第291話  ごーーる!

 次のターンポイントは黒い岩。

 上手く岩のギリギリでターンをかましてオアシスに最短コースで行きたいところだ。

 まだまだ車体には余裕がありそうだ。この小径タイヤはなかなか優れ物だな。

 こいつを量産してもいいんだが、如何せんこの世界の道のほとんどがフラットダートだ。

 前世のオフロード車のようなブロックパターンのタイヤでもなければ、あまりスピードを出すのも危険か…

 グリップを失ってスピンとかで事故多発では、お話にならないものな。

 っと、余計なことを考えている内に、ターンポイントの黒い岩が目の前だ。

 さっきとは逆方向にスピンするギリギリ寸前の速度を見極めつつ車体を滑らせて…

 グッ…体にかかるGがなかなか厳しな。

 しかーし! 前世で培ったこのテクニックをもってすれば、この程度のターンなぞ屁でも無い!

 車体もサスもタイヤもまだまだ行けそうなのだが、俺の体が先に悲鳴を上げそうだ…が、男の意地で走りぬく!

 

 俺は高い(と思う)速度域を維持しつつ、オアシスを走り抜け、復路の黒岩と大岩を華麗にターンして、皆の待つゴールへと、アクセルを床まで踏みつけた!


 ここまでどっかの熱い展開を見せる某車バトル系の漫画みたいなノリなのだが…実はこの蒸気自動車は、最高速度が約90km/hと、微妙な速度しか出ないのは大目に見てほしい。

 いや、普通の馬車でこんな速度だしたら間違いなく壊れるし、乗ってる人のお尻もかなり危険な状態になるからな。

 この異世界の地上において、人や荷物を載せて走る事が出来る物の中で、間違いなく蒸気自動車が最速なんだからな。

 まあ…地球の自動車とかと比較しれば、しょぼい速度しか出ないのは間違いないんだが…


「ごーーーーる!」

 イネスがハンカチ(と主張しているがタオルだと思う)を、まるでチェッカーフラッグのように振り下ろし、俺の疾走は終了だ。

「ナディア、タイムは!?」

 急停車させた運転席から、俺はナディアに怒鳴るかのように尋ねた。

「只今のマスターのタイムは、4分59秒。参加者中…9位です…」

「なっ!? 嘘だろ!」

「いえ…伯爵様、イネス様、ミルシェ様、アーデ、アーム、アーフェン、マチルダ様、ユズキ様のタイムの方が上回っています」

 父さん…あんた、何やってんの!?

「特に御父上様のタイムは、スバ抜けてますね。3分49秒でしたから」

 60秒以上速いだと!? 信じられん…

「どうだ、トール! 日々の修練の賜物だ! やはり筋肉は裏切らないものなのだよ! がっはっは!」

 筋肉って…

「ちなみに、マスターの後に続く順位は、ユズカ様、メリル様、ミレーラ様、奥様、コルネリア様となっており、サラはコース間違いで失格です」

 …あんなに心の中で大見え切った手前、なんだか恥ずかしい…ま、口に出してないから大丈夫か。


「何で皆そんなに運転上手いの?」

 前世でそれなりにワインディングを攻めたり、サーキットも2回ほど走った経験がある俺よりも、何でこの世界で初めて発明された蒸気自動車を運転する皆のタイムの方が上なんだよ?

 これでもそれなりに走りこんでたおかげで、そこそこ前世では速いと言われてたのに。

「え? トール、アクセルちゃんと踏んだか?」

 かっちーん! 父さん、俺に売ったね? 喧嘩売ったよね?

 よーし、言い値で買ってあげようじゃないか!

「父さん、もう一勝負しようじゃない。そうだな…次は、父さん秘蔵のアレを賭けて」

「なに!? まさか…アレを賭けろと言うのか? クッ…良いだろう。だがお前はそれに見合うだけの何を賭けるつもりだ?」

「俺は新開発の毛生え薬3か月分を賭けよう!」 

「のった!」


 俺と父さんは、ガッシと握手を交わし…

「あなた、トールちゃん? 何を馬鹿な事をしようとしているのかしら?」

 すぐ横に母さんが、冷たい目をして立っていた。

 その目…ちょっとゾクゾクッとして、変な世界の扉が開きそうなんですけど…

「あなた、秘蔵のブツって何かしら? かなり価値がありそうね。何を買ったのかしら?」

「あ、いや…それは…」

「トールちゃん、そんな素晴らしい薬があるのかしら? 母さん、初耳なんですけど?」

「え、それはその…まだ実験段階で…」

「二人とも、わかってますね?」

 口は笑ってるのに、母さんの目はとっても冷たい。

 いやん、ママン…そんな冷たい目も素敵ですよ。


「まだ日が傾くまで少し時間があるから、皆はゆっくり楽しんで。さ、あなた、トールちゃん。行きますわよ」

「「ふぁ~い…」」

 俺と父さんは、母さんに事情聴取のため連行される事になりました。

『Own Goal ですね』

 うん、サラに一言も言い返せない自分に腹が立つ…



 ゴッド母ちゃんの説教をアルテアン父子が受けていた時、メリルとミルシェの間でこんな会話がなされていた。

「ねえ、ミルシェ…」

「どうしたんです、メリル?」

「あの赤いボタンの事…トール様に説明した?」

「ああ、あの加速装置の事? そういえば言ってないかも…」

「それに…私達、変身して運転しましたわよね…」

「ええ、ナディアさまが安全と…加速の時のじーに耐える為にって」

「じーっていうのは、確か加速するときにシートに体がギューって押し付けられる力だったわよね。変身をしてなかったら、内臓が口から飛び出るとか仰ってましたね。それは良いとして…とにかく変身してたって言った記憶が無いのだけれど」

「私も無いですね」

 メリルとミルシェは顔を見合わせて、お互いの額に汗がツツーっと流れるのを見て思った。

「でも義父様は…生身で使ってましたわよね、あのボタン…」

「メリル。ヴァルナル様は、昔からああでしたよ」

「何が昔から…ですの?」

「どんな困難でも筋肉があれば何とかなるって。だって恐怖の大王との闘いだって、ヴァルナル様だけ生身だったの、メリルも見たでしょう?」

「確かに!」

「それにカーゴスペースから、このうさぎちゃん号…ヴァルナル様は肩に担いで下りてきましたよ?」

「あ、それ私も見ました! どう考えてもおかしいですわよね? 一瞬、目がおかしくなったかと思いました!」  

「おかしいのはヴァルナル様ですから」

 もう一度、メリルとミルシェは顔を見合わせた。

「「義父様って本当に人族なんでしょうか?」」

 最終的には、ヴァルナル・デ・アルテアンという生き物は、謎の筋肉至高主義の生物であるという結論で合意した二人だった。

 ひどい結論である。

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