第38話 七魔家の憂い
城の中に入ったウィルは大きな長机がある一室に通されていた。
真ん中の椅子に座り、当主のバトワーが来るのを待っていた。
すぐ後ろにはティティリ。そしてその後ろの壁際には数人の侍女が控えている。
「ちょっとお手洗いに――っ」
ウィルは立ち上がろうとするが後ろからティティリに肩を抑えられる。
「今さっき行ったはずですが?」
「そうなんだけど……ちょっとお腹が痛くなってきて……」
「そうですか。ならご案内します」
「えっ? ……いや、いいよ。場所なんとなく覚えたから」
何の違和感もない会話のはずであるはずなのに、ウィルの最初の一声には焦りの感情が乗っているのは誰が聞いても明らか。
「確かに。この城も広いですからね。初めて訪れた方はお一人で行動した場合まず間違いなく迷われるでしょうね。」
「なっ何のことを言っているのやら……」
「ならどうぞ。ルミエール家の当主との会談の直前に私の案内を拒否。城の中で迷い、気がついたら外に出ていて? 仕方なくアレーネシアに戻られるなんてことはないですよね?」
完全に図星だったのかウィルは黙り込み、あきらめたのか大きなため息をつき肩を落とす。
「わかった。会えばいいんだろ。会えば。それはそうとルミエール候とは数回しか会ったことなかったんじゃないの? 毎年家の集まりがあるならもっと会ってないの?」
「ルミエール家の集まりに呼ばれたのも初めてです。第一後継者の当主と正妻とその子。他は分家でも当主のみ、ほかには傘下の貴族の当主しか呼ばれませんので」
「剣聖になって参加する資格を得たということ?」
「おそらくそういう意味ではないと思います」
「だろうね……」
特に七魔家に至っては秘密が多い。剣聖並みの魔導士などいくらでもいるだろう。
最近起こったことをウィルは思い返してみる。七魔家が気にすることといえば、七魔家の令嬢達がウィルに接触してきたこと、そしてウィルはそれを放置したことに顔が一瞬青ざめる。
だがそれはルミエール以外も同じ事だ。そんなことのために呼び出されるとは考えられない。
「ルミエール家の弟子を放置したのまずかった? まぁ何を言われようが放置以外する気はないけどね」
「そのことはご存じかと思いますが気にされてないと思います。今やアースガルド卿の捻じ曲がった性格は七魔家全体で周知の事実ですので」
「そうだよね。ならなんだ……」
ウィルは前を見て考え直し始めると
「なんじゃ。そんなこともわからぬのか」
「――っ」
その声にウィルは後ろを振り返る。同時に侍女が一人歩み出ると姿が揺らぎ、白髪の男が立っている。この人物が誰なのかは聞くまでもないだろう。ウィルはティティリを睨むように見上げるが目を見開いて驚いている。
男は机を回りウィルと向かい合うように座る。
「わしはルミエール家バトワー・ルミエールだ。数か月前に会った時に感じた歪んだ性格は変わらぬようだな」
「初めまして。ウィル・アースガルドです。俺のことはよくご存じのようですね。」
挨拶をするウィルだがバトワーは瞬きせずにウィルを見つめ少しの間が空き、口元を緩ませる。
「まさか本当に何の陰謀も抱いていないとはな」
「ん?」
「なんじゃアリス嬢から聞いておらんか?」
「ルミエール候の裁定の力は聞いていますが、別に俺にとっては考慮することは特にございませんので。アリスの上位互換のその力には少々驚きましたが」
バトワー・ルミエールの裁定の力は思想と呼ばれるもの。相対した相手の潜在意識、心の中で考えていることを読み取る力。その前ではどんな謀でも見抜かれる。
アリスに様々な七魔家の情報を聞いていたウィルが一番バトワーに会いたくなかった理由はこれだ。
だがウィルの諦めの言葉に嘘偽りのないことを感じ取ったのかバトワーは笑みを浮かべる。
「面白い男だ。わしの力を知っている者は必ず何も考えまいとするが、貴公ほど欲望だだ漏れの男もそうはいまい」
「そうですか、誉め言葉と受け取っておきましょう。俺の考えていることを知りたいのであればさっさと質問してもらえませんか? それと帰らせていただきたいのですが」
ウィルのその問いかけにバトワーは大爆笑で答えた。
「本当に愉快な奴じゃ。自ら心の中を探れとはな」
「もういいですから。さっさとしてもらえませんか?」
「分かった」
バトワーは一瞬で雰囲気を変えピリピリとした空気が室内に漂う。
「いくつか聞こう。お主の目から見てオーランドの皇族。シルフィー王女をどう思う?」
「どう思うも何ももうご存じでしょう?七魔家全体の周知の事実では?」
「婚約の話ではない。オーランド皇国全体の問題として、現皇帝のカルマ陛下が崩御された場合、次期皇帝にはシルフィー王女殿下が即位されるだろう。王女殿下が皇帝に即位されることをどう思う」
「貴方は何を……」
「思うだけでよい」
ウィルは言葉を詰まらせる。
バトワーの発言は解釈次第では王族に対しての反逆に問われかねない。ウィルから見れば民からは信頼される立派な王女であり、皇帝に即位した後の懸念など考えられる限りない。
「まだ七魔家の当主と陛下しか知らぬことだが、オーランドの重要な決定事項は数年前から陛下と王女殿下で決められている。お二人の意見が異なった場合は王女殿下が優先される」
「なぜそれを俺に?」
バトワーは嫌そうに目を向けるウィルを鼻で笑う。
機密事項は知らなければ知らないほどウィルにとってありがたい。自分に影響することは知っておきたいが、それ以上のことを知ってしまっては今後の行動に支障が出る可能性がある。
「聞きたくなかったか。だがな、どう転ぼうとお前は近い将来オーランド内で間違いなく七魔家に匹敵する影響力を持つ人物だ。実際に民の間ではお前が領地をもったことで空席となった七魔家にお前を推す声すらある」
そのことはウィルもシルフィーから聞いて知ってはいる。実際はウィルが七魔家の一柱に入ることはまずない。具体的には記されているのは領民の人数だけであるが、決定の際は七魔家が議決を取り最終的にはオーランド皇帝が決定する。七魔家当主達が認める条件として独自に経済圏を確立できるほどの巨大な影響力をもち、相応の軍事力を持っていることだ。
もちろんウィルは条件を知っているため戯言と知らんぷりを決め込んでいる。ウィルにとっては貴族の称号を持っているのも嫌々で国がどうなろうが正直知ったことではない。しかも領地も国に返しているためどれだけ騒ごうともひっくり返ることはない。
心を読んだのかバトワーの顔色が一瞬曇る。
「もうよい。分かっていたことだ」
自分の怒りを鎮めるかのように呟く。
「それで、当主様がシルフィーに――っ。シルフィー王女殿下に懸念を持たれている原因はなんなんですか?」
「逆に聞こう。シルフィー王女殿下の人と成りをどう見る?」
「サンルシアの街によく遊びに行っていたらしいですし、民に好かれているのでいい王女では?」
「間違いではないな」
「ならなんなんですか?」
「王女殿下はオーランドだけではなく全ての民を愛して、非常時でも自らの感情を優先される。シルフィー王女には非常な決断を取ることはできない」
ウィルは思わず首をかしげる。
「そんなことはないと思いますが……」
今までのシルフィーの言動を思い起こしてみても何一つ思い当たらないが、心を読めるバトワーが言うのであれば間違いないのだろう。
「日常では問題になることはない。ただ何かが起こればそれは謙虚に表れる。モンニカーナの一件がいい例だ」
「モンニカーナ?」
「そうだ。お前が魔物を殲滅したあの事件では民は完全に2極化していた。お前が参加してすぐに民の9割は避難を完了していた。私や騎士団の将ならば残存戦力は残った民を捜索しつつ魔物の掃討を指示していたが、シルフィー王女があの時命じていたのは怠惰の大帝を援護しろだそうだ」
「ですが……」
ウィルは言葉を詰まらせる。あの時は完全に我を忘れてただひたすらに魔物を倒すことだけを考えていた。そんな状態で連携などできるわけがない。
「そう。できるわけがない」
その言葉にハッとする。
「できないのであれば民の捜索を優先すべきだった」
「ですが……それは少しでも早く収束させるためではないですか! それだけで判断できないのでは!?」
「言ったはずだ一例と」
ウィルは思わず唾をのむ。
「三年ほど前だ。アルタシアの大規模な騎士団が侵攻してきたとき、我々七魔家の間では一度力の差を示す必要があるという共通認識で憤怒・憂鬱両大帝で一気に殲滅することを進言したが、その戦闘での指揮をとっていたシルフィー王女が直前でそれを拒否し、なんとか抑えはできたものの要らぬ犠牲を出してしまった」
元々別の世界で軍人だったウィルにとってはある程度はその戦場がどういったものかは想像ができた。相手が戦意を失わずに向かってきたところを殲滅する算段ということは、こちらの兵も相手と同程度の数というところだろう。そして元々の作戦と違うことになれば兵の動揺は計り知れない。
先ほどまで擁護の姿勢をとっていたウィルは言葉を失っていた。
「案ずるな。シルフィー王女の即位に反対しているわけではない。平時であれば立派な皇帝になられるはずだ。ただ……もしもセリーヌ様がご健在なら王女殿下もああはならなかっただろう……だがそのおかげで我々七魔家が一丸になれたとはな、何とも皮肉な話だ」
険しい表情で話していたバトワーは見上げる。
最後に呟いた言葉は悲壮感にあふれていた。
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