ヒロインな妹を差し置いて武の件。

 『キャチボール』───それは、子供から大人まで暇なら知っているありふれたスポーツ。と呼べるか怪しいが、野球ボールが多く利用されることが多い。球技に全般と言ってもいいが、今回使われたのは野球ボールであった。


「シャッ! バッチ来ーい!」


 片手でグローブをバシバシと鳴らして促す武。やる気満々な様子でキャッチャー姿勢して遠くの俺に声を上げたが。


「おー」


 生憎と武ほどのやる気はない。気の抜けた声で答えると片手にはグローブ、もう片方にはボールを握り締める。


 正直に言うとまともに野球をした経験はない。遊びや授業でそれっぽいのをしたことはあるが、知っているのは基本的なルールのみ。テレビでも野球はほとんど見て来なかった(テレビ自体ほぼ見てない)。


 投げるのは俺なのでそれっぽい構えを取る。両手を振り上げると、体を捻らせながら片足も上げる。参考資料など過去の記憶しかない見様見真似であるが、ノーコンはさすがに恥ずかしいのでコントロール重視で狙いを定めると……。


「らゃ」


 投げた。『』を狩る時の槍投げの感覚で。


「……」


 ドッカーン!! なんて絶対鳴ったらダメそうな爆発音が武のグローブから響いた。



「……て、手がイテぇぜ……」



 グローブ越しに手を押さえると力尽きたように倒れ込む武。ボソボソと何か呟いていたが、さすがに距離があったので微かにしか聞こえない。(*充分凄い)

 事態が飲み込めず傍に転がっている野球ボールと、自分の手のひらを見つめながら首を傾げた。


「加減ミスったか?」


「そういう問題かな?」


「そうなのか?」


 呆れたような苦笑顔で寄って来る凪。俺は小首を傾げるしかない。だって慣れてないんだもん?


「なんだか武君が不憫だねぇ。お願いしたのは彼だけどさぁ」


 俺限定で読心が可能な凪であるが、どうやら「もん」については一切ツッコミする気はないらしい。不器用な俺なりの……いえ、何でもありません。だからスマホをチラつかせて妹に電話しないでください! 葵からの説教が1番辛いんだよぉ!


「だったらちゃんと相手してあげなさい。そもそもの切っ掛けは君なんだから」


「そ、それはそうなんだが……慣れてないんだからしょうがないだろう」


 そこで溜息を吐かれても……。確かに俺が切り出した話であるが、まさか野球勝負になるなんて思わなかったんだ。



******



「零! 勝負だ!」


「本気かよ」


 近場の公園で俺と武そして凪(見張り役)がいる。少し離れた場所から向かい合う。会話から決闘してするかと思われるかもしれないが、もっとスポーツ的な勝負で公園の広さを利用して野球勝負をすることになった。


 進級してすぐの中学2年の春頃。切っ掛けは盛大にやらかしたクリスマス。愛しい妹だけでなく周囲にも迷惑をかけた俺は、言葉では表せないくらい反省した。すぐ許してくれたが、それでは気が済まないと借りを返すつもりで奉仕活動をしていた。


 武がその1人目だ。妹の葵を差し置いてなんて思うところもあるが、兄である俺に遠慮気味な妹の場合、強引にやると泣いてしまう。まずは心の距離を詰めるのが先だと言う凪のアドバイスを聞きつつ、自分も後でいいと凪も遠慮していたので、こうして武の頼みを訊くことから始めたわけだ。


 まさか野球勝負になるとは思わなかったが。

 確かに武は運動能力が高いからスポーツ全般得意であるが、勝負事にするとは……。


「ちゃんと遊ぶのも久々だろう。中学上がってから全然絡んでも来なかったしよぉー」


「用事があったんだ」


 どんな用事かは間違っても言えない。とくに表情を変えないが、視線だけこっちを向いている凪と、思い出しながら不満そうにする武を見ながら、これが無視して来たツケかと心の中で苦笑した。


「最初は軽ーいキャッチボールから行こうと思うが、ホントに九条はいいのか? 一応予備でもう1つあるが」


「見ているだけでも充分だよ。それに映している方が面白そうだから」


 動き易いズボンぽい格好だから参加するのかと思ったが、スマホを片手にそんなことを言ってくる凪。撮影でもするつもりか? 刺激の強い映像は妹には見せなくたないが。


「刺激になりそうなことをしなければいい」


「そうだが、とりあえず読心術は止めい」


 そんな能力じゃないだろうが、と言いたいが武がいるので溜息で済ませる。片手に着けたグローブを開いたり閉じたり、武が用意して来たお古だと思われたが、意外と新品のようだ。意外と硬いグローブの感触を確かめつつ、もう片方のボールを見つめる。


「俺から投げていいのか?」


「ん? ああ、いいぞ! ちょうどいいハンデだ!」


 いったい何のハンデになるか不明だが、深く考えなかった俺は要望通りにまずキャッチボールから始めた。



******



「誰が頑丈な筈のゴムボールが焦げるような爆炎ボールを投げろと言った!!」


「思ったより元気だなぁー」


「誰の所為だぁぁぁぁぁ!!」


 どうやらお気に召さなかったらしい。要望では「思い切りぶつけ合いたい」「加減はしなくていい」「魔球とか出来たら面白いよなぁー」なんてあったから『魔球』っぽいの生み出したのだが……ダメだったみたいだ。


「普通に死ぬわ! てか、なんで生きてんのオレ!?」


 死ぬと思ったらしい。まぁ、目の前でボールが火の玉になったらしょうがないか。加減はしなくていいと言われたが。


「いや、しないと……死ぬと思ったから。なぁ?」


「なぁ? じゃねぇよ!? そんなボールをぶつけようとしたのか!?」


「アレで手加減したことになってたとは……」


 愕然とする武をよそに凪がぼそりと呟いている。手加減が足りなかったかな? 重苦しい表情で考えにふけていた。



 そこからは嵐のようなお題へと移った。


『イ◯◯ーのレー◯ービームを再現』


「あー……いくぞぉー?」


「か、かもん!」


 それほど声を上げてるわけではないが、声に反応して武が大声で答える。この距離でよく声が届くなぁ。

「頼むからさっきよりも離れた場所から投げてくれ!」と言う武のお願いで公園の端っこから端っこへ投げることになったが、さっきと同じキャッチャー姿勢の筈が遠目でもわかるくらい震えていた。


「はぁー」


 気の抜けた声を出しながら投げる。動画しか見たことないから分からないが、レーザーらしいからとりあえず───それっぽいのを投げた。

ビューン! と低い音と共にボールが一線の光となって、待ち構える武のグローブへと───。


「って、ガチのレーザーやん!?」


 ヒョッイ! とその場から跳ねて逃げる武と、その横を通り過ぎたボールが───バキッ!!


「武ぃ〜。避けたら意味ないぞ?」


「避けなかったらコンクリじゃなくて、オレが砕けてたからな!?」


「それを要望したのもお前だぞ?」


「マジ物のレーザーなんて誰が想像できるか! というかどうやったら出来るの!?」


 そう言われると説明し難い。ちょっとコツがいるので誰もが出来るのか、と言われると返答に困る。


「た、頼むから死ぬレベルの魔球を放つのは勘弁してくれ……! 助かっても寿命が保たないから……!」


 何故か焦った感じで叫んでいる武。心なしか泣いている気がするのは気のせいか? 怖いならもう止めた方がいいと思うが……。


「こ、こんなところで退いたら男が廃るわっ!」


 なんて言っているが、その声もガチガチだけどよろしいのでしょうか?

 面白そうな顔で俺の背後で撮っている凪に、確認するように顔を向けるが。



「───(Go!)」



 さいですか。

 にこやかな笑みでゴーサインを出していた。撮影の邪魔するなと言いたいのか、無言で武の方を指していた。

 諦めたように俺は、お題の続きを実践した。



『消える魔球の再現』


「やぁー」


「ぐぎゃー!? 消えてるからよけれねぇッ!? 速過ぎるし全然見えないッ!!」


スマホカメラこっちでも見えないねぇー。どうやって再現してるの?」


 ネタバラシは御法度では? 今度は無言で俺が視線を送ると肩を竦めた凪は、どうぞとお手を遠くの武へと向けた。遠目でも武の方は呆然としているが分かるが続行する。



『無数の球に見えるを再現』


「どの作品か知らないけど、そんな技ありかぁ!? どうなってんのその球!? 幻影だとしてもなんで全部地面や壁に当たってんの!?」


「無数に向かって来る豪速球を避けるとは……凄い映像が撮れたね。ところで本物は1つってホント?」


 球を用意したのは武ですからね。3つあるうちの1つしか使ってないけど、おかしいかな? ちなみにうち1球は弾けてしまったが、どうやら脆かったらしい。必死にそう言っていた武だったが、俺には自分に言い聞かせているように見えた。



『変幻球の再現』


「曲がれぇー、止まれぇー、走れぇー」


「もう球じゃないだろうぉぉぉぉ!! 完全に意思が宿ってるぞッ!!」


「転がる球とか乱れる球ならよくあるけど、言うこと忠実に従う球は……あるかな?」


 知りません。漫画も全然読まないし。とりあえず追いかけ回したが、ダメだったか?

 凪や武の話を聞いてると漫画とかアニメで似たようなのがあるらしいが。

 ……あれ、俺ってもしかして世代から遅れている? 気にしてなかったが、今度武にでも漫画を借りるべきか?


「お前には絶対見せんッ! あとエロ本あら可だッ!」


 バッサリ拒否されてR18禁ものを勧められたよ。とりあえず、そういう話は凪(密告者)がいる前ではやめようね? 容赦なくクラス全体に拡まるから!




 『破壊系の球の再現』


「これは……いいのか?」


「それはやめよう。いえ、やめてください。オレがとか関係なく公園が危ないから」


「確かにやめた方がいいね。……せっかく撮った映像がお蔵入りになるし」


 土下座勢いの武や凪の後半セリフを置いといても、俺もやめた方がいいと思った。

 というわけで満場一致でこのお題はなしになった。一応壁や地面に向けて投げるのも提案したが、弁償問題で済めばラッキーでヘタしたらテロ扱いにされると真顔で止められた。……なんやかんやあったが、スポーツ好きな武を満足させれたのならOKかな?


「あ、ああ、満足はしてるぞぉ? ただ、あの超常現象紛いな技を見ていると……何とも言えない気分に……」


「一言だけ助言しておくとね武君。零に関しては、気にしたら負けだよ」


 正直2人のやり取りには言いたいことがあったが、真っ青な武と悟ったような目をしている凪を見ていると、反論の声が出せなくなる。そんなに非常識だったのかと若干落ち込んでしまうが、被害が武のみに済んだことや最初の犠牲者が武だったと安堵して、これも経験だったと無理やり納得した。




「ところで九条さんやぁ? 零に聞いたら最初は君の番だったらしいけど遠慮して後回しにしたそうじゃないかー? ……もしかしなくてもこうなるって分かっていたからかァー?」


「ふふふっ、さぁー? どうだったかなぁー?」


「ははははっ……裏の暗躍者め!? 謀ったな!?」


 最後に何故か般若顔の武が凪にガミガミ叫んでいるシーンがあったが、冗談抜きで戦闘能力が高い凪相手では、ヘタに手を出せず歯切りするしかない武。まぁ手を出した瞬間、9割方返り討ちに合うのが目に見えてるからな。悔しいだろうけど、やめときなさい。



 去り際に凪から「家に戻ったら動画を編集するから投稿許可を欲しい」と言われた。そこまで深く考えてなかった俺は、プライバシーさえ守られているならいいと軽い気持ちで許可して……しまった。


 武のことで少なからず同情していた俺は油断していた。

 あの悪魔がそんなネタ動画を有効利用しない筈がないことを!


 後日、ユー◯◯◯ブで配信された俺達の野球動画を巡って議論が行われたらしい。具体的にはCGか本物か。大半はCGだと信じなかったが、モザイクがあっても俺を知るクラスメイト達から見破られて、後日うんざりするほど尋ねられることになった。


 あと、どんな手を使ったか知らないが、その過程で凪の懐が潤ったと噂で聞いた際、ニヤリとブラックな笑みを浮かべる幼馴染の姿が脳裏に過ぎった。考え過ぎでは……ないよなぁ。


 次の休日に凪が高ーい焼肉をご馳走してくれた。

 妹と一緒にゴチになって美味しかったけど、何故か凪の焼く姿が異様に怖かった。

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