第39話 正統な後継者
アリスたちはルミエール家の侍女の案内の元、城の廊下を進んでいた。
「あら、ネクロフィアのご令嬢もお越しになっておられますのね」
大きな階段の前を通り過ぎようとしていた時に声が聞こえ足を止める。
柱の前にドレスに身を包んだ銀髪の兎人種の少女が立っていた。ウィルと師弟関係を結び、この晩餐会への招待状を渡したフォティ・ルミエールだ。
フォティはアリスやマリ、カレンの顔を見てからエリーの顔を見て薄く笑みを浮かべる。
「何か匂うと思ったら平民が城に入り込んでいましたのね」
エリーは顔を伏せ、マリはフォティを睨みつける。
「何かしら?」
「なんでもないのだ」
「それにしてもアースガルド卿も物好きねこれだけの人脈がありながらわざわざ小汚い平民も一緒にお連れになるなんて。晩餐会のお料理が不味くならないといいけど」
その瞬間マリがひと際鋭く睨みつけてとびかかろうとするが横から出てきた手に制止された。
「フォティ・ルミエール殿。ルミエール候のご招待で我々はアースガルド卿のお供として参りましたが、いささか失礼ではございませんか? 歓迎されないのであればアースガルド卿に伝えて帰らせていただきますが」
アリスの淡々と話す口調に、一瞬怯むが笑みを浮かべてスカートをつまみ挨拶すると上の階へと去っていった。
「あんな挑発に乗ってこんなところで騒ぎを起こさないで」
「ごめんなのだ。つい」
「ついってあんた……」
レイバネン家の当主であるガーロンド・レイバネンは武闘派で有名だ。若いころは喧嘩は日常茶飯事で今でも貴族の間で話に上がることがあるほど破天荒だった。聞いただけで見ているわけでもないが、その娘が相手の敷地内で今さっきとびかかろうとした姿にアリスは少々納得していた。
「私やっぱり帰ったほうが……」
「気にすることないのだ。あんなの放っておくのだ」
「そうだよ。エリーなら絶対大丈夫だから!」
「うっうん……」
覇気のない返事にマリは拳を握る。
「やっぱりボコボコにしてくるのだ」
一歩踏み出したところで後頭部を叩かれて足を止める。
「やめなさい! そんなことしたら家の問題になるわよ」
「痛いのだ」
「さっさと行くわよ」
アリスはマリの手を掴むと侍女に目配せしてそのあとについていき、カレンもエリーの手を掴みそのあとをついていった。
それからしばらくすると、廊下にため息が漏れていた。バトワーとの会談を終えてウィルとティティリが廊下を歩いていた。
ウィルにとっては不完全燃焼の会談だった。何か要件があったわけでもなくいくつかの質問はされたが、何が目的だったのかは全く分からない。恐らくは本当に知りたかったことは向こうは知ることができたはずだが、何が知りたかったのかは全く分からない。実際に会うまではバトワーを避ける貴族が多いというのはこちらの心を読まれるからという安易な考えだったが、向こうの知りたかった情報すらも分からないというのはむやむやな気持ちだけが残るだけだ。
「そういえば、さっきの会談の内容って事前に知っていたの?」
「いえ。知りませんでした」
あの場にいたそういう場に慣れているであろう侍女たちでさえ話の内容の驚きが顔に出ていた。それなのにティティリは全く動じたそぶりはなかった。
可能性があるのは会談の内容を事前に知っていたか、あるいはバトワーの心の内が見えていたからか。
もしくはシルフィーの心の内を前もって知っていたかだ。
廊下をすれ違う侍女達が軽い会釈して通り過ぎるのと同時に。
「もしかして……ティティリも?」
「私にはそのような裁定はありません」
ウィルはピタッと足を止める
「ティティリも? って言っただけなんだけど? どうして嘘つくの?」
「私の持っている裁定は空間把握だけですよ」
ティティリの持っている裁定は修業の時に教えてもらい知っていた。自分の周囲3メートルは見えずとも物体の形や距離を認識できるもの。
「誰も裁定の話なんてしてないんだけどなぁ。どこで聖剣のことを知ったのかなぁ?」
「…………」
ウィルが帰ろうとしたときにシルフィーの名を出したことと、さっきのことでウィルの中ではティティリも同じ力を持っていることは確定に近かった。
ウィルが帰りたかった理由の半分はルミエール候と会いたくなかったのともう一つは手に入れたばかりの聖剣を拝んでいたいというのが理由だ。
つい最近ウィルは持っていた剣のほとんどをシルフィーに没収され、ティティリもその没収のことはもちろん知っている。何も知らなければシルフィーに言われたところでウィルにとってはそこまでの抑止力にはならないが、今ウィルの部屋には手に入れたばかりの聖剣がある。
聖剣のことはシルフィーは知らない。知っているのはエリー達3人だが、シルフィーは忙しく3人と会ったのはウィルがいる時のみで、ティティリ自身も3人と面識がないのは門の前で挨拶していたため確認済みだ。
「今思い返してみたらボルディル卿との修業の時もいくつか引っかかることがあるんだけど」
何度か明日はサボろうとウィルが前の日思っていると間違いなくティティリは、ウィルの要る場所に現れていた。修業の開始時間が過ぎていて探しに来たのであれば理解できるが、前もって把握している場所まで的確に当てるなどまず不可能だ。
「早く……行きましょう」
「その裁定に対して対策とかないの?」
歩き出したティティリの横で自信気にうつむくティティリを覗き込む。
――が反応はない。
ウィルは諦め前を向いた時、ティティリがふらつきウィルは支えようと体を向けたとたんそのまま密着したまま押されて壁に押し付けられる。
「誰にも言わないでください」
「えっ」
小さな声が聞こえ下を向くと真剣な表情。どことなく怯えるような印象で見上げていた。
「この力を持っていることが知られればルミエール家が分裂することになります」
「どういうこと?」
ティティリは一度周囲を見渡すと密着して背伸びして耳元で語る。
「ルミエール家はこの力を有する者が後を継ぐということになっているのですが、公になっているこの力の保持者は大戦で亡くなったルミエール候の長男のみです。この力を持っている三男である私の父と兄とで一切口外しないと決めたのです」
「ばれれば跡目争いが起こると?」
ティティリは小さく頷く。
「でも力が継承の条件なら今の後継者も納得するんじゃないの?それにルミエール候は?」
「ご当主様は存じておりません。父は成人してから力が覚醒し、要らぬ争いを生まぬために誰にも知られずに隠し通してきました。子である私たちも同じ気持ちです。次期後継者の次男のエドガー様は強すぎる貴族主義のため傘下の貴族の中では否定的な貴族も多く、父を推す声もあります。今この力を公にすることは絶対に許されません」
ウィルの服の上で手を強く握りしめる姿からは強い覚悟を感じ取れる。
「それなら俺がどうこう言える立場ではないよ。今の話は聞かなかったことにしておくよ」
「ありがとうございます」
「ところで……いつまでそうしているつもり?」
壁際で密着している姿は何も知らぬものから見たら要らぬ誤解を招く。ティティリは慌てて離れ咳払いをする。
「さぁ皆さまお待ちです。参りましょう」
ウィルとティティリは城の中の廊下を進むと一室の前で止まる。
ティティリはノックすると扉を開くが「あっ」と小さく声を上げ扉を閉めようとするが、ウィルは反射的に何があったのか部屋の中を覗き込む。
部屋の中ではアリスたちが城の侍女達に手伝ってもらいながら着替えの真っ最中だった。
ウィルは顔を真っ赤にして驚きの声を上げるが、同時に部屋の中から悲鳴が上がり炎が部屋の中からウィルを廊下の壁を吹き飛ばし城の中庭まで弾き飛ばした。
「裸見られたぐらいで大げさなのだ。私には怒ったのに自分もやっているのだ」
「うるさい!」
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