主人公にとってバレンタインデーは命懸けだった件。

 『バレンタインデー』とは、女性だけでなく男性にとっても重要なイベント。

 年に1回というだけあって、日本全体が『チョコチョコ祭り』となっており、『関係企業』どころかそうでないところでも力を入れているそうだ。……俺からすれば、まぁ見事に便乗して儲ける気満々だなぁと言うだけであるが。


 学校でも女子たちが『義理チョコ』『友チョコ』や『本命チョコ』を用意。大半はそれぞれ手作りか人気の高いお店のチョコを『友チョコ』として同性の女子たちに配っている。放課後だから学校もある程度許しているけど……あんまり食っていると太りますよ?


 そして、その様子を隠してるつもりで全く隠せていないソワソワ男子たちにも配ったりしている。意外そうに見えたが、アレは手作りからほど遠い『10円チョコ』なのは一目で理解し、子供を見下ろす母親のような女子たちの憐れむような表情を見て納得した。……あんたら完全に男子扱いされてないよ。



 俺は遠慮した。

 いや、強気とか意地とかではなく、昔から知り合い以外からは貰っていない。

 しかも知り合いなんて凪か由香さんだけ。特に気にしたことはなく礼だけしてさっさと食べた。だからそれがどの種類のチョコなのかは不明であるが、訊こうとも思わない。それだけ去年までの俺が無頓着で冷めた人間だったというのもあるが。



 今年から発生した問題は、それらの事情を遥かに飛び越えていたからだ。


 何故なら今年から……




「はい、おにぃちゃん! わたしからチョコだよ!」

「あ、ありがとう」



 満面な笑みで手渡ししてくるのは天使な妹の葵さま。

 去年までは一方的に避けていた関係であるが、クリスマスイブの一件以降、地道に関係の回復を試みたことでこうして笑顔を向けるくらい仲が良好なものへなっていた。癒しサイコーッ!


「おにぃちゃんのために特別大きいのにしたから全部食べてねぇ? お父さんはこっちのちっさいのだから」

「ああ、本当に小さいな」


 さすがに『10円チョコ』ではないようだが、小さな袋から漏れ出ているを見た限り、こっちと同じで毒性はしっかりあるようだ。……親父よ。さらば───。


「俺のは本当に大きいな。キロはありそうだ」

「うん! なぎおねぇちゃんに選んでもらったの! 『業務用2キロ』だって!」

「うん。凪のやつ、どうやら本気で俺を殺したいらしいな」


 もしかして今まで適当に相槌を打ったことを根に持っていたのか。

 妹さまの手作りチョコダークネス・チョコを前に、確信犯であろう幼馴染を呪いたくなった。どうせ無理だろうが、仮に恨んでても2キロはやり過ぎだろうと不満を言いたくはなる。


「はい、おにぃちゃん! 一気にどうぞだよ!」

「あ、うん。そうだね」


 それもこれも妹の壊滅的な料理センスを去年まで知らなかったことだ。初めて妹の手作りのご飯───卵巻きを食そうとした際に俺を見ていた母さんの慈悲の表情。あの時点で気付くべきだったと朦朧とする意識の中で激しく後悔した。


 親父も知っているが、父としての威厳がどうのと言って毎回残さず食べているらしい。



『いずれお前にも分かる時が来るさ。魔獣との戦いとは違う。どうしても逃げられない戦いがそこにあるのを』



……聞いた際は馬鹿なのかと半目で見ていたが。何故毎回死地に赴こうとするのか。脳に障害でもあるのかと本気で心配になったが……。




「お兄ちゃんガンバル」



 しばらくして俺も馬鹿になりました。

 え、拒否って? 何にそれ美味しいの? 毎回食べてますが何か!? 毎回死にかけてますが、何か!?


「うん! 食べて食べて〜!」

「ハハハハハ」


 そしてキラキラした天使様の眼差しを前にふと思った。



「……逝くか」



 ああ……今日こそ死ぬかもしれないな……と。




 そんな感じが俺の『バレンタインデー』の日常であった。

 その後、どうにか毒物を浄化し切ったが、ニヤニヤした凪からの『謎チョコ』と慈愛の由香さんの『義理or友チョコ?』を頂くが、何故か2人して食べるところをじぃーと見て非常に食べづらかった。



 ちなみに今回も種類については問おうとは思わなかった。


 余計な爆弾を抱え込む度胸など、昔も今もなかったから。

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