、緊張した様子が伝わった。

 陛下が両手をゆっくりと下ろすと、その拍手の波も徐々に収まり、また場に静けさが戻った。

「これより、宣誓の義を行う。まずは新郎より、宣誓の言葉を」

 陛下に促されて、俺は陛下と妃様を真っ直ぐに見つめながら、

「宣誓。本日、私達は、ご列席くださった皆様の前で結婚いたします。この先、如何なる時にも皆で心を一つにし、希望に満ちた明るい家庭を築いていくことを、皆様の前で誓います。新郎、トールヴァルド・デ・アルテアン」

 ちゃんと考えていたのだ。シンプルかつ要点が全部入っていて、暗記しやすい内容のを。

 俺の宣誓を聞いた陛下は、大きく頷き、

「では新婦達の宣誓を、メリル・ラ・グーダイド」

 代表してメリルが…という段取りだったのだろう。

 だが、メリルは左手をゆっくりと上げて、ちらりと後ろを振り返り、何か合図を送っていた。

 見なくても後ろの3人が頷いた気がした。

 すぅっと小さく息をのむと、メリルがゆっくりと左手を下ろして、「宣誓します」と言うと、

『宣誓、本日、私達5人は皆様の前で結婚の誓いを致します。今日という日を迎えられたのも私達を支えて下さった皆様のおかげです。これからは、私達5人で力を合わせてトールヴァルド様を支え、共に苦難を乗り越え、喜びをわかちあい、あたたかい家庭を築いていくことを誓います。未熟な私達ではありますが、どうか今後とも末永く見守っていただければ幸いです』

「新婦、メリル・ラ・グーダイド」

「新婦、ミレーラ=マレス」

「新婦、ミルシェ」

「新婦、マチルダ・スロスト」

「新婦、イネス・マリオン」

 5人の揃った声での宣誓だった。俺、聞いて無いよ!?

 あ、陛下も呆然としてる…やっぱ、メリルだけで宣誓する予定だったんだ…


 そっとメリルに目を向けると、ふんすふんすと鼻息も荒く、やり切った充実感に浸っているようだった。ミレーラに目を向けると、ものすごく嬉しそうに笑ていた。振り返ると、ミルシェは見事などや顔で、マチルダはにっこりと、イネスはピースしていた。


 そうか、ここで陛下の思惑も何もかも吹っ飛ばす作戦だったんだな…うん、見事にしてやられた!

 でも、嫌じゃない…いや、むしろ誇らしい。

 式次第なんて、常識なんて、大人たちの思惑なんて全部ぶち壊して…どこまでも5人で一緒に、同じ立場で結婚したいという強い気持ちで…そう考えると、俺の目から涙が溢れて頬を伝っていた。

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