第37話 貴族社会からの招待

オーランド北東部には七魔家ルミエール家とそれに連なる貴族たちが支配している地域がある。


その一つの街 リセイティブ


オーランド第二の都市と呼ばれ、ルミエール家が支配し、血族が屋敷を構えている街だ、

正円の街は中央部分を当主が管理し、外延部を6つに分けて当主の直系の分家が管理している。現在は4つの分家があり当主であるバトワーの子息たちがその座についている。

街の入り口にはウィルの姿がある。師弟関係を結んだフォティに招待されて訪れていた。

同じく師弟のフォティの従者の少女から手紙を受け取りルミエール家の晩餐会に招待され無視しようとしていた所に、貴族の仕来たりを勉強できるいい機会とシルフィーに半ば強引に参加させられている。


「相変わらず大きな街ね」


横にはアリスそしてその後ろにはマリとカレン、エリーまでいる。手紙にはご友人も歓迎と書かれていたため、その場にいたアリス、そしてちょうど放課後に放置するウィルに文句を言うために居合わせていたマリ達もついてくることになったのだ。


「それにしても七魔家の晩餐会に私などがついてきてもよかったんでしょうか……」


エリーが不安そうに眼を泳がせる。それもそのはずだ。大帝であるウィルとそのほかは全員が七魔家の直系、不安になるのは当たり前だ。


「問題ない。友人歓迎とあったし、それにフォートリエ商団はそこいらの貴族よりすごいのだ」

「確かにそうね」


マリの言葉にアリスが同意するがウィルは首をかしげる


「そんなにすごい商団なの?」

「フォートリエ商団はオーランドに拠点を置く商団の中では1、2位を争う商団よ。それでなきゃ王宮に呼ばれないわよ」

「確かに」


実際にフォートリエ商団は規模と資産のみであれば中小貴族などよりもはるかに大きい。学院の生徒の多くは微精霊と契約し精霊装飾を保持するが、エリーの持つ精霊装飾は明らかに中級以上の精霊の物だ。市場にも数多く出回るが貴族でもない平民に手が出る価格ではない。そのことからもただの商人ではないのは理解できる。


「なら凡人なのは俺だけじゃん。俺抜きでもいいんじゃないの?」

「ウィル先輩は優しいですね」

「いや、本気で言っているんだけど。本当に俺帰っちゃだめなのかな」


その言葉には一切の裏の気持ちは感じ取れなく、ウィルが本気で言っていることは表情からも分かる。気を使ってもらったわけでもないと感じ取ったエリーはウィルの顔を見たまま絶句する。


「でしょうね」


3人から向けられる視線に耐えられなくなったのか


「アリス。まだ?」

「なんで急かされなきゃいけないのよ。あんたの招待なんだからあんたが案内しなさいよ」


そう言われウィルは何かを思いついたのか顔を上げる。


「そうか! 道に迷ってたどり着けなかったことにすれば。こんなに大きな街だからたどり着けなくても何も不思議じゃないよな――っ」


前を見ずに歩いていると立ち止まったアリスにぶつかる。


「ここよ」


前を見たウィルは眉を曲げる。目の前には大きな門その向こうには柵を隔てていても巨大な庭園が広がっているのがわかり、そしてその向こうには巨大な屋敷。屋敷というよりも城に近い。


「なにここ……これが貴族の屋敷なの?」

「ここはルミエール家の当主が代々引き継いでいるエルノーウィン城よ」

「さて……」


何も言わずに振り返り、元来た道を歩みだそうとすると襟を後ろから掴まれる。


「一応私たちは家に連絡を取り、今日来る許可を貰い、ルミエール家にも確認を取っている。とてもとても手間がかかったわ。それで、あんたは逃げるのかしら?」

「はっはっ。冗談……冗談だよ」


諦めて振り向いた瞬間巨大な門が開く。


「アースガルド卿。遠路はるばるようこそおいでくださいました。アリス殿に引率を頼んだのはどうやら正解のようですね」

「はぁ……」


出迎えだろうか門の中からは銀髪の兎人種の蒼いドレスに身を包んだ女性とその後ろには侍女らしき人が立っている。いきなり初対面の人間に嫌味を含んだ物言いにウィルは面倒くさいと思いつつも顔を見る。

同時にアリスの肘がわき腹に入る。


「この度はお招きいただき感謝いたします。え~――っ」


嫌々ウィルは丁寧な言葉づかいであいさつを始めるが、目の前の女性はクスッと笑い、ウィルは言葉を止める。


「一緒に修業した時は私にもボルディル卿にも馴れ馴れしい態度でしたのにどうしました? 変な物でもお口にしましたか??」

「は?」

「私の顔をお忘れですか?」


ウィルは女性の顔を覗き込む。じっとしばらく見つめているとハッとして勢いよく後ろに下がった。


「ティティリ……?」


驚きを全身で表しているウィルに女性はため息を吐く。


「ええ。そうです」


騎士の時とは印象は全く異なり、ウィルだけではなくティティリの存在を知っているアリスも目を見開いて驚いている。


「そんなに驚くこともないでしょうに」

「いやいやいや、分からないって……いつもはなんかぼさっとしてるじゃん。こんなに綺麗とは思ってなかったから」


ウィルの言葉にティティリは頬を赤らめ、横からは鋭い眼光が向けられる。


「なに……?」

「何もないわよ!!」


アリスは不機嫌そうにそっぽを向き、ウィルは不思議そうに全員の顔を見渡す。

後ろからはため息が聞こえ、ティティリは一息つくと真剣な顔へと変わり口を開く。


「アースガルド卿。改めて本日はようこそおいで下さりました。そちらの方々は?」

「俺の師弟の子達だよ」

「それはそれは歓迎しますわ」


ティティリの言葉に続くように3人ともに挨拶する。アリスのほかにも七魔家の関係者が2人も出席することを驚くだろうなとウィルが思っていると、意外にも淡々と挨拶が済んだ。


「晩餐会の時間までまだお時間があります。アースガルド卿にお会いしたいとおっしゃっている方がいらっしゃいます」

「誰?」


貴族であるティティリが語る口調から明らかにその人物はティティリよりも身分が上の人物。おおよその見当はついてはいたがウィルは聞かないわけにはいかない。


「ルミエール家当主、バトワー・ルミエール様でございます」


やっぱりかとウィルは苦笑いするがティティリは一切表情を崩さない。


「ご案内いたします。どうぞこちらへ。皆さまはこの者がご案内いたします。先に案内差し上げて」


ティティリは後ろに控えていた侍女を紹介すると、アリスたちは次女の案内の元城の中へと入っていく。それを確認するとウィルは髪を掻きむしる。


「で、ルミエール候の要件は?」

「当主様から直接お話しいたします。こちらへ」


ウィルはあからさまに嫌そうな顔を向ける。だがティティリは一切表情を変えることはない。


「俺は要件ないんだけど……今回は後輩に招待されただけなんだけど」

「ご招待したのはバトワー・ルミエール様です。ご本人はどう考えているかは分かりませんがフォティ殿はそのお言葉をお伝えしただけでございます」

「というか……どうしてルミエール候がいるの?」


ルミエール家の当主であるバトワー・ルミエールはルミエール家の歴史の中でも群を抜いて魔導士としての力を有する。大戦時には高齢でありながらも最前線に立ち、幾度となく友軍の危機を単独で救った大戦の英雄の一人。オーランドに住む者であれば誰もが認める名君だ。そしてそれとは裏腹に貴族の間では策略家としても知られており、巧みな話術で誘導し必ず成果を上げる。


そのことをよく知っている七魔家はルミエール家との取引は極力避けるほどだ。

ウィルはそれをアリスから聞いて知っている。

七魔家当主の中では一番会いたくない人物だ。今回は事前に確認し、急な領地の視察が入り、参加できないと聞いていたため晩餐会に出席することにしたが、話が違う。


「アースガルド卿が参加してくださると聞き、予定を繰り上げてお戻りになった次第です」

「繰り上げたねぇ……ちなみに俺のことはご存じなの?」

「もちろん存じ上げております。フォティ殿や私も父にアースガルド卿のことはお伝えしておりましたので父からご報告しているはずです。」


面識は一切ない。到着早々の出迎えと聞いている内容から明らかにウィルと会うために仕組んだとしか考えられない。そして打ち明けるタイミングも完璧だ。ティティリだけではなく侍女にも姿を見られ今から引き返すとなれば理由を考えるのは難しい。


「さぁ。当主様がお待ちです。こちらへどうぞ」


敷地内に入るよう促されるがウィルは一向に動く気配がない。


「体調が悪いから帰っても?」

「でしたら中でお休みになってください」

「帰らないと治らない……」

「…………」


まったく表情を変えなかったティティリだったが、数分経っても微動だにしない姿に痺れを切らしたのかウィルの腕を取り、無理やり連れて行こうとするがガチャンという音を立てながら全く動かない。門をもう片方の手でがっしりと掴んでいる。


「何をしているんですか」

「いや……ちょっといい門だなーと思って……」


力いっぱい引っ張るが微動だにしない。それどころかわずかにウィルの体の周りに魔力の光が漂っている。明らかに魔力武装を展開し身体能力を向上させて凌いでいる。


「そこまですることですか!?」

「何のことだろう……」


周囲の通行人はちらほらウィルのことに気がつき始めて足を止めている。アレーネシアやサンルシアではウィルのことは珍しくはないが、この町の住人からすればウィルの姿を知る者は少ないがいないわけではない。その場で足を止めた者同士が言葉を交わし次第に人が多くなっていっている。ティティリは周囲をチラチラを見てこれ以上はまずいと思ったのかウィルの耳元で呟く。


「分かりました。帰りたいのであればお帰りになっていただいても大丈夫です」

「ほんと!?」

「はい。ですが、ここまで来てから帰られたことは、シルフィー様にももちろんご報告いたします」


ウィルは思わず手を放し、その瞬間にティティリは中へと歩みを進める。

驚き慌てて何か掴める物はないかと探すが、もしもシルフィーに報告された暁にはどうなるかを考えて探すのをやめた。

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