こっそり守る苦労人 短編中。
突然別世界に連れて来られても、魔法使いは動じてなかった。
召喚された肉体の弱さに不振に思ったが、どうしてか深く考える必要がないと疑問を放棄した。
目の前に立つ覚えのない制服を着た青年と向き合う。
何故か青年が驚いて叫んでいたが、気にしない魔法使いはさっさと片付けようと、魔法を使って肉体を強化していた。
(まずは手始めだ)
無属性の
まずその惚けた顔に一発入れて、グラつかせてたところで腹部に蹴りを打ち込んだ。
ボールのように蹴り飛ばされた青年は、屋上に設置してあった背後の巨大なドラム缶に激突。
校舎の壁なども巻き込んで壊して、それらの下敷きとなった。
(少しやり過ぎたか? ……ん?)
あまりにも呆気ない結果に訝しげな顔をする魔法使いだが、すぐに瓦礫の中から出て来た青年の変化に気付く。
(気配が変わった。表情からも読み取れなくなった)
雰囲気の変化から本気になったのだと悟る。焦っていた顔が一変し無感情なものになると、こちらを捉える黒き瞳から背筋が震えるような悪寒を感じさせた。
「行くぞ」
(速い!)
そして呟くと向こうから仕掛けてきた。しかも、強化した魔法使いに負けない速度で地を蹴り、一瞬のうちに懐に入り込んで来た。
『この世界にも超人がいたか! 面白いな!』
風圧を乗せて繰り出された拳。顔を僅かに動かし躱した魔法使いは、不敵な笑みを浮かべながら伸びた青年の腕を掴んだ。
力任せに振り上げる。片手の一本背負い要領で地面へと叩き付けて、コンクリートの地面が砕ける威力で青年の体がめり込むが……。
(眉ひとつ動かないか。痛覚を切っているのか?)
無表情のまま顔色が変わらない相手を見て、魔法使いの脳裏に疑問符が浮かぶ。
ならばもっと試そうと続けざまに拳を打ち込もうとするが、拳を構えたところで魔法使いは掴んでいた手を離す。
『っおと!』
投げて落としたことで下げていた上体を勢いよく起こした。――頭部を狙って蹴りを寸前で躱した。
「シッ!」
『うぉ!?』
が、相手は蹴り上げた脚の力を利用してバク転しながら起き上がる。
すぐに仕掛けてくるかと身構えたが、青年は起き上がったままこちらから後ろを向いて止まっていた。まるで人形のような直立不動の姿勢だ。
『ここまで動きに感情が見えないタイプは初めてだな。まるで幽霊だ』
いよいよきみ悪そうに目で青年を見る魔法使い。すぐにでも仕留めたいところだが、さっきのやり取りで接近戦は危険だと理解しており、不用意に攻め込もうとはしない。
すぐさま遠距離から魔法攻撃に転じることにした。
『“
魔法使いの周囲から無数に発射された無色の矢。
青年を襲おうと迫ってくるおよそ百本の矢を前にしても、無感情な青年の表情は変わらない。螺旋状に囲って来る矢の気配を感じたか、包囲される前にその場から跳躍した。
(迷うことなく躱したが、空中じゃ避けれないだろう!)
遅れて矢が彼がいた地面に無数の風穴を開けるだけで終わるが、魔法使いは冷静に跳躍した青年を捉えていた。
『逃すか――“
待っていたかのように両手から放たれた灼熱のレーザー。
空中で動けない青年の背後へ一直線に伸びていく。空中移動ができなければ、回避不能な一撃だ。
魔法使いの攻撃は青年を確実に捉えていた。
「纏え――」
しかし、そこから青年が取った対応は、冷静な魔法使いの顔を驚きへと変えた。
『な……!?』
未だに動じた気配を見せない青年を異様なものを見る目で見上げる。
変わらず背を向けたまま、ただ一つだけ変化した黒く染まった片腕を見つめた。
(避けたのならまだ分かるが、まさか鉄すら溶かして貫く高熱の光線を片腕だけで止めただと? ……あの黒いのはいったい何だ?)
人間の体はそんなに丈夫だったか。思わずそう考えてしまう魔法使いの視線の先では、“
「熱いな……(ポンポン)」
『いや、火の粉で済む火力じゃない筈なんだが……』
灼熱で赤く染まった制服の袖を払っているが、本来なら制服も跡形もなく炭になってしまうレベルのレーザーの筈。ホコリでも払うように片手で叩くと、火の粉が散り隠れていた黒色がよく見えるようになった。
(なんだアレは……魔力は感じないが、異能系か?)
違和感を感じて魔眼を使用する。黒色で染まっている片腕の部分……“
『……分からないな。とりあえず色々と試さないとダメか』
理屈は不明であるが、こちらの魔法を防ぐ能力。
魔法使いは一層警戒を強めていると、高く跳躍していた青年がようやく降り立つ。
「……ただのレーザーかと思ったが、防御に回した腕に衝撃が来たな」
ジッとガードした自身の腕を見つめながら呟く。何を考えているのか読み取れない顔で見終わると、やっと振り返り魔法使いを一瞥して……。
「解析完了だ。分野は全く異なるようだが、これなら俺の能力も通じそうだ」
『なに?』
納得したように頷いてボソリと呟いた。微かな声だったが、魔眼を使用していた男はその口の動きだけで読み取れる。
しかし、理解が追いついてなかった。
『って、いつ取り出した?』
「いつだと思う?」
刹那、青年の手元には黒き槍が握られていた。
警戒を解いていたわけではないのに、魔法使いはいつ出したかも分からず、鋭い刃先を向ける相手に注意を向けるしかなかった。
***
俺が持つ異能の【黒夜】は、名の通り黒き夜の如き色をした特殊な物質だ。
この世に存在するあらゆる物質に対し、いかなる殺傷も行うことが出来ないが、代わりに『心力』や『瘴気』といった異質なチカラに対してのみ牙を剥く特異型。
それらの存在そのものを消して無へと帰す能力――“
勝手に戦闘が始まってしまったが、まず確かめたのは、相手が利用するチカラに異能が通じるかどうか。
それを判断するのは非常に難しかったが、結果として男の攻撃を異能で防ぐことは出来た。
少々危うい場面もあり、火のレーザーが飛んで来た時は少なからず驚いていたが、肉体を強化した腕に【黒夜】を纏わせたことで、防いだついでに効果の確認も取れた。
仮に異能を効かなくても、最悪強化した肉体のみで防ぐ予定だったのだが、無事に効いていた。
心力や瘴気とも別であるが、男のチカラにも通じたのでそれがハッキリすれば以下の分析も簡単だった。
普段の何倍も回転する脳内処理で、【黒夜】の消費した状態から相手のチカラを分析する。
仮定も含まれているが、ある程度の余裕を見て対応すればチカラを弾くことが出来ると理解した。
なら取る選択は一つだった。【黒夜】で創り出した槍を構えると、距離を取っていた相手が警戒し始めたが、今の俺には相手の呼吸も気配と共に読み取れていた
周囲の余計な音が消えて敵を掌握しようと意識が動く。
知り合いに未来視がいるが、見なくてももう俺には分かっていた。
「シッ……」
瞬きするのが分かった俺は、相手が
緩やかでも疾風の如く、槍の射程圏まで持ち込んだ。
ゆっくりと開く片方の瞼の奥。
相手の眼球へ鋭い突きを放つ。
『──!?』
男からしたらまるで瞬間移動したようなものだろう。
しかし、不意でも反応はしっかりしており、瞳を狙う“黒き一槍”を直前で顔を横に動かして躱す。頬を
その際、掠めた筈の顔に傷が付かず疑問の顔をしたが、それも一瞬のうちに消える。
『“
接近戦は避けられないと覚悟したか、槍で突いた俺に向けて拳を打ち込む。
今度の拳には無色のオーラが凝縮されて、さっきの矢よりも明らかに危険を感じ、顔を狙った拳を体を捻らせて躱す。躱した勢いを殺さず回転しながら蹴りを放つ。狙いは相手の首元だ。
『っ……こいつ!』
男は回転蹴りをオーラが凝縮された腕でガードする。払うように俺の脚を弾き、もう片方の腕から炎が噴き出させる。
轟音の所為で聴こえづらかったが、『“
その動きも読んでいた俺は片足のみで後退。同時に黒く染まった片手で迫っていた炎の拳を受け止めた。
「……威力が強いな」
『また止めたのか!』
本来なら手が焼けて吹き飛ばされるほどの威力のある拳だが、異能によって熱は相殺した上、拳に回っていた威力も後退したことで後ろを流し抑えて込んだ。
『読みも良いようだな』
「どうだろな」
至近距離で銀の瞳と黒の瞳が睨み合う。……そこで微かに相手の瞳に何かチカラが巡ったのを確かに感じた。
そこからどちらが共なく手を引く。
何か嫌な予感を感じた俺は危険だと分かっても後退せず、敵の領域に一歩踏み込んだ。
『“
だが、こちらが踏み込むよりも早く男の方が素早く後退。一瞬のうちに手から火の鞭を出して放って来た。
「……くッ!」
それを見た俺はすぐさま“黒き槍”を振り投げる。予備動作をする暇もなかったが、鋭い投槍が蠢く真っ赤な蛇の鞭を見事に潜り抜ける。
同時に男の方へ俺が投げた鋭い黒槍が、
男が振るった真っ赤な燃える鞭が投げた体勢だった俺に迫っていた。
『ウッ』
「ちッ……」
そして互いの飛び道具が直撃する。僅かに呻き声が漏れると二人共に倒れてしまった。
男の肩に槍が深々と貫通して、俺の左脇に鞭が届くと一瞬で爆発した。
一応【黒夜】と【武闘】の二重層で防いだが、衝撃を押さえ切れず体勢が崩れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます