第290話 スタート!
「あの大きな岩を回って、右手に見えるあの黒い岩を回り、ずっと先にあるオアシスを1周してから、また黒い岩と大きな岩を回って、ここまで戻ってきてゴールするまでのタイムを競うものです」
ほっほ~、なるほどなるほど…復路は往路のコースをひっくり返すわけか。
「タイムはナディア様が公正に計測して頂いております」
そこまでの説明をマチルダから受けた俺は、ナディアへと視線を移すと、コクンと小さく頷いた。
タイムは…きっと優秀なナディアの体内時計なら1/100秒まで計測できる…のかもしれない。
うん、どうやって計測しているのかは気にしないようにしよう。
「競技には、この最新型の小型二人乗り蒸気自動車を使用しますので、条件は全員同じです」
なるほど、考えたな。
この最新型は、二人乗りと実用的ではないのだが、軽量化されており、車輪も小型化及び衝撃吸収に優れた獣の革を何重にも貼ることにより、最新式サスペンションの効果と相まって走破性能が格段に高く、主に街や王都間での緊急事態時の連絡や斥候などの用途のために設計した試作品だ。
車高も既存の蒸気自動車よりも低く、スポーティーになっている。
某怪盗の3代目が乗っていた、メルセデス・ベンツSSKがモデルになっている。
まあ、あんなに格好よくはないけど…とりあえず数台試作した中の一台を持ってきてたのか。
最近、運転の楽しさに目覚めた我が家の面々は、この試作小型車を気に入り野原を走り込んでいたしな。
「この試作小型車1号は、ドワーフ職人さんによりさらに改良さられている特別性です。名前は‶うさぎちゃん号″です」
何故にそんな名を付けた? 可愛いから許すけど。あ、シートがウサギ柄だ! ドワーフさん、こういったファンシーな柄とか好きだよなあ…。
ってか、ドワーフさんの改良って、まさかウサギさん柄のシートだけなのか?
どこかにやばい機能とか付いて無いだろうな…ちょっと心配だ。
「ではトール様、私がハンカチを振り下ろしたらスタートです。準備は良いですか?」
「おお、イネス。ばっちこーい!」
俺が返事をしたら、イネスはハンカチ(どう見てもタオルだが)を頭上に掲げ…
「よ~い…スタート!」
勢いよく振り下ろした。
俺は、微妙にフライング気味にアクセルを全開にしてクラッチを繋ぐ。
後輪がギャギャギャと地面を削り空転したが、その回転運動をすぐに前進運動とするため車輪が地面を噛む。
弾かれた様に飛び出したうさぎちゃん号は、目測で500mほど先に有る大岩を目指し、加速すべくギアを2速に入れてやると、蒸気機関のエネルギーを車輪に余す事無く伝える。
グンッと速度が伸びたタイミングで、さらに3速へとギアを叩き込んだ頃には、目の前に大岩が迫っていた。
ギアもアクセルもそのまま大岩に突っ込む。
大岩の左に車体の鼻先が差し掛かった時、俺はフルブレーキングと共にギアを瞬時に落とし、そのままアクセル全開にしてハンドルを右に切りつつクラッチを繋いだ。
前進と右回転のベクトルに負けた後輪が、地面との良好な関係を維持できなくなり、さよならを告げてしまうと、急激に車体は左に滑り出す。
車体がスライドするのをコントロールする為、ステアリングを徐々に戻し、大岩の向こうが見え始めた時、完全に左へとステアリングを切り、スライドをストップ。
後輪がまた地面との蜜月関係を取り戻せるように、アクセルを調整しつつ、微妙な修正舵を入れてやると、前へ、もっと速く前へ進めとうさぎちゃん号が俺の心に語り掛ける。
その言葉に従って、俺は右足に力をこめて、アクセルを床まで一気に踏み込んだ。
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