交渉の筈がテニスみたいな異能勝負。
『テニス』を知っているだろうか。
運動系の競技なら『野球』や『サッカー』に並ぶものだと個人的には思っている。
『テーブルテニス』と呼ばれた『卓球』が誕生するくらい人気がある。世界でもトップクラスの競技の1つであったが……。
もし……そのテニスを異能使いがやったらどうなるか?
事前に連絡して合流した凪が楽しそうにカメラで撮影している中、俺は相対する2人に握っているラケットを向けた。
「さぁ、どうした? もう終わりか? 榊、英次」
「ま、まだです!」
「ゼェ……ゼェ……何でオレまでテニスやってんだ!?」
ラケットを杖代わりにしてこちらを睨む榊。
小学生でありながらよく頑張っていたが、やはり体力面ではこちらの方が圧倒的であった。家で鍛えられていたようだが、着替えた体操着が汗で染み込むほど消耗していた。
で、何か喚いている英次はというと。
「榊の為のハンデだろうが。2対1ならちょうどいいだろ?」
「いや、お前みたいなバケモンじゃハンデにならないだろうが!」
「ゴチャゴチャ言ってないで次行くぞ」
同年代として情けないと思う。尚も喚く英次を無視してボールを放り上げる。
「榊1球だ。1球でもちゃんと【黒夜】の球を無効化して返せたら君の勝ちだ」
「っ! 言われなくても……」
俺の異能で黒く染まった球だ。特別な破壊能力はなく、異能をただ消すだけのものだ。
それを肉体は強化せず元々の身体能力のみで打ち出す。中々の弾丸サーブとなったが、それをしっかりと捉えた榊が動き出す。
「【水蓮】!」
彼女の前に大きな水で出来た睡蓮の花が出現する。
壁のように張られると迫って来る俺の黒き弾丸サーブを正面から受け止めようとしたが。
「っ───榊さん避けて! らっ!」
未来視した英次が叫ぶと彼女の前に移動していた。
次の瞬間、水蓮を突き破った黒きボールを紙一重で返して見せたが。
「甘い」
「容赦なさ過ぎだろ!」
放り上がったボールをスマッシュで叩き込んだ。
流石に間に合わなった英次がフラつきながら叫んでくるが。
「実戦から離れてる立場だからって、いくらなんでもなまり過ぎじゃないか? ここらで一度絞り直したらどうだ?」
「ハァ、ハァ……そういう狙いか!」
やはり察しがいいか。ラケットを握り締めて英次は軽く息を吐くと。
「絶対に見極めてやるよ。お前のクリティカルポイントを……!」
「やってみな」
榊のスカウト話から離れている気もするが、面白くなってきた。
呆然としている彼女を放置して、久々に本気になった英次に球を打ち込んだ。
「うん、目的からズレ出したけど、良い画になりそうだね」
その様子を撮影して楽しむ凪が笑みを浮かべて何か言っていたが。
集中していた俺は気づくことはなかった。
て言っても急展開過ぎるよな。
とりあえず話を試合前まで戻すことにする。
「何でいきなりテニスを?」
「ん? 普通にやるより面白いと思ったからだが? やっぱり異能を使うにしても楽しまないと」
「は、はぁ?」
困惑した様子の彼女は榊凛。小学生ありながら異能者だ。
スカウトマンの英次の頼みで彼女のスカウトを手伝うことになったが、思った以上に頑固な娘であった。
正直英次の下準備不足が大きな原因だと思うが、手伝うと言った手前このまま放置するのは目覚めが悪い。
「あ、もしかしてルールとか分からないとかか? 別に打ち返すだけでいいから、ルールに関しては気にしてなくていいぞ?」
「あ、いえ、ルールは確かに分からないで助かりますが……こんな一目に付く場所でやって大丈夫なんですか?」
不安そうな榊の言う通り、場所は近場のテニスコート。
一般の人でも利用可能な場所でコートの外からも普通に見える。こんな場所で視認出来る異能を使ったりしたら大騒ぎになるだろうが。
「はぁー心配ないよ。周囲への隠蔽操作はこっちで済ませたから。……まさか、テニスをやることになるとは思わなかったけど」
疲れたように打ち込んでいたスマホをしまう。
情報操作を専門にする連中にでも頼んだか。異能世界でも裏方に属している英次の手腕だが。
「何言ってるんだ? お前もやるんだぞ。テニス」
「は?」
「小学生が相手ならしっかりハンデを付けないとダメだろう」
そう俺が告げると黙って聞いていた榊も反論を口にしていたが、体格差があり過ぎることと、条件をしっかり告げたところで渋々ではあるが英次と組んでくれた。
問題は着替えやラケットであったが、それは呼び出した凪が用意してくれたのですぐ解決した。子供用の運動着は妹の葵の物がピッタリだった。
そして話は最初に戻る。
凪の撮影は少し面倒な気はしたが、もう恒例だと受け入れた。絶対に身内や友達にバレないことを条件に、榊にも了承を取ったところで試合を始めたが……。
「な、なんですかあの2人は……」
「まぁ、こうなるよね」
すっかり疲れた切ってしまった榊はもうコートの外だ。
自然と撮影ている凪の隣で座って、疲労から肩で息しながら、テニスと呼べるか怪しいコート内の激突を目撃していた。
「はっ!」
「なんの!」
打ち込んだスマッシュを先回りした英次が弾く。
続いて打ち込もうとした先にも、すでに移動していた英次が打ち返してくる。
大野英次の異能───【天言】は、映像やコンマで視える。
未来視、予知、予言なども使えるそうだが、今使っているのは断片的な少し先の未来の映像だろう。
「手加減しろ零! こっちは完全に素人なんだぞ!?」
「とか言いつつ余裕で返してるだろ!」
かつて共に修業した仲だ。裏方に回り討伐系から離れていたが、言うほど鈍っていなかったか!
「せっかくだから手本で【黒夜】のボールも返してみろよ!」
「簡単に言うな! オレの異能は攻撃系じゃないんだぞ!?」
なんて言っているが、異能の源である『心力』をラケットに込めていく英次。
俺が放った渾身の球を前にして、【天言】を活かし打ち返せるルートを割り出した。
「で、あなたはどうする? スカウトの話はやっぱりイヤ?」
「わ、私は……」
「もしもっと強くなりたいと思ってるなら来るといいよ。あの2人……特に零は世界でも間違いなくトップクラスの異能使いだからさ。一緒に居ても損はないと思うけど?」
「トップクラス……」
「分かるよ。強くなりたいんでしょう? 私もそうだったから」
凪と何か話している榊がこちらを見ている気がした。
そして、かなり脱線してしまったが、新しい仲間として榊凛が加わることになった。
何か気が変わったのか、何故か尊敬の視線と表情をして俺にきっちりと挨拶していた。
「だぁぁぁぁ! 負けたぁぁぁぁ!」
ちなみに勝敗は俺の勝ちであった。
本気で戦って負けたので悔しそうにしていた英次。
「ふふふふ、こっちはまた良い画が撮れたよ」
嬉しそうに微笑んでいた凪が持っているカメラが怖かったが。
後日、凪が利用している動画サイトに『リアルテニ』とかいうタイトルで流れて、また学校で騒がしくなってしまうのだが、それは別の話である。
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