シスコンは基本、空気を読まない男が嫌いだ。
『ナンパ』とは男女問わず欲望に飢えた連中ことだ。
その欲望とは様々であるが、満たす為に相手の都合など無視して関わって来る。
つまり自分勝手で鬱陶しい、人種でも別種族な連中ということだ。
「だから合法的に始末しても大丈夫。ナンパどもはさっさと絶滅しろ」
「いやいや! 極端過ぎじゃねぇ!?」
俺のセリフに唖然としていた武が手を振って否定してくる。やれやれ、こんな暑い中でナンパとは別で鬱陶しい奴だ。
「スルーしかけたが、よく聞き直すとヤバいこと言っているって自覚ある?? いきなり呼び出して何がしたいんだよ」
「言わなかったか? 今日は葵のお出かけ日だ。1人でな」
卒業間近でも小学生の葵1人ではまだ早い! そう凪や親たちにも進言したが、過保護も程々にと却下された。
葵本人にも説得を試みたが、なんでもどうしても1人で買いたいのがあるそうで、ムっとした顔で同行を拒否された。……心の中で泣き崩れたよ。
なのに話を聞いた武はというと……、
「まったくその通りだろう。ここ最近のお前の過保護振りは病気レベルだ。1年ちょっと前はあんなに避けてたのによ」
「その分、甘やかすようにしてるだろう」
自慢ではないが、言ったらキリがないぞ?
巨大な雪だるまから始まって、正月の神社乗っ取り、スケート場の氷像手作り、バレンタイン殺人事件(男限定)、メリーゴーランド改造計画、ホワイトデー抹殺事件&ホワイトデー3000倍返しプロジェクト、6年生お祝いパーティー、球技大会優勝計画&球技大会暗殺事件などなど……夏までの間に色々なイベントがあったが、まだまだ恩を返し切れていないと思ってる。
「もちろん夏の方も考えてあるさ。水着絶賛編から感動編まで、プールも海も占拠する計画があるから男避けもバッチリだ。なんならホテル付きの特別ビーチを用意も考えてあるが、何か希望はあるか? 特別に誘ってやるから言ってみろよ」
「何処から突っ込めばいいか分からな過ぎて、もう限度があるわっ! いくら葵ちゃんが可愛いからってやり過ぎなんだよ! たくっ! 少しは抑えろ――ってちょっと待て。まさか……今日の目的ってのは……」
頭痛そうに叫ぶ武がハッとした顔でジトと睨んでくる。
察しのいい奴だ。俺はニヤリと答えてやった。
「安心しろ。暗殺は得意分野だ」
「知りたくもなかったわ! ていうか巻き込むなよ! オレただのスポーツ系男子だぞ!?」
「これを見ろ。今日の葵の行動予定だ」
「聞けよ!? 人の話っ!」
青ざめた顔を手で覆っている武にスマホを見せる。
無理言って凪に取り寄せて貰った葵の本日の買い物コースを地図化して画面に映した。
「予定通りならあと10分足らずでここから地下鉄に乗り込む予定だ。3つ先の駅で降りてそこにあるデパートに用があるらしい。痴漢の方は凪の助言で女性専用車両に乗るように告げてあるから電車内は大丈夫だろうが、念の為、俺は先周りして目的地の駅で待ち伏せる。お前は同じ普通車両に乗り込んで葵を見張ってろ」
「お願いだから聞いてください。シスコンも度が過ぎるともう犯罪レベルなんだよ! てかよく九条も手伝ったな! あれか!? 面倒になったからコイツのお守りを全部オレに投げたのか!?」
「通信はイヤホンマイクで行う。用意したからすぐスマホと繋げろ」
「やめてぇ!? スパイ映画みたいにしないで!? あああ、もう会話が成立してねぇ〜!」
愕然としている武に指示を送って、葵が来る前に俺も移動を始める。バレないようにしないと……葵の身は俺が必ず守る!
「ナアアアアアアアア!? なんかカッコよく決めてるけど嫌な予感しかしねぇェェェェェ! チキショウッ! もうヤケだァ!」
と、なんか武が吠えていたが、俺は気にせず駅の方へ向かうのだった。
「っ」
『痴漢』―――彼女は朝からついていなかった。
寝坊から始まったが、原因はスマホの目覚まし設定のエラー。運悪く鳴らず気付いた時には予定の三十分以上後の起床となった。
女性の朝準備は男性よりも大変だが、どうしても外せない用だったこともあり、最低限の身支度のみで朝食は抜いた上で駅まで走った。
走ったことで長い髪が乱れてしまうが、駅で整えればいいと妥協してどうにか間に合う時間帯の電車に乗ることができた。
(ど、どうしよう……)
最大の失敗は男女共同の車両に乗ってしまったことだ。
普段は女性専用車両を利用しているが、時間ギリギリで焦り間違えて共同の車両に乗ってしまった。
(っ、い、いや……!)
そして不運と言うべきか彼女は側から見ても美少女である。
アイドルのように男性たちの視線を引き寄せていて、白いスカートにピンクのシャツが清楚な雰囲気を与えている。
真珠のような彼女の黒い瞳を無警戒に直視したりしたら、二度見どころかそのまま吸い寄せられるに違いない。
そう、それはまさに【魅了】である。
清楚でありながら相反する要素を備えてしまった。無自覚な彼女のチカラであった。
目立ちたい女性なら喉から手が出るほど欲しがるかもしれないが、少なくとも被害を受けている彼女はちっとも嬉しくないチカラ。
(だ、だれか、助けてっ!)
人が多い時間帯の為に身動きが取れない。
似たような被害は何度もあったが、どうしても慣れず恐怖となって植え付けられ、涙が溢れ出てくる。
(だ、れか……)
逃げたくても、逃げられない。慣れない状況と恐怖が合わさって彼女を縛っていく。
密着するように背後から迫ってくる男の手、ジワジワと彼女の精神を削り取っていこうとイヤらしく手を動かしていき……。
「塵が、その汚い手を退けろ」
突然、別方向に捻じ曲げられた。
気色悪い男の悲鳴が木霊するが、彼女の精神はもう限界であった。
「……っ」
体の緊張が抜けてぐらりと傾いた。
立つことが出来ずそのまま倒れようとしたが、そこでさっきまでとは違う腕によって支えられる。
「おい、おい大丈夫か?」
不思議と嫌な気配はなかった。
どちらかと言えば無機質な感じで、熱くなく冷たくもない体温。
「やれやれ、どうやら困った女に引っ掛かったようだ。妹の護衛のつもりが、まさかこんな面倒に立ち会うとはな」
最後に聞こえたのは呆れたようで面倒そうな男の声。
緊張と疲労がピークとなった彼女の意識はそこで途切れてしまう。
きっと大騒ぎになって待っている友達にも迷惑が掛かると、心の中で謝りながら、沈んでいく意識に身を委ねてしまった。
「――?」
何か音がした気がした。
耳元でガンガンと響くように。
「――えで?」
聞き取りにくいが、次第にわかってくる。
響いていたのが声だと分かるくらい音が安定していき。
そして―――。
「
「楓先輩、大丈夫ですか?」
「……ふぇ?」
耳元で呼ばれて目が覚めると、そこは待ち合わせ場所であったデパートの前。
何故か近くの休憩スペースの椅子で座って、目の前には待ち合わせをしていた二人の友人の女性が立っている。
一人はプンプンと腰に手を当てて怒った様子で、もう一人は少し小柄で先輩の彼女を見つめていた。
「え、し、
「え、じゃない! 何してるの、こんなところで!」
「心配したんですよ? 連絡も来ないから探そうとしたら、すぐ近くにいたからビックリしました」
「あ、あれ?」
凛と呼ばれる少女に言われても、唖然とした様子でどう言っていいか分からない楓。
戸惑う彼女に栞と言うポニテの女性も首を傾げるが、彼女の疑問が解消されることはなかった。
「はぁ、楓は可愛いんだから外で寝てたら危ないでしょうが」
「せめてここに居ると連絡してくれたら、こちらも安心したんですが」
「ご、ごめんね」
「まぁいいわ。……ほら、行こう?」
「う、うん」
栞が伸ばした手を彼女は掴むと起き上がる。
あれ夢だったのかと戸惑ってばかりだが、栞に引っ張られるように彼女もデパートに入る。
非常に怖い夢であったが、彼女もまた女性。
友達たちとデパートを満喫しているうちにすっかり忘れてしまっていた。
「……」
そんな栞と楓の様子を後ろから見ていた小柄な凛がスマホを操作。
“大丈夫なようです。本当にありがとうございます。”と短い文であったが、送信してスマホしまうと二人を追いかけるように早歩きして行った。
「どうしてここに居るのかなぁー? おーにぃーちゃーん?」
「さ、さぁ、ど、どうしてでしょう?」
はいどうも、現在葵の前で正座中の俺です。
バレないように妹を警護しようとしたが、同じ車両にいた馬鹿を成敗した所為で見事にバレてしまった。
目立たないように馬鹿を始末しようとも思ったが、人の目があり過ぎるからちゃんと撮っていた証拠を突き付けて駅員に預けた。……その際、色々と事情を聞かれそうだったのが少し面倒であったが。
問題は気絶してしまった女の子の方だが、駅から連れ出すのに凄く苦労した・
本来ならそのまま駅員にでも預けるつもりだったが、彼女が持つスマホの偶々映っていた通知のメッセージ画面と彼女の体から放出されている『厄介なフェロモン』に危機感を抱いて、少し強引であったが連れ出すことにした。
感じる力の流れから無自覚だと判断した。
彼女は珍しい異能を宿している存在だ。
それも体に変化を起こす身体型の恐らく【媚薬/フェロモン】に近い能力だ。
ギューギュー状態の車両内部、それに男に異常に接近されたことによる恐怖とストレス。
コントロールされていない異能が暴走状態に入って、あの車両は一種のハイテンションなステージになっていた。
幸い女性が少なかったから実際の被害は彼女だけだったが、他の連中もかなり危うかった。何人かの乗っていた女性の身もかなり危険な状態だった。
連れ出して人気のない場所ですぐ俺の異能で無力化に成功したが、気絶したままの彼女をどうするか。
幸運なことに一番簡単な解決策は、向こうから通知メッセージとして届いた。だから寝かせる場所を目的地の近くして、後のことは後輩の彼女に任せることにした。
そして厄介な荷物も降りてくれたので、俺の方も目的の監視を始めようとしたところで、丁度同じ駅に到着した妹とバッタリ遭遇してしまったわけだ。
「だから止せって言ったんだ。完全に自業自得だな」
ついでに武も合流済み。って、余計なこと言わず、さっさとどっか行け!
とそこで惚けている俺に訊いても埒があかないと判断したか、妹がクルリとにこやかに武に尋ねるようだ。
ふ、無駄なことだ、妹様よ。
大親友であるアイツが簡単にダチを売るはずなんかないって―――
「たけしおにぃちゃん」
「シスコン拗らせた零の暴走です」
「何言ってくれてんの?」
タァァァァァケェェェェェシィィィィィィッ!!
こうして尾行しようとしたことがバレてしまった俺は、しばらくの間、プンスカ怒った葵から口を聞いてもらえないツラーイ罰を受けることになるのだった。
ぐすん、ただ心配だっただけなのに……
思考の底で藤堂楓という女性のことを記憶しておくことにした。
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