クラスメイトのロリのじゃ娘は戦闘民族。

 『チャンバラ』とは、男子なら子供の頃に1度はしたであろう、ごっこ遊びのこと指す。


 ルーツは時代劇などで行われる『剣劇』と呼ぶ剣戟シーン。そこから派生が生まれて歌舞伎などでよくある『立ち回り』や格闘シーンに多い『殺陣』と呼び名は違うが、類似したものが多々ある。

 こうして調べてみると『チャンバラ』も奥が深い。子供の遊びだと馬鹿にするのは、映画のバトルシーンや時代劇の『剣戟シーン』も理解出来ない損した大人であろう。(*偏見である)


 ちなみに男子である俺も『チャンバラ』は嫌いじゃない。ちょっと斜め行くが、似たような経験もある。だからやりたいという者の気持ちも分からなくもなかった。


「ソリャァァァァ!」


「のは!? ちょっと!?」


 遠慮のない子供が相手でなければ、の話であるが。(*ここ重要)

 繰り出された鋭い剣撃(模造刀)を振るうのは、小学生───見える中学2年、つまり同期。


 今回の相手は、黒河くろかわ美希みきという名の『ロリのじゃ娘』であった。


 本人に言うとプンスカになるので言わないが、ロリの癖にめちゃ戦い慣れていた。家が武術の家系で空手部に所属しているからだろうが、見た目に反してとんでもなく強いのだ。


 黒髪ロリな黒河は同じクラスメイト。周囲との交流が苦手だった頃の俺にもよく絡んで鬱陶しく感じていたが、クリスマスの一件でこいつにも迷惑を掛けた。本人は気にした風ではないが、何かして欲しいことはあるかと尋ねると、待ったなしでこう言ってきた。


『剣でワシと勝負するのじゃ!』


 何故剣なのか? 答えは空手部なのが理由らしい。……何故?


「家の決まりなのじゃ! 拳での語り合いは正式な試合か練習の時、あるいは馬鹿どもの折檻の時みとな!」


 恐ろしい理由であった。要するに俺も馬鹿やったらその拳の餌食になると言うことだろう。黒河美希……恐ろしい女じゃな。


 そんな感じで学校が休みの休日の日。模造刀による『チャンバラ』が行われることになった。剣なら竹刀や木刀、あるいは柔らかな素材の方がいいと思ったが、リアル感が欲しいとのご要望だったので、お世話になっている知り合いから借りて持って来た。


 場所は近所の剣道場。こっちは黒河の知り合い関係である。普通はダメだと門前払いされるところだろうが、あのロリ顔に逆らえなかったか笑顔で貸してくれたらしい。……恐ろしいや。


「では、始めるぞ!」


「おうよ」


 気分が良いのか笑顔で刀を振るう黒河。模造刀なのは分かっているのに背筋に冷や汗が出ているのは気のせいじゃないだろう。

 動き易い運動系の格好に俺に対して、黒河は黒の剣道着姿。重いの嫌なのか、面などの防具は一切身に付けていない。それは流石に貸し出した道場の師範と思われる男性も止めて来たが、黒河も一切退かず幼女のスマイルで追い払って見せた。……なんて恐ろしいロリや。


 ちなみに見学者は、貸してくれた道場の師範の男性。他にも門下生という人達が数人見ているが、そこまでは気にしない。見られるのはあまり好きではないが、貸してくれた側の人達にそんな風に言う気持ちは少しもなかった。


 問題は……。


「なんでお前らまでいるんだ? 凪、武な野郎」


 明らかに部外者な2名に対して俺は睨み付ける。武は当然であるが、凪に関しては話すら振っていない。どこから嗅ぎ付けたんだこのマスコミ娘は! あと武はゴミでしかないから無視する。


「なんでオレだけ野郎が付くの!? 九条にバラしたからか!? さっきから視線が痛いが、そんなに嫌だったのか!? ねぇ!?」


 なるほど、暗躍者にバレれたのは貴様の所為か(敵確定)。そもそも騒いだこいつの所為で黒河の『チャンバラ話』が始まったというに、俺の知らないところで凪にまでチクっていたとは。おのれぇジャ◯アンめぇー。


 なので焦っている武は放って置いて、カメラを回してる不届き者を睨み付けた。こっちは完全に面白がっているから、要注意なのだ! 色んな意味で!


「一体何が狙いだ?」


「もちろん撮影だよ? 前回の動画が好評だったからねぇー。大丈夫、美希と道場の人には了解は貰っているから」


「俺への了解は?」


 何故、黒河と同じくらい映る予定の俺には了解を取ってないんだ?

 ま、即拒否していたが、こいつのことだ。そこまで見越してスルーしたに違いない!


「必要ないのは目に見ているからねぇー。前の動画でも相当儲け───コホン、好評だったからねぇー。また投稿したどうなるか楽しみだ」


 今、儲けたって言おうとした! しかもまた、儲けようと企んでいるぅ!

やべぇーよ。何気なく前回は了承してしまったが、今回もまたアレな映像が世間様の目に晒されたら……!

 思い出すのは学校での人外を見るような目! クラスメイトから遠慮のない質問の嵐! そして、偶然にも見てしまった我が妹(凪の仕業)からのお褒めのお言葉のようなディスられ……。


『すっご〜い! おにぃちゃん! まるでお父さんみた〜い!』


 あ、あ・れ・ほ・ど・の! 屈辱なんて今までなかった!

 よりにもよってあのクソ親父と同じだと言われるなんて! く……! 妹じゃなかったら爆発してたけど、相手が妹だったら号泣してしまったよぉー! 妹は感動で泣いていると勘違いしてくれたけど、親父に対する憎しみは、また一段と強くなったのは間違いなかった!


 あのクソ親父めぇ……! 帰ったら覚えてろっ!?


 そんな感じな嫌な出来事やトラウマ的なことが多々あったので、今回の撮影は遠慮したいの俺の正直な気持ちである。


 しかし、凪も俺のそんな気持ちなどお見通しなのだろう。こうして内緒で出て来たのがその答えである。要するにこいつは……俺のメンタルよりもお金を優先したのだ。くっ! 目頭から涙が……!


「どうしたのじゃー!? 来ないのらこっちから行くぞぉー!」


 だが、運命はまだ俺に味方している! 逃れられない戦いではあるが、掌握出来ないものではない! 戦闘能力の高いロリ娘だが、俺が上手く立ち回ればなんとか穏便に済ませることが出来る…………は、筈だった。


「どりゃあぁああああああ!」


 そして始まった『チャンバラ』。

 開始早々、楽しそうな声を上げて突っ込んで来る黒河。……本当に空手部なのかと疑いたくなるくらいの鋭い剣技さえなかったから可愛らしいものだった。


「のおおおおぉぉぉぉ!?」


 対する俺は恐怖からの叫び声で上げて逃げ回るだけ。いや、しょうがないでしょう! あのロリ娘の剣技がおかしいんだよ! 小柄な背丈からある程度軌道が読めると思ったのに、跳んだり跳ねたりするから全然動きが読めない。風船かバルーンか貴様は!? ◯ーダやし◯ちゃんでもこんな動きはしないわ!


「何故逃げるのじゃー! 真っ向から掛かって来んと面白くないのじゃー!」


「ついでに逃げる側の気持ちも考えてぇ!? 模擬刀でも怖いんだぞー!?」


 前言撤回すべきだろうな。ハッキリ言って黒河は普通の武道家系の娘ではない。動きが実戦向け過ぎる。が言っているのだから間違いない。


「これは……」


 やはり凪も俺と同じ考えに行き着いたか、純真に楽しんで見ている周囲とは違い、カメラを覗きながら、おもむろに手を口に当てて……。


「これなら有料タイプでも行けるかな?」


 はい、何やら関係ない方面へと閃きが働いていました! 具体的な内容は絶対聞きませんけどねぇ! ていうか2度と訊くか!


「ほぉ! やぁ! はぁー!」


 っ、本当に凄いな……!

 飛び跳ねながら繰り出される一閃、二閃、三閃。それぞれが違うところを狙って来ており、首元を避けたところで胴あたりを狙われ、それも避けると今度は急上昇して切り上げて来る。


 真剣なら縦に真っ二つしかねない勢いだ。それだけの気迫が黒河美希から迸っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 しかし、やはりというべきか、体力の方はそこまで異常ではなかった。

 途中から驚異的な回復力。それこそ子供が遊び疲れても何度も復活するように、勢いを戻っていたが、どうやら回復回数の限界を超えたらしい。30分はフル全開でやれるようだが、そこから5分、10分と回復時間が延びていって、とうとう動きが止まりそうになっていた。


「むぅー……ま、まだじゃー」


 フラフラと揺れ出した黒河の顔は既に汗だく。幸い服は黒なので透けることはなかったが、汗で濡れているのはよく分かる。暑いのか若干開いた襟元から出る肌も濡れて光っていた。……胸元は、あるかないかというレベルなのでここはスルーしておいた。


 要するに決着の時ということだが、問題は暴れていたのは黒河だけということ。相手をしていた俺自身は、避けるか逃げるかしていただけでまともに受けたり攻めたりもしてしない。


 なので、武を含めた周囲から『オイオイ、それでいいのかぁー?』的な蔑んだ視線には結構頭を抱えてしまった。……うん、凪ですら呆れた感でカメラを振っている。撮影をやめたのか?


「逃げてるだけの絵に一体誰が喜んの? せめて最後くらい絵になるものを見せて欲しいなぁ」


 違う。こいつは最初から撮影のことしか頭にないや。てか、そんなに面白い映像が欲しいなら自分でやれよ! お前もを受けてんだから、それぐらい出来るだろう!


「む、むっ! 来る気か……!」


「そうしないと流石に悪いだろ?」


 そうして、周囲からの『少しは男らしいところを見せろよ』催促に落ちた俺は、逃げるのやめてなんとか保ち直した黒河と向き合う。と言っても距離はまぁまぁある。剣の間合いは大体普通なら5〜6歩分までなら一気に届くかもしれないが、それ以上だと対応出来る時間を取られて対処されるリスクがある距離となる。


「はぁはぁ……だが、どうする!? そこからでは届かんぞぉ?」


 黒河も分かっているようで、距離を維持して様子を見ている。ようやく攻める気になった俺に対して今度は黒河が距離を置き始めた。体力が消耗が激しい所為で肩で息をしているが、集中力はこれまで以上に上がっているように見えた。


「ああ、だろうなぁー」


 そもそも、俺が取れる行動自体は限られていた。剣士ではない以上、普通に振るうくらいしか出来ないのが現実である。家の分野の1つかまでは知らないが、空手部の黒河でも何かしら型を身に付けているのは、素人とは思えない動きから推測は簡単であった。

 まぁ、剣道場の師範と知り合いな時点でその可能性は当っていると思ったが、要するに剣の技量に関しては、黒河の方は何枚も上ということになる。


「けど、この距離なら……」


「む……?」


 何も普通の剣勝負に付き合う必要なんてない。技量で負けているなら他で補えばいいのだ。


 片手で持っていた模擬刀を横に伸ばして水平に構える。空いている左手を前に出して、左足も前にする。右足を後ろにして踏ん張るような構えを取った。


「なぁ九条? オレなんか嫌な予感がして来たんだが……」


「奇遇だねぇー。私もだよ」


「「……なんか、ヤバそうな気しかしない構えだ」」


 聞こえたから言っておくが、残念ながら2人の予想はハズレである。この技はそんな危ないものではない。(*フラグの予感)


 確かにで斬撃を放つ技を参考にはしているが、今回使用する模擬刀で刃などない偽物だ。出せるわけがない。(*フラグ確定)


「な、何をするつもりじゃ……!? この距離では剣を投げるくらいしか出来ん筈じゃろう!?」


 不穏な気配でも感じたか2人に釣られて黒河まで動揺している。さすがに心外だと言いたいが、これから起こることを考えれば……あながち間違ってもないかも。(*その通り)

 やっぱり止めておくべきか? そう思って黒河に確認を取ってみたが。


「降参するなら今だぞ?」


「だ、誰が降参なんぞ……! く、来るなら来いっ!」


 ガルルルゥ! と唸って両手で剣を構えられた。避ける気もなしとは…………ならばいい。


「こちらも遠慮なく行くぞ」


 剣を持つ右腕に力を入れていく。普段引き出す力ではなく、自分自身の力で。

 踏ん張っている両足にも力を入れると、出していた左手を照準代わりにして黒河に狙いを定める。


「な、なんじゃなんじゃ……!?」


 空手部、いや、武術者だからか。俺から溜め込まれている気のようなものを感じて慄く黒河。周囲の剣道の使い手も同じか、異様な空気に困惑する武を除いた全員が冷や汗を流していた。


「ふっ……」


「のっ!?」


 上体を僅かに下へ傾ける。ビクリと反応する黒河であるが、すぐに揺れた体を引き締め直したようだが。


 既に溜め込まれた力は満タンになっていた。

 あとは解き放つだけであるが、やり過ぎはNG。万が一にも斬撃が発生しても困るので、軽く、本当に振ってみた。




「えいや」




 瞬間、強烈なソニックブームが発生する。

 黒河美希のち〜さな体が宙を舞って、偶々空いていた道場の入口からの外へ……。






「ふん!」


「むおっ!? な、凪か……!?」


 寸前で飛ばされそうになった黒河を凪がキャッチする。俺を含めた男性全員が固まっている中、凪だけは止まることなく迅速に黒河を助けた。アレは女なら誰でも惚れるな。


「……美希、悪いけどその剣を貸してくれないか?」


「へ? お、おう、いいぞ?」


 そして、華麗に着地して茫然とする黒河を下ろすと、ギュッと握り締めていた模擬刀を手して、ゆっくりと振り返って…………あ。

 そこでようやく俺は、自身の死亡フラグが確定したことに気が付いた。



「さぁ、第2幕を始めようか? 内容は何度も斬られる残念な侍でどうかな?」



 どうやら俺に対する折檻は凪が行うらしい。笑顔を振り撒いているが、アレがキレている時の顔なのは幼馴染でなくても、全員が予想できた。哀れそうな視線が集まるのを感じる。同情しているらしい、俺も同じ立場ならそう思う。


 と、他人事のような気持ちで心の中で述べている間にも、夜叉となった幼馴染が鋭い剣技を披露してくるではないか。見ているだけなら綺麗なものであるが、向けられている側からすればそれはもう───ホラーか悪夢でしかなかった。




 ちなみに撮影を放棄したように見えた凪であったが、さり気なく武に引き継がせており、後日、俺が何度もぶった斬られる映像が公開されて、それを見た舞台劇の人からオファーの話が来るのだが、内容が分かり切っているので説明も聞かず拒否した。……もう斬られるのは嫌でござる。

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