第209話  無駄な抵抗

「ふむ…これはまた…アルテアン卿、とんでもないお宝を持ちこみましたな」

 両手に持った書類を見ていた内務大臣が、めっちゃ腹黒な笑顔で俺に言った。

「大臣…この資料を持ちこんだのが我々だというのは、どうぞご内密に…」

 俺が誰にも知られずに隠した物を運び出せるなんて、周囲の貴族にバレたら色々と問題あるからなぁ。

「こちろん心得ております。しかし卿も悪よのぉ…まさか敵地の晩餐会に乗り込んで、悪事の証拠を全て掻っ攫うとは…」

「いえいえ。これを絶好の機会として、潰して剥奪した家の爵位を子飼いの手の者に与えるのでしょう? 大臣こそなかなかの…」

 どっかの時代劇の悪代官と悪徳商人みたいな会話になってきたけど、許して欲しい。

「「ふっふっふっふっふっふっふ………」」

 内務大臣さんと互いに悪い顔で笑い合ってしまった。


 ちなみにこの茶番劇を見ているのは、王家と我が家の面々。

「トール様、すっごく黒い笑顔ですわね…」「トールさま、悪人しか見えないです…」「…トールさま…」

 メリル、黒いのは俺だけじゃないはずだが? ミルシェ、正義を執行しているだけだぞ? ミレーラ…何が言いたい?

「トールヴァルド様、その深慮遠謀…素敵です!」「流石は未来の旦那様だ! 敵に対して情け容赦ないな!」

 え~っとマチルダさん、何故にそんなうっとりと? イネスは…脳筋にはもう何も言うまい。

 父さんと母さんは、ただニコニコと笑ってるだけだが、多分あれは何も考えて無いんだろうな。

 コルネちゃんだけは、豪華な謁見の間をキラキラした目で見まわしてたけど…かわゆい! それは良いとして。


「トールヴァルド子爵よ、この資料によると…かなりの数の貴族と商家が、色々と企んでいた様だな。この資料の内容など、どうみても国家転覆を狙ったものだぞ…良くぞ知らせてくれた。これは報奨を用意せねばな」

 うん、国王陛下も大そうお喜びだ。王国の腐敗した貴族やそれに繋がる商家なんて、国にとって毒にしかならないもんね。

 それを一網打尽に出来て、なお且つ新しい風を入れることが出来る。

 止めに没収されるであろう私財は想定ではかなりの額になる。どんな出所だって、金は金だからね。

「いえ、それはご遠慮させて頂きたいと思います。報奨など賜れば、この情報の出所がアルテアンであると吹聴するような物。私達は、国に仇なす腐った者共を一掃していただければそれだけで」

 んなもん貰ったら、一緒に面倒事も付いてくるからな。

「しかし、この手柄に対して、何の褒美も出さぬは国としての面子が立たぬ…」

 う~ん、それもそうだよなあ…。国に対して利を齎した者に報いないのは、国として国王としての体面にもかかわるか…

「それでしたら、いくつかお願いを聞いて頂けませんか?」


「お願いとな? 出来る事と出来ない事があるとは思うが、取りあえず申してみよ」

 ま、多分出来ると思うけど…

「はい。では、まず没収する予定のあの腐った者どもの私財から、孤児院を建設・運営して頂きたいのです」

「ほう、孤児院か…王都には確かあったはずだが…?」

 孤児院と聞いて訝し気な陛下に、

「はい。ですが私が見た限りではまだまだ支援が必要です。孤児院の子供達は日々の食事も満足に取れず、栄養が不足してやせ細っております。また、街にはまだまだ孤児たちが溢れ、不法な労働をさせる者や人身売買組織がその孤児たちを狙って王都に集まり、治安の悪化も懸念されております故」

「うむ、卿がその目で確認したのならば、その通りなのだろう。この事件とは関係なく孤児院への支援を手厚くする事を約束しよう。❝子供は宝❞じゃったな、卿が常から言っておったのは。確かにその通りであると、わしも思う。しかし…街に孤児が溢れておるとはおかしな事じゃ。孤児は発見次第孤児院にて保護しているはずであろう? そんな報告が上がって来ておらぬという事は…内務卿、どこの部署が職務怠慢なのか至急調査をし、改善せよ!」

「は、仰せの通りに…その部署は2~3日中にも必ず…」

 内務大臣の返答に満足気に頷いた国王は、


「して…トールヴァルド卿よ、他には?」

「はい。次に、王都の城壁外にあるスラムに関してです。彼等へも出来る限りの支援を。もし叶うならば、難民として我が領への移民許可でも構いません。実は、近々近領から大量の難民が流れ込む事も予想されますし…」

「なるほどのぉ…スラムに関しては王都の抱える大きな問題であったの。もし卿が良いのであれば、移民を許可しよう。ああ、移民全員に生活保障金も幾何か渡す事も約束しよう。それと卿の領に流れ込む難民は、わしの名に於いて転領を許す」

 ま、元々没収する予定の貴族や商家が溜めこんだ予定外の収入なんだから、大盤振る舞いでも国として腹も痛まないはず。

「そうしていただけると、大変ありがたく思います。孤児達やスラムの人民達への保護と十分な教育を施せば、将来国にとってかけがえのない人材となる可能性や、労働力となるはずです。また王都の治安向上も見込めるはずです。これが適うのであれば、陛下が民を想う善政を敷いていると、世間では大いに評価される事になるでしょう。後世の歴史書には、賢王として名を残す事になるかと…」

「なるほど、卿の狙いが見えたぞ! わしには歴史に名を残す栄誉を、内務卿には将来の文官候補と労働力が増える事による王都発展の加速という手柄を、軍部には治安向上における警備費と人員の縮小または他へまわす余裕を与え、卿自身は移民たちという大量の労働力が手に入る…か! それを差し押さえた金品で賄うとは…さすがじゃ、トールヴァルド卿!」

 ま、これはおまけみたいなもんだけどねぇ。


「さすがはアルテアンの神童と言われた、トールヴァルド卿ですな。今すぐにでも私と職を代わって欲しいぐらいです」

 いやいやいやいや、内務大臣さん! まだまだ頑張ってくださいって。

 ってか、誰が神童なんて言ったんだ?

 この先、恐怖の大王さんともやり合わなきゃいけないんだし、そもそも俺は田舎でのんびり過ごしたい派なんです。

「またまた、御冗談を。私に大臣など勤まるはずないではないですか~」

 え、何…その顔? まさか、マジですか? マジなんですか!? 

 これは危険な兆候だ! 三十六計、逃ぐるにしかず!

「そ…それでは他にもまだ領地にて仕事がありますので…これにて失礼をば…」

 え、大臣さん、何で俺の左肩を掴むの? ちょ! めっちゃ力入ってますけど…

「そんな急いで帰る事も無いでしょう。ゆっくりしていって下さいよ。陛下もそう思われますよね?」

 ちょちょちょ! なんで陛下は右肩掴んでるの!?

「もちろんじゃ。トールヴァルド卿よ、まだまだ時間はたっぷりある。今宵はゆっくりと語り合おうぞ…そう、色々とな…」

 え、俺、嫌だよ? 何でおっさん2人で俺に詰め寄るの? 顔が近い近い!

「メリルも今宵は妃と王太子とゆっくり語り合うが良い。そうじゃ、城に部屋と食事を用意しよう。そうそう、風呂も改装して広々としたものにしたのじゃ。トールヴァルド卿の所の温泉には劣るが、なかなか良い眺めなのじゃぞ。アルテアン伯も今宵は共に呑もうではないか…いや~楽しいのぉ~大臣よ!」

「誠に誠に。ささ、トールヴァルド卿…行きましょうか…」

「え、ちょ…俺は帰りますー! 帰りますったら! 帰るんだーーー!!」


 無駄な抵抗でした…

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