こっそり守る苦労人 〜隠れ異能者の日常〜

ルド

異能使いは日常生活も大変な話。

中学編

プロローグなゲームの話。

 世界の滅びまでのカウントダウンが始まった。

 暗黒に染まった世界の中心にある【魔王城】から魔王の高笑いが聞こえそうだ。


「アレが魔王城か」


 ゴロゴロッ! と天から雷鳴と共に光の稲妻を落ちる。

 大地が地響きを起こして大きく揺れ、海も荒れて山が崩れていく。

 まるで破滅の前兆のような光景。

 そんな天と地が悲鳴を上げる世界の中で……。


「準備はいいな? いくぞ」


 眼前に立ち塞がる【魔王城】の入口である禍々しい巨大な門。神々しく輝く聖剣を握り締めた勇者レイは見据えると、集う仲間達に視線を送った。


「ふっ、いつまでもOKさ。レイ」


 初めに答えたのは白の魔法剣士のナギ。クールな幼馴染の彼女は落ち着いた様子で返すと愛用の魔剣を軽く振るう。魔王の城の前にしても動じず、普段と同じ頼り甲斐のある余裕の表情を浮かべていた。


「うん、行こうレイくん」


 次に答えたのは世界最強の賢者であり、癒しのチカラを決めた聖女のユカ。穏やかなお姉さんは可愛いらしく拳を握る。

 クールなナギとは違い、慈愛の女神のような彼女はレイに微笑むと、優しそうにその肩に手を添えた。


「心配するな、どんな奴が相手でも最強のガーディアンのこのオレ「2人ともありがとう」


 無意識に緊張していた肩の力が和らいだ。らしくなく魔王戦を前に体が硬直していたが、2人にはお見通しだったらしい。本当に2人には頭が上がらないと苦笑してしまうと、顔を引き締めて門を睨みつけた。


「覚悟しろよ、魔王!」


 そして、パーティーで魔王に挑もうとする。

 世界を賭けた最後の戦いが始まろうとしていた。








「なんかいい感じで始まってるが、オレのこと忘れてない? 一応はパーティーの壁役なんだけど」


「「「……」」」


「オイ、何故無視するか」


 そこで何故か省かれた男、守護剣士のタケシこと武は、握っているコントローラーの手を止めて、自分を指さして尋ねる。

 しかし、答える者どころか視線すら合わせる者もいない。武はイラッとした目で首謀者らしき男の背中を睨んだ。


「何を企んでいるか訊こうか? れい


「お、おー」


 場所はレイこと零が暮らしている家。広めのリビングで炬燵こたつに入りながら4人はゲームをしていた。


 まず勇者レイこといずみれい

彼はこの世界の主人公である。ゲームでは勇者役だが別に勇者ではない。地球なので勇者設定とかはなしで異世界転移などもない。一応はヒーローぽいポジションに立つ主人公ぽい主人公。そのポジションを知っている者は限られているが。


 あと重度のシスコン。いくら愛でても足りない可愛い妹の為なら、世界の王どころか神とだって戦える死神だ。生憎と世界に興味はない為そんなことにはならないが、世界の覇者にもっとも近いのは間違いなくこの男であった。


 次にヒロインのようでヒロインでないような白の魔法剣士ナギこと九条くじょうなぎ

 零の幼馴染のメインヒロイン? ぽいクールな女性だ。零とは友達以上恋人未満……かつ従順な下僕な零を影で支配し最後には泣かせる、暗躍者的かつラスボス的な彼女だ。零の暴走を止めながら零でイジることを生きがいだと感じて、度々怯えさせる所為で中々関係が停滞している。


 母性の溢れるお姉さんで聖女ユカこと石井いしい由香ゆか

武の姉で零の先輩に当たる現在は華の女子高校生な女神だ。零とは友達以上恋人 未満……かつ周囲からほぼ恋人に見られている関係だ。

 甘える相手になると天然な性格が表に出てくる為、懐かれていた同じ中学だった零などは、日々悶々とした学生生活を送っていた。……欲求に負けて何度も一線を越えそうになったが、最後の理性がなんか保ち、守り通す度に言い表せない歪んだ表情をして胸元を押さえていた。




 そして最後は、剣士タケシこと石井たけし

 零とは腐れ縁のようなツッコミ・いじられキャラ。

 ──以下略。





「雑っ! なんだか雑に扱われた気がする!」


「気のせいだ」


 野性の勘か、ハッとした顔で声を上げる。実は女性達2人と一緒にカッコいい台詞を口にしていたが、タイミング悪く遮られて不発に終わっていた。

 零の性格を知っているので遮ったのは絶対ワザとだと察したが、それよりも何故か視線を逸らすのでそっちが気になっている。妙な空気の所為か言い知れない不安感も背筋に感じて、徐々に只事ではない気がしてきた。


「……あー武よ。何も考えずゲームを進めてあっという間に魔王戦になったから黙ってたけど、実は魔王と挑むと壁役はほぼ死亡確定らしい」


「……なぬ?」


 無言の空気に耐え切れなくなったか、言い難そうにしながら零が告げる。不穏なセリフにギョッとした武の目と合わせるのが嫌なので、コントローラーを盾にしてだが。


「じょ、冗談だよな?」


 予想外の不穏な発言に固まる武だが、すぐに思考回路が回復すると引きつった笑みで周囲に顔を向けた。

 零以外の2人にも視線を巡らせるが、武にだけは視線を合わせずにいる。ゲームを進めていく際中に何気なくスマホで零と一緒に調べていた。偶々武が居なかったので彼のみは知らないが、今後やられていく武が不憫に見えて視線を合わせれなかった。


「うん、武君なら大丈夫だよ。たとえ君が散ってもその隙に斬り込むからさ!」


「何が大丈夫なんだ、オレ散ってんじゃん」


「大丈夫よ武、たとえ何回散ってもちゃんと蘇生させるから!」


「蘇生すればいいって話じゃないんだぞ、姉貴。何回も散るかもしれないオレを可哀想とは思わないのか」


「ま、まぁ、武なら肉壁くらいにはなるかな? 超火力な魔王相手じゃ数秒保てばラッキーだ」


「最後が一番恐ろしいわっ! この野郎、再開して早々結局こんな扱いかよ!」


 愕然とした様子で叫ぶ。背を向けてボソと呟いた零を鬼畜でも見るような目で睨んでいた。


「だって、ノリって大事じゃん? 仲間の死を糧に魔王を倒すって定番じゃん? だからタケシが犠牲になるのも普通じゃん?」


「全然普通じゃねぇわ、開き直るな、このクソドSがっ! やられるタケシがオレの名前だから嫌過ぎるわ! あと語尾にじゃんって言うな、不思議そうに首も傾げるな、なんかすっごい腹立つ!」


「元気だなぁ武は」


「どこがだああああああああああ!!」


 怒り狂い憤慨する武を眺めながらピコピコとコントローラーを操作する零。雰囲気作りに全員キャラなり切っていたが、どうやらやり過ぎたらしい。普通のファンタジーゲームであったが、武の犠牲扱いは悪質だったようだ。


「けどそんな風に睨まれてもなぁ。俺が作った訳じゃないし」


 さすがに睨まれ続けられるのも嫌だった零は、ボス戦前で操作を一度止める。手元のジュースを飲みながら呆れたような顔を向けた。


「そもそもこのゲームソフトを用意したのは英次えいじで、それを借りたのはお前だろ。難易度が高いからって聞いたから事前に調べたが、持って来たお前にゲーム内容で文句言われても困るぞ」


 ──【大激闘・異世界大戦2】。

 テーブルの上に置かれたソフトの箱を見ながら零は武に言うが。


「オレが文句があるのは雰囲気だよ、雰囲気! 途中まで普通にプレイしていただけなのになんで急にゲーム世界に入ってる風にするんだ! 世界の終わりってなんだ!」


「いや、俺達ゲーマじゃないから少しでもやる気が欲しかったから」


「雰囲気は大事というのは、分からなくないからねぇ。休みでも丸一日ゲームは結構疲れるよ」


「それに壁役がいいっていたのは武でしょう? 私が零くんと一緒に前衛で戦いたかったのに、回復役が嫌だって駄々こねたから」


 他の女性2人も操作の手を止めて、飲み物を口にしながら零のフォローに入る。恨めしそうな武の言い分も分からなくもないが、2人にも言い分は一応あった。


「う、それは、そうだが」


 割と正論な2人に言われて勢いが落ちる。よくよく考えたら自分が切っ掛けなので覆せる気もしない。なにより2人とも言葉で言い負かせれるような相手でもない。やがて諦めたようにがくりと肩を落とすと、重い足取りで3人の後ろを追いかけて魔王城に踏み込んだ。


「だいたい意識し過ぎだって武よ。俺達がそんな鬼畜に見えるか?」


「見える!」


「即答か」


「普通に見えるわ。お前なんてヤバくなったら、オレを餌に魔王に媚び売りそうだ」


「このゲームそこまでクオリティーは高くないと思うが」


「設定出来たらやるだろう」


 怒りも悲しみもない真っすぐな瞳と真顔で言われた。そんなに信用ないのかと思いつつ、確かにこの面々の中でなら最後の最後に武の犠牲も止むなしと零も判断したかもしれない。


(まぁ、可能な限りフォローしますかね)


 別に武からの見られ方など今さら気にしても仕方ないが、不名誉な扱われ方も好きではない。ボス戦までに鍛え抜いた聖剣の『ラグナ◯ク・エクス◯リバー』をフルに活かして魔王打倒を目指す。




 少なくとも、この時はそう思っていた。




 そして、魔王城の最上階。

 重々しい扉を開けると薄暗く広いフロアと、その奥には闇に染まった玉座がある。

 薄暗い所為で視認が難しいが、確かにそこは誰かが座っている。

 間違いなく魔王だと、レイ達は気を引き締めて中に入った。


「さぁ魔王よ、勝負だ!」


 勇者レイは聖剣を構える。瞬間、体から『勇者の輝き』『勇者の闘気』『勇者の覚悟』が3色のオーラとなって彼から溢れ出す。

 盾と剣を構えたタケシも前に出れるようにし、ナギやユカも臨戦態勢に入っていた。

 さらに奥に進むにつれて闇が消えていく。薄暗かった部屋がやがてファンタジーらしい西洋風になると、奥の玉座に座っていた魔王の姿も見えて……。



『ふふふっ、待っていたよ。



 魔王アオイ小学生な零の愛妹は不敵な笑みを浮かべて(本人の中では)、黒を強調とした色っぽいドレスを身に付けて(子供の彼女には背伸びした服装)、剣を構えた勇者レイを──。


「ゲーム改竄しやがったな、英次あ・の・野・郎ォォォオ! オレの死亡フラグ確定じゃねぇかぁぁぁっ!」


『おにぃちゃん! ハグゥゥゥ!』


 絶望の色に染まった顔で絶叫するタケシ(武)を他所に、天使のような満面な笑みを浮かべた魔王アオイは兄である勇者レイに、両腕を広げてダッシュしハグを要求した。


 その瞬間、画面上に選択肢が出てくる。

 魔王戦でのお馴染みである運命の選択画面だ。




 【兄の勇者は魔王な妹を倒しますか?】:バット&ダークコース:最愛の妹を倒したことで、暗黒面に染まって勇者はダース◯イダーになって世界を滅ぼします。ついでにタケシも滅します。



 【兄の勇者は魔王な妹をハグしますか?】:ハッピー&ハーレムコース:勇者の役割を放棄して最愛の妹と2人の仲間と共に、愛を育みながら魔王城で永遠に暮らします。ついでに邪魔するタケシを滅します。




「選択肢がオカシイッ!? どっち選んでもオレだけバットエンドなんだけどっ!」


 理不尽な選択画面を見て頭を抱える武。まさかとは思ったが、最初から仕組まれていたのだとこの時初めて悟り、それを止める方法が自分にはないことも気付き絶望した。

 そして、愛妹の選択画面を前に兄の勇者は──。


「ハグゥゥゥ!」


「そうなるよなぁあああああああ!」


 あっさりと鍛え抜かれた聖剣をポイ捨て。

 最近「兄さん」呼びなアオイからの「おにぃちゃん」呼びに感動して、男泣きしながら受け止めた。



 こうして魔王も世界も救われた。

 タケシという大事でもない仲間の犠牲はあったが、勇者と3人の嫁は改築した魔王城だった自分達の家で、愛し合いながら余生を過ごしたのであった。




 土地の端っこにはタケシの墓標がポツンと立てられていた。


 ──【ハッピーエンド】完──




「ふ、負けたよ、流石は英次が用意したゲームだ。妹ルートとは予想してなかった」


「無駄死にかぁああああああーーーー!!」


 満足そうに頷く零に対し、叩き壊しそうな勢いでコントローラを放り投げた武が零に襲い掛かった。


「ふっ、甘いわ!」


「く、コノヤロウがァ……!」


 しかし、付き合いが長い零は武の不意打ちを予測していた。

 飛びかかって来た武を組み技で固めようとする。逃れながら武が殴りかかってくるが、コントローラーのコードを巻き付けて首を……。


「はぁ、また始まりましたね」


「そうだねぇ」


 他の2人の女性は苦笑いするだけ、1年ほど前からこんな光景が定番になっているが、2人とも和んだ感じで見つめていた。それだけ1年以上前までが冷え切っていたからでもあるが。

 絞め落とされている武も含めて、あの冷めていた零とこんな風に遊べれるとは少しも思わなかった。


 これは中学2年の冬の話だ。

 そして、話はそれよりも少し前の1年前に遡る。

 使として影で『魔獣』と戦っていた、泉零の世界が変わり出したちょうど1年前。


 氷のように冷酷な死神だった筈の零の心に、新たな感情の雫が溢れ落ちて、凍り切った彼の心が溶け始めた。

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